第10話 風の吹き荒れる市街戦。
メルン領に隣接する州都の町ウルカは、ハルジャでも中心的な都市だった。よってここが作戦の要になる可能性が高い。マイラはさっさとウルカに戻った。
「……ありゃ」
スーリャ人が早くも常駐軍に出陣を要請したらしい。兵舎から馬に乗り武装した人々が続々と出て来るのが確認できた。
今後の展開を考慮すると、彼らには圧勝したいところだ。
そのためには……。
しばらく町の上空を旋回して様子を見ていると、マイラたちの狙い通り、今度はウルカの町の市民たちが外に出て戦い始めた。
「よし……!」
彼らは風起こしの使い手を中心に次々と大通りに出て、家具やら何やらを窓から落として道を塞いでいる。
町の市民たちには計画を伝えていない。スーリャ人と近い場所に住む彼らに情報を渡すのは、危険が伴うと思ったからだ。だが彼らとてスーリャ人に重税を課されている被害者。怒りは蓄積されているだろう。
市民たちが参戦してくれるかどうかは分からない、という前提で作戦を進めていたが、参戦してくれるなら僥倖だ。
スーリャ人の軍は大勢の農民と市民の起こした風によって阻まれた。軍の方も風を起こして反撃しようとするが、今のところ数の有利がこちらに働いている。軍はあまりの強風で前に進めない状況である。それどころか、風に飛ばされた小石が一人の武人の顔に当たり、彼は血を流して倒れた。これに勢いづいた農民・市民側は、風起こしと同時に一斉に投石を始める。風起こしの得意でない者は、石を次々と運んでくる始末だ。
軍はじりじりと後退を始めた。双方に犠牲は出ているが、こちらが優勢だ。
「思ったより上手くいっている」
マイラは呟いた。
「第一関門は突破かな。ウルカ市内を占拠できるのも時間の問題かも」
マイラは去り際に突風を起こして人々を援助すると、家に飛んで帰って、父に戦況を報告した。それから、来たる第二関門に向けて、準備を始める。
まず、オルカ帝国勢がメルン領内に到着した。ドゥロイ領の方にも人員を割いているそうだが、ウルカ市内のほうが主戦場になるだろうとの予測からこちらにも軍を寄越してもらったのだ。
それにメルン家で雇っている部隊が合流する。マイラも防具の胸当てと帽子を身に付けて、部隊の先頭に立った。
「よろしくお願いします」
マイラと、オルカ帝国勢の隊長は、握手を交わした。
やがて、ハルジャの農民・市民軍がウルカを完全掌握したとの報せが入って来た。
「準備はいいか!」
マイラは勇ましく言った。
「この事態に対して、スーリャ帝国は必ず大軍をもって制圧にかかるだろう! わたしたちはそれを押し返さねばならない。覚悟はできているか!」
「おおーっ!」
「では各々、配置につくように!」
メルン家の部隊は幾つかに分散し、オルカ勢の案内に当たった。マイラはルーチェやバリスなどの実力派の武人を集め、作戦を再確認した。スーリャ帝国軍を背後から突いて遊撃的に集中攻撃を仕掛けるため、馬を連れてウルカの町の近くの森に潜伏するのだ。行軍開始は明け方。それまでゆっくり休むように。
さて、まだ暗いうちから準備を始めたマイラたちは、日が昇り始めた頃に進軍を始めた。森から音を窺うに、町の様子は静かであった。ウルカ市内のスーリャ人はすっかり降参しているらしい。
やがて、ザッザッと道を馬の隊列が行く音が聞こえ始めた。スーリャ帝国軍のご到着だ。
「……来た」
「攻撃はまだですよ、マイラ様」
「分かってる、バリス。現場での指揮はきみに任せる」
スーリャ帝国軍は、馬ごと宙を舞い、易々と町に侵入しようと試みていた。さすが帝国軍というべきか、軍隊の練度が桁違いだ。
「熟練の者揃いだな。……マイラ様ほどではないが」
「油断は禁物だよ、バリス」
「はっ、肝に銘じます。……では手始めに、奴らの町への侵入を妨害しましょう。ルーチェ」
「はい」
「奴らに電気を浴びせて気絶させろ」
「はいっ」
「マイラ様は先に飛び出た奴らがルーチェの攻撃で動揺した隙に、後から続く奴らをやってください」
「分かった」
「では、作戦開始」
ルーチェは人差し指の先にバリバリと光を集めると、宙を舞っている帝国軍人たちに向けて次々とそれを放った。未知の攻撃を受けた帝国軍は何が起こったのかも分からぬまま、気を失って落馬し、馬ごと地面に叩きつけられて絶命する。
帝国軍に激しい動揺が走った。その隙にマイラは、最大出力で暴風を巻き起こした。
待機していた帝国軍人たちが、塵芥のように風に飛ばされていく。彼らも強風に巻き込まれることには慣れているだろうが、マイラの術は彼らを圧倒していた。多少の抵抗では風は止みはしない。
そして突如として風は下降気流となり、帝国軍人たちは落下。絶命。もしくは重症。
「よし、退却」
バリスの指示で、マイラたちは所在が見破られないうちにさっさと馬で退散した。
「これで西側からの侵入は一時的に防げました」
バリスは言った。
「続いて北に回りましょう」
馬を駆って北へ移動する。北の入り口では既に騎兵たちが突入していた。今度はバリスの出番だった。バリスの使う風起こしは独特だ。繊細な術さばきで、まるで風を鋭利な刃物であるかのように扱う。それでサッと敵の首を掻き切るのだ。洗練された戦法である。
まだ町に入ることができていなかった帝国軍人は軒並みバリスにやられて倒れた。奇襲のあることを察知した帝国軍が一部戻ってくる。そこにルーチェが水の攻撃を食らわせた。軍人たちは不意に現れた謎の水の塊が顔に張り付いて来て、こちらもわけのわからないまま溺れてばたばたと倒れて行く。そこにマイラたちが突っ込んで行った。数を減らした帝国軍はまたしても大胆に宙を舞い、地面に叩きつけられてあえなく倒れた。
「かなりやりましたね」
市街地の影に隠れながら、バリスは言った。
「戦力は相当削げたはずです。向こうもうまくやってくれているの良いのですが」
こちらは少数精鋭。これに対して、東側・南側にはオルカ勢を加えた四百ほどの勢力で向かっている。そう簡単に押し負けるとは思えないが……。
やがてマイラのもとに使者が飛んできた。
オルカ勢もうまくやったとのことで、概ね敵の侵入を防げているそうだ。農民や市民の犠牲は少ないという。
「恐ろしくなるほどの快勝っぷりですね」
バリスは言った。
「もしや帝国軍の罠でしょうか」
「考えづらいけど……。市民たちの力を甘く見ていたのかな。貴族勢が加勢するとは計算に入れていなかったかも」
マイラは考え込んだ。
「いずれにせよ、スーリャがここで諦めずに更なる軍勢を送ってくることは想定しておくべきだよ。ここからは本当に激戦になるだろうね」
「そうですね」
「……そうなる前に、物資の確保をしなくちゃ。わたしたちは一旦戻って、後方支援係に手伝いを依頼しよう」
こうしてウルカ市内には、食糧や飼葉や武器などが運び込まれた。
スーリャ帝国軍がいつ第二陣を送ってくるか分からない。もう出発しているかもしれないし、第一陣壊滅の報を受け取ったばかりかもしれない。見張りのために東方の街道に人を何人か送り込んでいるが、今のところ報せは無い。
報せがあり次第、また屋敷を出発できるよう、マイラたちは気を緩めすぎることなく、しっかりと休息を取った。
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