第6話 永遠―7

 この日も伊吹が訪ねてくる予定だった。いつものように自分の仕事を早めに済ませ、永遠は伊吹を待っていた。ふと、メイドたちから視線を感じて振り返るが、目が合うと口をつぐみ、さっと散っていった。近頃、そういうメイドたちとよく遭遇する。璃子に尋ねてみようと思いつつタイミングを逃していた。不思議に思いつつも、来客を知らせるベルの音で意識はそちらに移った。


「ねえ、永遠さん」

「はい。いかがされましたか」


 もはや案内の必要もなく、伊吹は客室のソファに腰をかけて、背後に向けてゆったりと声をかけた。


「たぶん、もうすぐ僕と美鶴ちゃんの式の日が決まるよ」

「そう、ですか。おめでとうございます」


 声を震わせないようにするだけで精いっぱいだった。近いうちにやってくることであるから、心の準備はしているつもりだった。しかし思ったよりも動揺していた。二人の結婚そのものが、というより白川家に伊吹が訪ねてくるこの日々の終わりへの動揺だった。


「だから、もう一度これを」

 立ち上がった伊吹の動きに沿って視線を上げた永遠の目の前で、ピンク色の華やかな花が微笑んだ。


「これは……」

 かつて、一目惚れをしたという言葉とともに贈られた、花。


「ピンク色のサザンカの花言葉は、『永遠の愛』。この花は君のためにある。君のその名に誓って、永久に愛するよ」

「……!」


 伊吹の言葉にも瞳にも、からかうような影はなく、突き刺さるような真剣さがあった。永遠は息をのんだまま、何も言えずに立ち尽くしていた。伊吹は永遠の手に、サザンカの花をそっと包み込ませる。


「もし君の心をくれるなら、この花を贈り返してほしい」

 言い終わると、伊吹は力が抜けたようにふにゃりと笑った。緊張を、していたのだろうか。


 永遠は、いったいどんな顔をしたらいいのか分からず、くるりと伊吹に背を向けた。美しい花を見つめたまま、永遠はゆっくりと口を開いた。


「私が、もしこの花を渡したら、どうするおつもりですか。……私を連れてどこかへ行くのですか」

 背後で、伊吹がためらいがちに息を吐く気配がした。


「……いいや。僕は美鶴ちゃんと結婚するよ。それが久我に生まれた僕の役目だから。誇り、のためにも」


 迷いも想いも誇りも全てを混ぜ込んだ声音は複雑で、痛々しく、聞いているのが少し辛かった。永遠はそっと振り返り、伊吹を見つめた。


「でも心は永久に君のものだ」


 美鶴と同じことを口にした。嫌悪感はなかった。不器用で似た者同士な彼らが、どうしたって愛しいのだから。誰かを愛しいと思う気持ちを理解した心地だった。


「こんな僕を、軽蔑するかい?」

「いいえ」


 ――お嬢様と良きパートナーになると思います。


 そう続けようとした言葉は、なんとなく心の中だけに仕舞っておくことにした。伊吹は、小さく笑って、そうか、と呟いた。


 二人の間に、沈黙が流れる。ほんの少しの間だけだったのか、長い時間が経ったのか分からなかったが、沈黙は再び口を開いた永遠の声で散っていった。


「あの、伊吹様は手に入らないから欲しいと言うのだと、お嬢様がおっしゃっていたのですが、本当ですか」


 聞くべきことではないとは分かっていたが、こちらは散々振り回されているのだ、これくらいの無礼は許されるだろう。

 伊吹はしばらく目を見開いて固まっていたが、やがて弱々しい笑い声を上げた。


「ははっ、美鶴ちゃん鋭いなあ」

 ふいに真面目な顔になった伊吹は、じっと永遠を見つめる。永遠も視線を逸らすことはしなかった。


「……そうだね。僕は永遠さんが手に入らないと思ってるから、花を渡せる」

「どうしてそう、言い切るんです」

 こちらの気持ちを決めつけるような言い方に、少し腹が立った。思わず口調が荒くなった。


「だって、美鶴ちゃんと僕なら、君は『お嬢様』を選ぶ」

「そ、れは――」


 図星を突かれた永遠は、思わず言葉を詰まらせた。それを見た伊吹は悲しげに笑った。予想していたとはいえ、永遠の反応は堪えたのかもしれない。

 選ばれないということが分かっているから、永遠へ素直な想いを言える。つまりは、そこに付け込んでいる。


「ずるくてごめんね、永遠さん。好きだよ」

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