第4話 マイラたちの計画は進んでいる。

 次の日、マイラはいつものように気まぐれを装って、ルーチェを敷地内の丘に連れ出した。

「クナーシュ人は色んな魔法を使えるんだよね? どんなのがあるか見せてよ」

 マイラは唐突にそう言った。

「急にどうされたんですか?」

 ルーチェは訝しんだ。

「召使いの能力はちゃんと把握しておくのが主人のつとめでしょう。直接の主人は父さんだけど」

「あ、はい。そうですね……」

「それに、友達のことをもっと知りたいし。というわけで、魔法を見せてくれないかな」

「ええと……何がいいでしょうか……」

 ルーチェは両手で耳を覆う動作をした。ルーチェは出会った時も同じ仕草をしていたし、たまに一人の時もこうしていることがあった。クナーシュ人特有の癖なのだろうか、とマイラは不思議に思って見ていた。

「はい、では、水の魔法からお見せいたします」

 ルーチェは人差し指を立てた。するとそこに渦を巻くようにして、少量の水が集まってきた。マイラは目を瞠った。

「好きに水を出せるの?」

「えっと、湿度によります。空気中の水分を集めているだけなので」

「へえ。水不足に活用できそうだ。いい魔法だね。他には?」

「こちらが、電気の魔法になります」

 今度はルーチェの人差し指の先に、細くて白い謎の光が現れた。

「電気って何?」

「あ……そうですよね。はい。あの、雷ってご存じですか」

「え? もちろん知ってるけど」

「これはその雷の、ごくごく弱いものです」

「え!」

 マイラは驚いてまじまじとその光を見た。

「雷って、魔法で作れるんだ⁉」

「自然現象の雷はとても強い力を持っていますが、私ができるのはこの程度です。触ると痛いのでお気を付けください」

「わ、分かった」

 マイラはちょっと身を引いた。

「他には?」

「ございません」

「え? 沢山あるって言ってなかった?」

「わたしは身分が低いですので、使える魔法が限られているのです」

 マイラはその言葉を飲み込むのにしばらく時間を要した。

「……身分で能力が決まるの?」

「もちろんですが……もしかしてペルーク界では違うのですか?」

「全く違うよ……農民出身でも強い人はいるし……。本人のやる気次第では、能力で身分が決まると言ってもいいかな。つまり、強ければ誰でも偉い軍人になれるよ」

「……」

 ルーチェは唖然としていた。

「そんな……」

「そこまで驚くこと?」

「はい。そのような仕組みがあるなど、考えたこともありませんでした」

「ふうん」

 ペルーク界とクナーシュ界は思った以上に隔たりがあるようだった。人の体の作りが根本的に違うらしい。言葉はむしろ、スーリャ人よりもすらすらと通じるのに……不思議だ。

「まあ、それはさておき」

 マイラは本題に入ることにした。

「これは極秘情報なんだけどね」

「……極秘なのに召使いのわたしに話してもよろしいのですか」

「いいのいいの。あのね、わたしたちハルジャの民は、スーリャに対して反乱を起こす計画を立てているんだ」

 マイラはさらりと言った。

「……?」

「ちょっとくらいは把握しているとは思うけど、まずはこの地域の現状について説明するね」

 マイラは話した。ハルジャがもともとは独立した国だったこと。それも、神の国と呼ばれたほど尊い歴史を持っていること。にもかかわらず、今はスーリャ帝国の支配下にあって、人々が苦しい思いをしていること。

「神の鳥リル」

 ルーチェは呟いた。

「わたしの故郷にも似たような伝説がございます。金色の不死の鳥が天空を加護しており、両世界間の調停をしているというものです」

「へえ」

 調停。初めて聞いた。もしかしてルーチェの話の鳥は神鳥リルのことで、リルはペルーク界とクナーシュ界の関係の鍵を握っているのだろうか……? いや、今はその話は置いておく。

「じゃあ、この話に共感してくれるかな?」

「……つまり、神の国を取り戻す反乱に加担せよ、と仰せですか?」

「話が早いね。そういうこと。ルーチェの新しい魔法があれば敵を攪乱できるかもしれない。……ルーチェは、ここハルジャで生きていくことを決めたんでしょ? だとしたら反乱には否応なく巻き込まれることになる。だからこれは、その騒ぎに積極的に参加するか、それともわたしの世話を焼くことで消極的に仲間とみなされるか、その選択になるってことなんだけど」

 ルーチェはまた、耳を覆って考えごとをした。

「……」

 結構、長いこと、考えている。それはそうだろう。戦うというのは命をかけるということだ。そう簡単に了承をもらえるとは思っていない。

「慌てて決めることはないけど。異界の国同士のゴタゴタなんて、興味がないだろうし、命は大切にするものだしね」

 マイラが言ったが、ルーチェは口を開いた。

「承りました」

「おや。いいの?」

「助けて頂いている御恩がありますので。それに、わたしの魔法は微弱ですが、戦力にはなり得ます」

「ふむ。具体的にはどうやって戦うの?」

「例えば、水をこの程度集めて操れば……」

 ルーチェの指先にまた透明な水が渦を巻き始めた。その量は拳ほどの大きさに膨れ上がった。

「相手を窒息させられますね」

「……!」

 思ったより物騒な発言が飛び出してきた。

「それから電気の魔法……これは人を殺すほどには至りませんが、痛いので牽制にはなります」

「へえ、怖い。やったことあるの?」

「どちらもございません」

「ふうん、そっか」

 マイラは頷いた。

「じゃあ、ルーチェ。明日から、召使いの仕事は休んで、一日中鍛錬に参加して」

「はい。……マイラ様がいつも鍛錬をなさっているのは、その……反乱のためだったのですか」

「いや? スーリャ帝国領では、領地を持っている者には兵役も課せられるから。別に平時でも鍛錬をやらされるよ。貴族も農民もね」

「そうなんですか……」

 ルーチェはやや混乱しているようだった。

「農民は戦力になるのですか?」

「もちろん。風起こしが得意な人もいるし、それにみんな、貧乏ではあるけど自営農民だから、安い武器なら自力で買える人もいる。数は力になるし。何より、自分の持っている土地を守るためなら、必死で戦うでしょ。特にハルジャはオルカ帝国との国境に位置する最前線だから、危険度が高い」

「なるほど」

「貴族たちも似たようなもん。もともと貴族は武人の家系だから、戦うのは当たり前。だから貴族たちが必死こいて鍛錬に精を出していても、スーリャ人たちは特に疑わないってわけ」

 ルーチェは改めてマイラのことをまじまじと見た。

「もしかして、他の貴族と手紙のやりとりをしていたのは、反乱の準備なのですか?」

「察しがいいね」

 マイラは苦笑いした。

「もちろん、普段から手紙のやりとりは頻繁にある。でもわたしが手ずから持って行くのは、それが極秘情報だからだね」

「……本気なんですね」

「もちろん。だって、一歩間違えればスーリャからの恐ろしい反撃が待っている、危険な計画だよ。確実に、周到に、準備を進めなくっちゃ」

「……はい」

「決行日は約一年後だよ」

「そんなに後なんですか」

「うん。正確には、初夏の収穫の時期を終えた直後、税の取り立てが激化する時期」

 マイラは伸びをした。

「それまでにもっと綿密に計画を練っておくんだ。父さんたちを中心にね」

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