不思議な手紙とおもいで勇者の終戦史録

キエツナゴム

不思議な手紙とおもいで勇者の終戦史録

『まず、この手紙を読んでくれている感謝申し上げると同時に、どうか、このまま読み進めてほしいと心からお願いする。


突然の事にはなるのだが、僕の生い立ちについて、話させてほしい。


と言っても、僕の産まれ自体は、それほど重要ではない。なにせ、僕の両親は、剣聖でも、賢者でも、ただの農夫婦なのだから。


でも、そんな何の変哲もない農夫婦の息子が今や勇者になっているのだから人生は面白い。まぁ、なった経緯は笑えないのだけどね。


僕が勇者になった理由。それは、僕の幼馴染に深く関係する。


平凡な家庭で産まれた、平凡な僕の周りにいた、特別な人。それは、彼女だけだったんだと思う。


3歳の頃、家の近くに引っ越してきた彼女は、歳は僕と変わらない筈なのに、本当に色々なことを知っていた。


最初の頃は、その美しさが、綺麗さが、可愛らしさが、農家の僕には異物感のように感じられて、少し避けていたんだけど、彼女のその知識を少しずつ聞いていくうちに、僕もいつの間にか、打ち解けていった。


彼女に心を許した後は、それはもう、凄い勢いで僕達の距離は縮んでいった。そして、6歳になる頃には、何をするにも一緒になっていた。


一緒に農作業を手伝ったり、追いかけっこで遊んだり、本を読んだり、一緒に寝たりもしてたっけ。


そんな生活は本当に楽しかった。そして、その楽しさが彼女への恋心へと変化するのに時間はいらなかった。でも、その辺りは、それに気付いた父親のアドバイスのおかげで、あまりギクシャクすることもなく、楽しい時間を過ごしていった。 


彼女の15歳の誕生日、職業開花の前日に、僕は想いを告げた。そして、彼女はそれを了承してくれた。その時の喜びは今でも忘れられない。その先、希望の光しか灯っていないように感じられた。


しかし、待っていたのは絶望で、職業開花のその瞬間、村は魔王軍に襲われ、彼女は連れ去られてしまった。あの日の無力感は未来永劫忘れはしない。


それから、なんとか一命を取り留めた僕は、数日後の職業開花をもって【勇者】の職をうける。なんでも勇者覚醒の最低条件が「最愛の人を奪われる」ことらしく、本当に皮肉が効いていると感じたものだ。


そしてその2年後、僕は魔王への復讐と彼女の救出を胸に、単身、旅に出た。


そして、明日、魔王を討ち倒す予定だ。


読んでくれた人がもしいたなら、読んでくれて本当にありがとう。結末もこの手紙の真意も書けないのは残念だけど、これを読み切ってくれた君の為にも、ケントウしてみるよ。』



ーー


【魔王城】


「魔王ラヴィジ! 彼女を、ハミィを返してもらう!」


青年は血気盛んに声をあげる。


「ハミィ……。彼の聖女のことか。ならぬ。聖女を人間の元に返せば、今度は我らの命が危険にさらされる。じゃがそうじゃな、万が一でも、我を倒すことができれば、返してやらんこともない。だが、貴様の今の聖剣でできるものならばなぁ!」


魔王は、嗤っている。


「そうか……」


青年はボソッと呟き、魔王へ近づいていく。


「ふんっ! 簡単に近づけると思うな! 【獄炎】!」


青年の足元に禍々しい色の炎が現れるが、青年はすごい跳躍力で、それを避け、更に、魔王の腕に聖剣を振り下ろす。


「はっ! 今の聖剣で我の身体を切り裂けると思うな――」


魔王の腕が切り落とされ、大量の血液が流れ出る。


「ぐぁぁ! 何故、人間がいないこの魔王城でその聖剣が……」


手を抑え、うずくまる魔王の首に青年は容赦なく、聖剣を当てる。


「答える義理はない。さぁ魔王――」


「……。ここまでか。悪いな、皆のものよ……」


「終戦だ。」


「へ?」


「だから、終戦だ。3度目は無いぞ」


「し、終戦だと? 貴様、我らを恨んでいな――」


「恨んでいるさ! お前達は、ハミィを連れ去り、村の人を傷つけた。あの日のことは今でも決して忘れていない」


「で、ではやはり……」


「だが、お前は殺さなかった。ハミィも僕も、皆も。それに、旅の途中で知らされたよ。魔族も厳しい立場だったってことを。あの状況で対魔族最強の【聖女】を誘拐するのも、わからないことでもない。だから、終戦だ。この戦いは悲しみ以外産まない。終わらせるんだよ」


「……。我も、叶うならそれが望ましいと考えていたし、何度か打診したこともあった。だが、人間側の上層部はそれを赦さなかった。まぁ、魔族が人を殺してきたのは事実なのだからな。だから、やはり、終戦は不可能なのだ」

 

