第6話 永遠―11



「――――――ッ」


 ミイ――永遠は目を覚ました。吸い込んだ息は声にならず、無音の叫びが喉を震わせる。こんなにも苦しく痛いのに、涙は枯れたかのように、一滴も流れない。


 永遠は倒れる前に手にしていた腕時計を探した。あれは白川家にあったもので、永遠自身。物が壊れて記憶を失ったのではなかった。壊れていたのは……心だった。何よりも大切な二人を失って。


「目が、覚めたのね」

 女郎花の声がして、後ろを振り返った。管理課の会議室には、永遠と女郎花の二人の他には誰もいない。女郎花の手には、淡いピンク色の箱があった。


「素敵な腕時計ね」

「……それを、渡してください」

 永遠は、感情の抜け落ちた、平坦な声でそう言った。


「それなりに年季の入った時計なのに、とても綺麗。丁寧に手入れを繰り返してきたのね」

 女郎花は、ゆっくりと永遠に腕時計を渡した。


 腕時計を握りしめた永遠は、その手を振り上げる。自らの時間を止めようと、終わりにしようとする。


「その腕時計を壊すことは、大事に手入れをしてきた人たちの時間と想いを、なかったことにするということよ。時計の針が止まればその付喪神の意識は飛ぶのに、あなたは今まで一度もそんなことなかったでしょう」


 責めたわけではなく、ただ事実を告げる女郎花の言葉に、永遠の振り上げた手は力の行き場を失くし、震える。そしてゆっくりと下ろすしかなかった。


「意地悪言って、ごめんなさいね」


 永遠は痛いほど握りしめた腕時計から手を離した。震え続ける両手で顔を覆った。その指の隙間から掠れた声が零れる。


「どうして……」

 一度口を開けば、止まらなかった。


「どうして、私なんですか。私はもう時間なんて、いらないのに。お嬢様も、伊吹様もこれから幸せな時間があるはずだったんです……!」

「ええ」

「ムツは、こんな私と一緒にいたいと言ってくれたのに……。私よりも時間が必要な人はたくさんいるのに、どうして私が……私だけが」


 自分にナイフを突き刺すような言葉を吐いた。だが、そんなことでは収まるはずもなく、永遠はもう一度、憎々しげに腕時計に手を伸ばそうとした。その手は女郎花の両手に包み込まれて邪魔された。


「……時間は誰かにあげることは出来ないわ。自分だけのものよ。だから、終わらせるのも自由のはずなんだけどね」

 女郎花は、包み込む手の力を緩めて、眉を下げて微笑んだ。


「ワタシは、あなたに消えて欲しくないの。ごめんなさいね、これはワタシのわがまま」

「……っ」


 わがままという名の優しさが、心を溶かしてしてくれた。はらりと、涙が頬を伝った。涙は、枯れてはいないようだ。それでも、自分だけがこの先の時間を歩いていくことは、受け入れられなかった。動き続ける腕時計がとても嫌なものに見えた。思い出せば、終わると思っていたのに、先が存在するなんて。


「急がなくていいわ。思い出したんだもの、無帰課でなくとも、別の課に入ってみるのもいいんじゃないかしら。ワタシとしては、管理課に大歓迎よ。いつでも人手は足りていないもの」

「……ふふっ」


 女郎花の大袈裟に口を尖らせた表情に、弱々しくはあるが、永遠は笑みを浮かべた。女郎花は、優しく微笑んで永遠を見つめた。


「もう少しだけ、ここに居てみない? そうね、この針が止まるまでのほんの少しの間だけ。そのあとで、やっぱり自分を壊すことを選ぶなら、ワタシが見送ってあげるわ。どう?」


 時間稼ぎのような、口実を作ってくれたことに感謝し、永遠は素直に頷いた。

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