第6話 永遠―4
一週間ほど経った頃、伊吹は花束を抱えて屋敷を訪れた。
「やあ、永遠さん」
「ようこそ、お越しくださいました。お嬢様はまだ女学校からお戻りになっておりませんので、客室にてお待ちくださいませ」
先日のように客室へと先導するが、背中に注がれる視線が妙に気にかかった。
「美鶴ちゃんが戻るまで、君が相手してくれる?」
「はい、かしこまりました。紅茶をご用意いたします」
「その前に、この花束を見てもらえるかな」
そう言って、伊吹は花束を永遠の視界いっぱいに持ってきた。赤やピンク、アクセントに黄色があしらわれた、可愛らしい花たちと目が合った。
「お気に召すと思います。お嬢様は可愛らしいものがお好きですから」
「それを聞いて安心したよ。ちなみに、君はどう思った?」
花束が目の前から引いたと思ったら、今度は伊吹が距離を縮めてきて、そんなことを尋ねてくる。
「私、ですか。私個人としてお答え出来ることは何も……」
「うーん。じゃあ、この花をあげる」
伊吹は、花束からピンク色の花を一輪抜き取って、永遠の手のひらに包ませた。淡いピンクの花弁が幾重にも合わさった、一輪だけでも華やかな雰囲気をもった花。
「これは、椿ですか?」
「惜しい、椿の仲間ではあるんだけど。これは、サザンカ」
「サザンカ……綺麗な花ですね」
名前を知って改めて花を見つめた永遠は、ふわりと微笑んだ。使用人という立場ではなく、一人の女性としての表情だった。
が、すぐに永遠は我に返った。
「使用人の私が花をもらうなんて、出来ません。こちらはお嬢様への贈り物でございましょう」
「この花束は、ね」
伊吹の含みのある言葉と笑顔に、永遠は目で理由を問うた。
「確かに、この花束は美鶴ちゃんが喜ぶかと思って持ってきたよ。でも、この一輪だけは、もともと永遠さんのために」
「それは、どういうこ――」
「君に、一目惚れしたんだ。それは、僕の気持ち」
永遠の不審がる言葉を遮って、伊吹は飾ることのない言葉を告げた。真剣な瞳と楽しげに笑みをたたえた口元とが共存していて、永遠はその真意を測りかねる。自分の婚約者のメイドをからかって楽しんでいるのか。それとも……。
「ご冗談はおやめください。このサザンカも受け取れません」
「んー、冗談じゃないんだけど。まあでも、一度抜いてしまった花は戻せないから、そのまま君の部屋にでも飾って。拾ったと思って、ね?」
「……」
確かに、この花を無理やり束の中に戻すことは難しそうである。かといって、この美しい花を捨てるのも忍びなかった。しぶしぶ永遠はサザンカを一時的に客室の花瓶にさした。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「おかえりなさいませ」
他の使用人たちの声で、美鶴が帰宅したことを察した永遠は、一度客室をあとにして美鶴を迎えにいく。
「あら、永遠が遅れてくるなんて珍しいわね。何かあったの?」
「客室にて、久我様がお待ちでございます」
「伊吹さんが? 本当にすぐいらっしゃったのね」
美鶴から鞄を引き受けると、永遠はそのまま奥へさがった。人見知りの心配はもういらないだろう。
その後、お菓子を持って客室に入った璃子がお嬢様は楽しそうに話していた、と言っていたので、永遠はほっと胸をなで下ろした。永遠が奥様から用事を言いつけられたこともあり、伊吹の見送りは璃子が務めたらしい。その点に関しても、胸をなで下ろしていた。
「永遠、もう用事は済んだかしら?」
「はい。もしかして私をお探しでしたか」
「急ぎではないから大丈夫よ。伊吹さんからいただいた花束、部屋に飾ってくれる?」
「かしこまりました」
渡された花束を両手でそっと抱える。
美鶴は、まだ何か言いたげに視線を左右に揺らしている。永遠は花束で顔が隠れないように持ち直して少し膝を折って尋ねた。
「どうなさいましたか?」
「その、今度伊吹さんが来たときは、永遠も一緒にいてちょうだい」
「私も、ですか」
つい聞き返してしまった。楽しそうだったというが、やはりまだ慣れないのか。
「だって、何を話したらいいのか分からなくて、ずっと永遠の話しかしなかったんだもの。この前三人で話したときは、色々話せたのに」
つまり、美鶴と伊吹は、ずっと永遠のことを楽しそうに話していた、という。知らないところで自分の話をされていた事実に、じんわりと恥ずかしさが込み上がってくる。
「わ、分かりました。次からはご一緒いたします」
「頼んだわよ」
くるりと踵を返した美鶴は、ダイニングへ向かったらしい。そろそろ夕食の時間だった。テーブル、配膳の担当の者がいるため、食事の間に、永遠は美鶴の部屋へ花を飾りに行くことにした。
「この花瓶が合いそうですかね」
背の高い、淡い水色の花瓶を選び取ってテーブルに置いた。花束を解こうとして、あることに気が付いた。大きな束を包んでいる紙の端に、一輪だけ入れるための小さなポケットがある。
これは、あのサザンカを入れるための……。
意識して花たちを見ると、様々なピンクの中に、サザンカは見当たらない。永遠のための花、というのは嘘ではなかったらしい。
「なんで、そんなこと……」
ぽつりとこぼれ落ちた問いは、答えを得ることなく絨毯に吸い込まれた。
そして、客室に置き去りにしたサザンカのことに思い至った。丁寧に花束を飾り終えてから、永遠は客室へ向かった。すると、ちょうど璃子がサザンカの差してある花瓶を持ち上げていた。
「あ、それ――」
「この花、永遠の?」
「いえ、あの、……はい」
どうして、違うと言わなかったのか。目の前のサザンカを見つめるが、その答えは返ってはこなかった。
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