第6話 永遠―8

 後日、結婚式の日が決まったと、奥様から使用人たちへ話があった。美鶴の女学校卒業に合わせてだという。式は白川家で行うため、その準備や本番は使用人の働きにかかっている。


「しっかり、お願いね」


 奥様の凛としてよく通る声に、使用人たちは背筋を伸ばして、かしこまりましたと表情を引き締めた。永遠も同様に気持ちを引き締めていたのだが、周りから向けられる視線に違和感を覚えていた。


「永遠、少し来てちょうだい」

「はい」


 奥様に呼ばれ、その場をあとにするが、背中に突き刺さる視線は以前の比ではなかった。ぶしつけで、あからさまだった。


 奥様の自室に入ると、きっちりドアを閉めるように言われた。聞かれてはいけない話なのだろうか。


「近頃、メイドたちの間でとある噂が流れているという報告があったの」

「噂ですか」

「あなたと伊吹くんがいい仲……恋仲なのでは、というものよ」

「!?」


 目を見開いて固まってしまった。メイドたちから向けられる視線の理由がこれで分かった。


「どうして、そのような噂が……」

「よく二人でいるからだとか、使用人らしくない関わり方をしている、など色々と声はあるわ」

「お嬢様の婚約者でございますから、おもてなしをするのは当然です。お嬢様は私を久我家にお連れくださる予定とのことで、伊吹様もよくしてくださるだけで……」


 言い訳のようになってしまっただろうか。だが、事実には違いなかった。それが事実でなくてはならないのだ。サザンカの意味は、知られてはいけない。決して。


「ええ、そうよね……」

 奥様は、頭を抱えてため息をついた。


「何を馬鹿なことを、と思ったのだけれど、想像以上にこの噂が広がっているみたいなのよ……」

 この屋敷内のことならば、奥様が制すれば済むだろう。ここまで頭を悩ませているということは。


「まさか……」

「そのまさかよ。久我家まで伝わっているらしいの」


 何ということだろう。永遠のこの気持ちも、美鶴の婚約者だからという言い訳に甘えて近くにいたことも、軽率だった。二人に迷惑をかけることは一番したくなかった。


「もちろん、ただの噂だと伝えたし、久我さんも分かっていらっしゃるわ。でもここ

まで広がってしまったら、真実は二の次よ」


 何度目かのため息の後、顔を上げた奥様の表情は一家の主たる厳格さに切り替わっていた。


「あなたを、美鶴と共に久我家に送り出すことは許可出来ないわ。それまでに伊吹くんがここに来るときもあなたには、別の仕事を任せます」

「……はい。申し訳ございませんでした」


 故意ではなかったにしても、永遠の行動が噂の原因となってしまったことには変わりない。深々と頭を下げた。奥様は静かに頷いてそれを受け取った。





 今までの働きから、というよりは美鶴が人見知りをしない人材として、解雇されることは免れた。美鶴は今までと変わらずいてくれたが、永遠が共に久我家に行けなくなったことを怒ってはいるようだった。永遠に、というより現状に。


「お嬢様、本日は式の衣装の打ち合わせの予定でございます」

「ええ」

「私はこれから備品の整理、管理の仕事をしてまいります」

「一緒に衣装を選ばないの?」

「はい。準備することがたくさんございますから」


 それに、と言いかけてやめる。式の直接的なことを関わるのは避けるべきだと考え、奥様にもそれを伝えていた。


「……噂なんかで、永遠との時間が盗られるなんてね」

「お嬢様……」


 なんと言葉を続けていいか分からず、そのまま口を閉じて俯いた。謝ったりしたら、怒られてしまうことは目に見えている。


「ねえ永遠。衣装は何がいいと思う? あたしには何が似合うと思う?」

「そう、ですね……」

「一緒に選べないんだから、それくらい言いなさい」

「お嬢様は何でもお似合いだと思います。その中でも、真っ白なドレスはきっとお似合いになるかと」


 式には着物が一般的ではあったが、少しずつドレスの文化も若い世代に広まりつつあった。きっと美鶴なら美しく着こなすだろう。


「そうね。あたしもそう思うわ」

 美鶴は満足そうな笑顔を浮かべて頷いていた。


 その後も、永遠は結婚式の準備に忙しくする使用人たちの通常業務を受け持つなど、式には極力関わらないよう、迷惑をかけないように努めていた。黙々と仕事をしていく日々は長くもあり、その忙しさから短くも感じられた。


 愛しい二人が幸せでいてくれるなら、それでいい。

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