第12話 みんなで力を合わせて。

 衝撃で周りの人間が吹っ飛んだ。マイラはあと少しのところで押し負けて、頭から勢いよく瓦礫の山に突っ込んだ。風で勢いを弱める余裕もなく、側頭部をしたたかに打ってしまう。

「ふん、確かに強い力だが、わたしにかかれば大したことは……」

 そう言いかけたゼキに、ルーチェが憤怒の形相で人差し指を向ける。

「く、く、くたばれぇ!」

 ビリッと白い光が発射され、ゼキを包み込んだ。

「ぐお……っ」

 ゼキは体を震わせて馬から滑り落ち、地面に仰向けに倒れた。そこにルーチェが水を落とす。気絶させたのに加え、呼吸を封じたのだ。

「マイラ様! お怪我が……!」

「大丈夫。助かった」

 マイラはもぞもぞと瓦礫から這い出てきた。顎を滴る血を手で拭き取る。

「でも気を抜かないで、ルーチェ!」

「は、はい!」

 ゼキの方を振り返ると、口元の水がぷるぷる動いていた。

 ゼキは早くも意識を取り戻し、朦朧としながらも風起こしで水をどけようとしているのだ。

「……!」

 ルーチェは慌てて魔法に集中した。水を懸命にゼキの顔に張り付ける。

 今度はゼキはルーチェめがけて風をぶつけた。ルーチェもまた吹き飛ばされ、瓦礫に背中を打ち付けた。

「ごほっ! すみません、マイラ様、このままでは水の魔法が……!」

「いいえ十分。この隙にやる!」

 マイラはドンッと強い圧力をかけて風をゼキに向けて吹き下ろした。倒れたままのゼキの全身がみしみしと軋み、骨が何本か折れる音がした。

 がぼっ、と痛みに耐えかねたゼキが水を飲み込む。激しく咳きこむが、それでも水はどいてくれない。ゼキが激しくもがくうちに、マイラはとどめを刺すために剣を抜いた。ルーチェも起き上がってそれに続く。

 ところが他の敵がそれを阻んだ。複数人でマイラたちに向かって剣を振るってくる。二人はガキンとそれを受け流した。

「こいつらは私が! マイラ様はゼキをやってください!」

「任せた! 鍛錬の成果を見せてよね!」

「はいっ!」

 マイラは敵の間をかいくぐって、倒れているゼキのもとに駆け付けた。ゼキを助けようとする他の敵を風で吹き飛ばし、同時にゼキに飛び乗って腹部を思いっきり刺す。

 ゼキが口から血を吐き、その顔を覆う水に血の色が混じった。

「これでとどめだ!」

 マイラはゼキの首めがけて剣を振り下ろした。

 ゼキは暴れるのをやめ、力尽きて動きを止めた。

 他の敵が明らかに動揺した。

「ゼキ様が」

「ゼキ様……!」

 うろたえて後ずさる者まで現れる。

 マイラはゼキの遺体に足をかけたまま、市民や農民たちに声高に宣言した。

「敵の大将を倒したぞ! 今が好機だ。一斉にかかれ‼」

 うおーっと見方が勢いを盛り返した。

「嵐の令嬢に続け!」

「嵐の令嬢、万歳!」

 掛け声が次々と上がる。

 そこにバリスたちも到着し、五百名のスーリャ軍は散り散りに逃げ出した。新たに八百人ほどのスーリャ帝国軍が到着したらしいが、みなゼキ死亡の報を聞いて動揺している。

 精鋭であるが戦意が減退した千人あまりの軍隊と、素人であるが貴族と農民と市民を合わせて一万は下らない意気込んだ軍勢の勝負。少なくとも、風起こしの力としてはこちらが圧倒的に勝っている。そして残念ながら破壊されてしまった町の家々の瓦礫が、今度は強力な武器となってスーリャ軍に襲い掛かる。

