第11話 スーリャがやってくる。

 夕方になって、各地に散っていた使者から続々と報告が集まってきた。

 ハルジャの都市のうち、メルン領のウルカとドゥロイ領のキノク以外は、善戦するも陥落し、降伏したそうだ。

 マイラは唇を噛んだ。想定より遥かに先行きが怪しい。これでは負けているも同然ではないか。さすがスーリャ帝国というべきか。

 もし、とマイラは思う。父が作戦の中心を担っていたら、こんな事態は防げただろうか。もっと他の地域の貴族と連携を取って、もっと計画的にことを進めて、……。

 いや、余計な考えはよそう。今やるべきことを考えるのだ。

 次からはスーリャ帝国は、ウルカとキノクに集中して軍を送ってきて、徹底的に潰しにかかるだろう。

 だが、ハルジャの中心地であるウルカが生き残ってさえいれば、活路はある。スーリャと交渉できる余地も生まれる。ウルカの勝利を聞いた人々は士気を回復しているそうだから、彼らの力も当てにしていいかもしれない。

「他の地域の余力をウルカとキノクと、あと東の街道に回してもらって」

 マイラは使者に指示を出した。

「スーリャに弱点があるとしたらそれは行軍と補給路だから」

 スーリャ帝国にはもはや兵站が無いも同然だった。貴族も農民も市民も味方してくれないとなると、物資は本国から運んでくるしか方法がない。

「物資を運ぶ荷馬車を見つけ次第襲撃して略奪するように。ついでに行軍中のスーリャ軍を、こっちに到着する前に削って欲しい」

 トゥクは心配そうに寝台に座っている。ルーチェはマイラの横で、考え事をする時の耳を覆うあの癖をやっている。

「ルーチェ、どうかした?」

「いえ、何も……。た、ただ、勝てるでしょうか、と思って……」

「勝つしかない。それより他に道は残されていないんだから」

「……はい」

「わたしが必ずハルジャを勝たせる。そうみんなに伝えておいて」

「心得ました」

 使者は言って、退室した。

「そう何もかも背負いすぎずとも」

 トゥクは痛ましそうに言った。マイラは首を振った。

「ウルカ戦の主導者は実質わたしだもの。わたしがみんなの希望にならなくちゃ」

「……。せめて屋敷では気を休めなさい。お前は根を詰めすぎるきらいがある」

「あ……うん、分かった」

 マイラは一息ついた。

「じゃあちょっと休んでくるよ。使者への指示は父さんに任せる。何か新しい知らせがあったらルーチェが伝えに来て」

「うむ」

「承りました」

 マイラはそれから軽食を摂り、寝台でぐっすり眠った。やはり緊張していたのか、マイラは糸が切れたようにぐっすりと眠った。明け方、目が覚めたちょうどその時に、伝令が来たとルーチェが知らせに訪れた。

「今行く」

 身支度もそこそこに、使者に会いに行く。彼は、東の街道から三千あまりの帝国軍隊が行軍していると伝えてきた。

「三千……か」

 キノクと分散させることを考慮しても、千五百から二千の軍勢がウルカに来ると考えられる。それに後から人員が追加されるかも。それに、一人一人の能力値が読めないから、実際どの程度の戦力なのかも算出できない。恐らく優秀な人材揃いだということは容易に想像できる。

 スーリャにしては少ない人数だと思われるが、ハルジャにとっては十分脅威となる数字だ。

「分かった。伝達ご苦労。下がっていいよ」

 それからまた自室に戻った。

「はあ……神鳥リル……」

 思わず弱音が口をついて出る。今本当にリルが現れたら、ハルジャを守ってくれるだろうか。ハルジャを平和に治めると、英雄たちと誓い合ったはずのリル。スーリャに占領された時も、ちっとも現れる様子がなかったというリル。

「ん~だめだ。弱気になっている」

 伝説に縋ろうなんて現実的じゃない。リルは人々の求心力になっている、それだけで十分ではないか。今もウルカの館のてっぺんには黄色の旗がはためいている。あれが勝利の灯火となるのだ。

 その時、再びルーチェが部屋を訪れた。

「マイラ様、また伝令が……」

「え、また?」

「急ぎのようなので、失礼ながらここにお連れしました」

「分かった、今出る」

 マイラは扉を開けた。小柄な使者が焦った様子で告げる。

「あのっ、失礼します。スーリャ軍が、猛烈な速さでこちらに向かっているとの報が……!」

「え?」

「三千の軍勢のうち、五百ばかりの人数が、風起こしで移動しているのを見ました! この勢いではもうじきウルカに到着していてもおかしくありません!」

「……そんなことってある?」

 風起こしの力は無限ではない。移動時には温存しておくのが定石だ。それをわざわざ破ってやってきているということは……相当の使い手がいるということと、相手はすぐにでもウルカを潰すつもりでいるということか?

 ……判断に迷っている時間も惜しい。

「総員、戦闘準備。これよりウルカへ向かう。指揮はバリスに任せる。そう父さんに伝えてきて」

 マイラは使者に言った。

「ルーチェはわたしと一緒に先回りして少しでも敵を食い止めよう」

「え……!」

「もたもた馬で移動している暇はない。わたしたちも風起こしでとっとと行くよ」

「わ、分かりました」

 マイラは装備を整えると、ルーチェと馬を連れて大急ぎで空を飛んだ。眼下の景色が掠れて見えなくなるほどの速さで飛んだ。そしてウルカに到着したちょうどその時、ウルカの東側の門が轟音を立てて破壊された。

「……!」

 マイラはすぐに馬に乗り、現場に降り立った。わらわらと帝国軍人が町の中に入っていく。ずうんと音を立てて、風が町の建物を破壊していく。市民たちが悲鳴を上げて逃げ出していく。

「くっ、こんなに早いとは」

 その時、ぴりっと刺すような気配を感じた。マイラは振り返って即座に手を前にやり、相手を牽制した。

 そこには鎧を身に付けた偉丈夫な男性が立っていた。

 マイラは彼の発する圧のようなものに、総毛立つ思いがした。

 帝国軍を風で運ぶなどという離れ業をやってのけたのは、間違いなくこの男だと、直感的に悟る。

「ほう、わたしにやられる前に気づくとは」

 男性は言った。

「もしや、嵐の令嬢とは貴殿のことかな」

「嵐の……?」

 マイラは馬の向きを変えさせ、男に向き直った。

「異界人を連れた、途方もない風起こしを操る令嬢がいると、先遣隊からの噂で聞いているよ」

「……きみは」

「呑気に名乗る必要は無いと思うがね……まあいい。わたしは帝国上級軍人のゼキ。それなりに名は知れていると思うが、一介の田舎の小貴族ごときには分からんか」

 ゼキは余裕のある態度で嘲笑った。

「……」

「貴殿のことはわたしが直々にここで殺してやろう。ついでにそこの異界人もな」

「……そう簡単にはいかない。わたしがきみを倒す」

 言い合いながら隙を探り合っている間にも、背後では町の破壊が続いている。彼らのことは後から来るバリスたちやオルカの軍勢が止めてくれると信じて、今はゼキを止めることに集中した方が良さそうだ。こいつ一人を放置するだけでどれほどの被害が出るか分かったものではない。

 マイラとルーチェはゼキのことをじっと睨んだ。

 次の瞬間、爆風が両者の間でぶつかり合った。

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