第6話 永遠―1
「遅くなってごめんなさいね――ミイ?」
会議室のドアが開く音と共に、女郎花の声がした。涙の痕を拭うこともせず、ぼう然としたまま、声のした方を振り返った。
「……そう。頑張ったわね、ミイちゃん」
「女郎花……さんっ」
部屋の様子を少し見ただけで、女郎花はムツが消えた状況を理解した。ミイのことを昔のように、ミイちゃんと呼んで抱き寄せてくれた。ミイは、一度引いた涙の波に抗わず、女郎花の肩に頼った。
女郎花は、ミイが泣き止むまで、何も言わずに背中を撫でていてくれた。
「あの、女郎花さん」
「なあに?」
「トキちゃんに過去をみてもらうには、何が必要ですか」
「確か、過去の時間と場所、だったはずよ。あまり両方とも遠ければ遠いほど難易度は上がるわね……もしかして、何か思い出したの?」
ミイは、女郎花の目を見て、一つ頷いた。おそらく、さっきの断片的なものがミイの過去だ。調べれば、きっと時間と場所は割り出せる。
「本当にいいの? 思い出したら、ミイも消えてしまうのよ」
「わたしだけ取り残されるのは、もう充分です」
ミイ自身、自分がどういう表情をしていたか分からないが、女郎花が悲しそうにそれでも分かったと了承はしてくれた。
トキへの依頼は、滞りなく進んだ。時間と場所は、管理課の資料から探してすぐに見つかった。
「では、行ってきます」
トキは、緊張した面持ちでソファに腰掛けていた。そして、深呼吸の後、一言呟いた。
「――時よ戻れ」
その言葉を合図に、トキは意識を失った。懐中時計を握りしめたまま、ソファに横たわっている。表情に苦しさは見られず、眠っているように見える。
「こうなったら、しばらくは目を覚まさない。お前は部屋に戻って待っているといい」
「えっと、灯さんは」
「俺はここで待っている」
トキの傍には灯がついているとのこと、ミイはそわそわしつつも大人しく部屋で待っていることにした。
半日ほど過ぎた頃、ふいに本部の中が騒がしくなった。正確に言えば、管理課が慌ただしく動いている。ミイはトキに何かあったのかと、急いで階段を駆け下りた。
「何かあったんですか」
トキが寝ていた部屋に飛び込むと、灯に静かに、とジェスチャーをされた。ソファでトキが眠っているが、その手には懐中時計は握られていない。
「戻ってきて、だいぶ疲れていたようで、眠ってしまった。しばらく寝かせておいてやってほしい」
「はい。わたしのために頑張ってくれたんですもんね」
灯は何かを言いかけて口を開いたが、部屋の外から二人分の足音が聞こえてきて、そのまま口を閉じた。
「もう! 家宝なら最初からそう言ってよ。大変だったんだからね」
「鈴蘭なら大丈夫かと思って。実際、大丈夫だったでしょ?」
「まあね」
女郎花と鈴蘭が部屋にやってきて、また灯に静かに、と言っていた。ミイの姿を見て、女郎花は表情を引き締めた。鈴蘭から何かの箱を受け取って、女郎花は言った。
「過去と、向き合う覚悟は出来てる?」
「はい」
女郎花は、そっとミイの手のひらの上に箱を乗せた。淡いピンク色の上品なケースは中に宝石でも入っていそうな雰囲気だ。これは何ですか、と目で問えば、開けてみてと促された。ゆっくりと箱の蓋を持ち上げた。
「……!」
中に収まっていたのは、腕時計だった。箱とよく似た淡いピンク色のベルトに、貝殻のような上品な輝きを持った文字盤。年季が入っているものの、手入れがきちんとされていて、今も正確に時を刻んでいる。
そして、これは――――
腕時計を手にした瞬間に、膨大な記憶が一気に溢れ出した。あまりの情報量にミイの視界がぐらりと揺れ、女郎花や鈴蘭の呼ぶ声が聞こえつつも、答えることが出来ず、そのまま意識を手放した。
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