 猛烈な勢いの風に乗って飛んでくる瓦礫の数々に、スーリャ軍人たちはたちまちばたばたと倒れて行った。「撤退ー!」との指令の声も聞こえてくる。

 一刻ほど過ぎた頃には、スーリャ軍はウルカから完全に撤退していた。

 神鳥リルの象徴たる黄色い旗が、至る所に掲げられ、破壊された町で人々は喜び合った。

「やりましたね、マイラ様! お手柄ですね!」

 ルーチェは喜色満面で言った。マイラも微笑み返した。

「いや、ルーチェの力が無かったら達成できなかったよ。助けてくれてありがとう」

「えへへ……こちらこそありがとうございます」

 二人は肩を叩き合った。

 その時マイラは、ルーチェの前で小さな金の光がきらきらと散るのを見た気がした。

「……?」

 マイラは目をこすった。光は消えていた。……見間違いかもしれない。疲れて目の調子でも悪くなったのかも。……早く休もう。

 マイラたちは食糧のパンと酒をもらい、道路に座って人々と一緒に勝利を祝った。

「いやはや、一時はどうなることかと思いましたが」

 バリスはまだ興奮が収まりきらない様子で言った。

「どうにか勝てましたね!」

「バリスもありがとう。沢山の軍功があると聞いているよ」

「いえいえ、マイラ様とルーチェほどでは。大将を倒した途端、敵の動きが格段に鈍ったと聞きますから」

 また、ほどなくして、キノクの町でもスーリャ軍を追い帰したとの報せが入って来た。マイラは拳を握って喜びを噛みしめた。

「やった。……やった。まさか、あのスーリャ帝国に勝てる日が来るなんて」

「信じておられなかったのですか?」

 ルーチェはまた考え事をしていたが、耳から手を外して意外そうにそう尋ねた。

「必ずハルジャを勝たせる、と仰せでしたのに」

「うーん、本心を言うと、一か八か、という気持ちだったかな。信じる心が揺らいでは全体の士気に影響が出るから、言わなかったけれど」

「そうだったんですね……」

「はあー、良かった」

 マイラはルーチェの方に両手をかけ、深く溜息をついた。ルーチェは驚いてマイラを見下ろした。

「マイラ様」

「ルーチェもみんなもありがとう。本当にありがとう……」

 ウルカだけでも防衛できて本当に良かった。これで、スーリャと話ができる。


 その後、スーリャから使者と官僚が館にやってきて、講和条約の締結のための会議に入った。朱色と青緑色の壁の会場には黄色の旗があちこちにぶら下げられていて、目にも鮮やかだった。

 マイラとドゥロイ家は率先して議論の場に立った。ルーチェは付き人としてマイラのそばにいた。

「我々とてハルジャにこれ以上の費用と軍事力を賭ける暇はない。多少の自治権を与えよう。ここではその微調整を行いたい」

「いいえ! 我々の求めるのはハルジャ全体の独立です」

「ほとんどの都市で負けておきながらそれはなかろう」

「ウルカで負けたのはそちらですよ」

「やかましい。そちらもこれ以上反乱する力は残っていないだろう。ハルジャの自治権の獲得ということで手を打たないか」

「言語道断。神の国ハルジャの平和を保つためには、独立国家の復活以外にありえない」

「馬鹿馬鹿しい。何が神の国だ。伝説以外で、神鳥リルとやらが現れたことが今までにあったかね?」

「それでもリルは我々の心の拠り所なのだ。歴史的にも、ハルジャは大王国として長らく栄えた過去がある。たった百年ハルジャを統治しただけの若造がごたごたぬかすな」

「何を言うか」

 議論、というより意見の押し付け合いは白熱していた。

「あの」

 何の前触れもなく、そう言ったのは、ルーチェだった。彼女は席を立った。例の如く耳を手で覆っている。

「……ルーチェ? 何かあった?」

 マイラは心配して声を掛けた。

「こら、そこの異界人。話の途中であるぞ」

「大変申し訳ありません、マイラ様」

 ルーチェは沈痛な面持ちをしていた。まるで葬式にでも参列しているかのような表情だった。

「ですが、この世界は……もう終わりです」

「え?」

「世界?」

「終わり?」

「付き人風情が、何を馬鹿げたことを言っておる」

「気でもおかしくなったか」

 ルーチェは悲しそうに首を振った。そして、呟くようにして言った。

「……来ます」

 途端に、館の会議場の真ん中に、眩いばかりの大きな白い光が出現した。

 

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