「まぁ、聞け。僕はこの戦争を終わらせる為に色々考えてきたんだよ。僕は勇者だ。一応、人間側のトップも俺の言うことは無視できないだろう。それに、魔王の終戦宣言が加われば、時間はかかるだろうが、終戦は全く不可能なんかじゃない」


「そ、それは誠か」


「あぁ。だが、その前に……」


『ザクッ!』

「き、貴様、何を!?」


青年は聖剣で魔王の胸を貫いた。


「ぐぁぁ……って痛く、ない?」


「ちょっと静かにしろ。僕の聖剣【メモリアル】は、なにも殺す為だけの道具じゃない。お前の記憶、つまり【思い出】を探っているんだよ」


「……」


魔王は黙り込んでいると、青年は聖剣を引き抜きながら呟く。


「チッ。やっぱ、お前、殺せねぇわ。なんで魔王なのに、悪い殺ししてきてねぇんだよ……」 


「……」


魔王はまだ黙り込んでいるので、それを見かねた青年は、口を開く。


「はぁ。本当はまだ赦してやる気はないし、気が晴れたわけでもない。僕たちの村が襲われたのは事実だし、ハミィが誘拐されたのも事実だ。でも、僕はお前を殺せない。これは気持ちの問題じゃなく、聖剣の性質上な。だから、僕の復讐は、その腕一本で終えてやる」


青年は悔しそうに、そして、どこか安心したような様子だった。


「そ、そうか……。本当にその節はす――」


「謝罪はいい。大きな悪事はやった本人から謝られると、かえって腹立つものだったことを覚えた方がいいぞ」


青年は魔王に睨みを効かす。


「……。フッ」


魔王は黙った後、笑みをこぼしてしまう。


「何がおかしい?」


「いや、笑ってはいけない状況だということはわかっておるが、どうしても、1000年続いたこの大戦を終わらせるのが、お前みたいな小童だと思うと可笑しくてな」


「僕だって、柄じゃないことはわかってる。でも、それをやらせたのはお前じゃないか!」


青年は、語気こそあれど、もうそこに憎しみはこもっていない様子であった。


「だからすま……。謝罪はいらぬのだったな。まぁ、なんだ、終戦協定に関してはこの拾った命、使い切る気で尽力しよう」


「それは、やってもらわなきゃ困る。……って、そうじゃない! こんな話の前に――」


「あぁ。そうだったな。聖女ならばこの奥だ。……安心しろ、聖女には何もしていない」


「そんなことは【メモリアル】でわかってるさ。もし、ハミィに手出ししてたら、あのまま剣先はお前の心臓を止めている」


青年は、返事をしながら、魔王の指差す方向へ向かうのだった。



「それは、恐ろしいことをしてくれたものだ……」


魔王は青年に聞こえない音量で呟くのだった。

――


【魔王城 奥地】


「ハミィ!」


「…………!?」


青年が声をかけると、金髪の美少女が振り向く。その姿はまさしく【聖女】を彷彿とさせる、美しさであった。


「やっと、やっと見つけた。やっと会えたんだ!」


「リット……。 リットなの!? ほんとに? 夢とかじゃなくて?」


「夢でも幻でもない。そう、僕だよ。リットだ」


聖女は、青年の胸に飛び込み、涙する。


「……。嬉しい。でも、遅いわよ。私がどれだけ寂しかったかわかる? どれだけつらかったかわかる?」


青年は少女を抱きしめ、呟く。


「ごめん……。でも、本当に色々あったんだ」


「……。でもまぁ、特別サービスで許してあげる。なんたって、リットが助けに来てくれたんだから。でも、その『色々』は聞かせてもらおうかしら?」


「あぁ。じゃあ……。」


青年は少女の肩を持ちなおし、話をする為に聖女を引き離そうとする。


「待って。今、凄い顔になってるから。それに、長年会ってないから、老けたって思われるのもやだし」


「そんなこと。思うわけがない。どんな顔でも、どんなに時が流れても、ハミィは僕の恋するハミィだから」


そう言う青年の耳は真っ赤に染まっていた。


「うそうそ。……でも、もう少しこうしていていい?」


それを聞き、青年は頷きながらもう一度聖女を抱きしめる。


それから少し時間が経つと、少女はもう一度口を開く。


「……ありがとう。もう、大丈夫そうだから、私が連れ去られた後の『色々』を教えてくれる?」


そう言われると、青年は、全てを話した。


村のこと、聖剣のこと、旅のこと、魔王戦のこと、そして、自分が【勇者】となったことを。



「え!? じゃあ、リットは勇者になったの!?」


「まぁ、職業の名前だけだけどね。僕はそんな柄じゃないから」


勇者は頭をさすりながら答えると、聖女はそれに勢いよく反論する。


「そんなことないわよ!」


「え?」


「リットは、私を助けに来てくれたもの。少なくとも、私にとっては勇者様よ。そうでしょ? 私だけの勇者様」


「ハミィ……」


「……わ、私だけのとか言っちゃったけど、旅の途中で他の娘と仲良くなってないでしょうね?」


勇者と聖女は共に顔を赤らめると、聖女はそれを隠すように、言葉を投げかける。


「そんなわけないだろ。この旅も一人旅だったし、第一、ハミィが囚われてる時に、心移りなんかしてる余裕なかったよ」


「ほんとに? ほんとは、ちょっとくらい心変わりしかけてたんじゃないの? 勇者様なら、女の子くらいよりどりみどりだろうし」


「してない! 僕はハミィ一筋だ」


「ほんと〜? じゃあ、行動で示してもらおうかな?」


そう言うと、少女は口と目を閉じる。


すると、勇者も決心したように聖女に近づき、2人は口付けを交わした。


そして唇を離し、勇者が先に口を開く。


「どうだ! これで信じてくれるかい?」


「もともと信じてたわよ。ほんとは、私がしたかっただけ。ただのワガママよ。」


「おまえってやつは!」


勇者は聖女にデコピンをかます。


「痛っ! 聖女にデコピンするなんて、なんて罰当たりなのかしら」


聖女は笑いながら、勇者を責める。


「うるさい。ハミィが面倒くさい女ムーブするのが悪い」


「ほんとは嬉しいくせに〜」


「うるさい!」


そんな他愛もないやりとりは、いつしかの2人を思い起こさせるようなものだった。


そんなやりとりの中、聖女は疑問を呈する。


「そういえば、魔王を聖剣で倒したって話は聞いたけど、結局どうやったの? その聖剣って、人がいないと使えないんでしょ? じゃあ、魔族しかいないここじゃ使えないんじゃないの?」


「あぁ、その話はしてなかったな。まず、俺の聖剣【メモリアル】が、おもいでの密度に比例して強くなるって話はしたよな?」


「ええ。だから、戦う直前とかに、自分の思い出を話したり、他の人の思い出を聞いたりするのよね?」


「あぁ。おもいでの密度つまり、『おもいでの量』と『その話の長さ』で聖剣の威力が左右するんだけど、僕の聖剣の威力を上げるには、多くの思い出を短い時間で聞き取れる、思い出話が一番効率が良かったんだ」


「でも、おもいでを伝えたり、聞いたりするのって、人、つまり『人族』じゃないとダメなんでしょ?」


「うん。だから、僕も悩んだんだ。どうやって、おもいでの密度を補給するか。でも、気付いたんだよ。おもいでを伝える手段は、なにも、言葉だけじゃないってことをね」


「『言葉じゃない、おもいでを伝える方法』? ……

あ、それって、」


「うん。そうだ。『手紙』だよ」


「でも待って。人魔間の手紙のやりとりは、禁止されてるはずよね? じゃあやっぱり、ここから『人族』に手紙を届けるのは不可能なんじゃない? あ、近くの村に置き手紙をしてきたとか?」


「いや、何故か、この聖剣、置き手紙みたいな、自分が書いた時と、受け取る側の人が大きく違うような方法じゃ強化されないんだよ。まぁ、おそらく、時間経過でおもいでの濃さが薄まるとかいう理屈なんだろうけどさ」


「じゃあ、ほんとにどうやったの?」


「おもいでの行き来は人族間でしかダメ、その上、置き手紙的な手法は使えない。じゃあどうするか? そこで出した僕の答えは、『他の世界の人族に手紙を読んでもらう。』だ」


「『他の世界の人族』? 無茶苦茶じゃない! そんなの、まず、他の世界が存在するのかって所からあやふやじゃないの」


「まぁ、それほど無茶苦茶でも無かったんだよ。まず、他の世界があるってことは、職業開花のときに神様から聞いたんだ。そこは、『魔法』や『スキル』、『魔族』、ましてや『魔王』なんかは全く存在しない世界らしい。でも、僕らの世界と一つだけ、共通点があったんだ。それが――」


「『人族がいること』ね」


「正解だ。そして、幸いにも、旅の途中で、僕は『他の世界にひとつだけ物を飛ばせる魔道具』を手に入れたんだ。まぁ、一度使ったら壊れる上に、送ったものの形態も変化するらしいし、本当に送れたのかも、確認する術がないっていう、ほとんど迷信みたいなものだったんだけどね」


「そんなのを、この土壇場で信じて使ったの?」


「まぁ、うまく行かなかったら、もうどうせ、ダメだったからね。正直、お祈りみたいなものだったよ。手紙が人族に届くのか。届いたとしてもこの世界の文字が読めるのか。読めたとしても、きちんと最後まで読んでくれるのか。みたいに、問題は山積みだったんだからね」


「まぁ、でも、上手くいったんでしょ?」


「あぁ。上手くいってなかったら、そもそも魔王城にも入れていないはずだからな。まぁ、他の世界にもってことだろ」


「手紙を最後まで読んでくれるような優しい人が?」


「いや、何処の誰が書いたのかもわからん手紙を最後まで読み切るような、大馬鹿者が、だよ」

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