第5話 お揃いのワンピース―4(了)
ミイとムツは、本部へと帰ってきた。ショッピングから停電のハプニングまで、盛りだくさんの一日だった。
「結局、お仕事しちゃいましたし、気分転換になればと思ったんですけど、上手くいかないですね」
「いいえ。ショッピングもパンケーキもクラゲも、とても楽しかったわ。ありがとう、ムツ。これは今日のお礼よ」
ミイは、ワンピースを買う時に追加した、もう一着をムツに手渡した。それは、ムツが試着をしていたミントグリーンのワンピースだった。
「えっ! いいんですか」
「とても似合っていたもの。わたしとお揃いで良ければ、だけど」
「嬉しいです。すごく嬉しいです」
ムツはワンピースをを広げて、明かりに透かすように持ち上げてみたり、自分の体に合わせてみたり、本当に嬉しそうにワンピースと戯れている。
「せっかくだから、二人で着てみましょうか」
「はい!」
ミイとムツは、一旦自室へ戻り、ワンピースに着替えてから会議室に集まることにした。ミイは自室にある鏡で、ワンピースを身に付けた姿を見た。サイズも丈もぴったりだ。
会議室で待っていると、ムツがそろりとドアを開けてやってきた。
「に、似合ってますか?」
「もちろん。試着した時も、今もばっちり似合っているわ。可愛い」
「えへへ、ありがとうございます。一緒にショッピング行っただけでとても楽しかったのに、友達とお揃いのワンピースなんて、すごく嬉しいです」
「わたしもよ。そうだわ、女郎花さんに頼んで二人の写真を撮ってもらいましょう」
鳩を飛ばそうとしたが、おそらくこの時間だと、はなのさとに出掛けている。端末で、本部に戻ったら写真を撮って欲しい、とだけメッセージを送った。
「ねえ、ムツ――――どう、したの」
端末から顔を上げてムツを見ると、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「私、は、マグカップの付喪神、でした……」
「!」
ムツは、鈴守の鈴を取り出して手のひらに乗せた。そこには、イツの時と同じようにヒビが入っていた。まさか、こんな立て続けになんて思ってもみなかった。
ムツの瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れる。次から次に、新しいワンピースに雫を落としている。ミイは、両手を伸ばして、ムツをめいいっぱい抱きしめた。震える背中をさすって、ムツの名前を呼ぶ。
「ムツ」
「ミイちゃん……」
「消えてしまうのは、怖いわよね」
「そうじゃ、ないんです。ミイちゃんを一人にしてしまうのが、悲しくて……っ、悔しくて」
ミイは思わず息を呑んだ。この子は、自分のためではなく、ミイのために泣いているのだ。自分の時間があと僅かしか残されていない状況の中で。
ミイは、ムツの頭を優しく撫でてから、そっと体を離した。指先でムツの涙を拭って、その瞳にミイを映した。ちゃんと、目を見て話したかった。
「ありがとう。ねえ、ムツが良ければ、ムツのことを教えてくれないかしら」
「……っ、ミイちゃんに、聞いて、欲しいです」
ムツは、また溢れてきそうな涙をぐっと押し戻して、代わりに言葉を紡いだ。
「私は、マグカップでした。色違いでたくさんあるうちの一つ、淡い緑色の。お店で並んでいて、その時に友達同士らしい女の子二人が、やって来ました」
ムツは思い出した過去のことをさらさらと語り出す。その体が少しずつ薄くなっている様を見て、ムツが消えてしまうという事実をまざまざと見せつけられる。
「お揃いで買おうって、キラキラした笑顔で私を選んでくれたんです。ショッピングの最後に買って帰ろうと話していて、一旦その二人は離れていきました」
「もしかして、その間に」
「はい。別のお客さんが棚にぶつかった衝撃で、落ちて、割れました。修復なんて不可能なくらいに、一瞬で」
ムツは微笑んでいたが、その笑顔はとても悲しそうに見えた。
「さっきの停電の時に、違和感はあったんです。既視感と言った方がいいかもしれません。でも、思い出しはしませんでした。あんなに近い状況だったのに」
「……どうしてか、ムツは分かっているのね」
「私にとって、割れたこと自体は心残りじゃなかったんです。お揃いだと嬉しそうに話していた、それを叶えられなかった。女の子二人の眩しい笑顔が、とても羨ましかったんです。お揃いだと、一緒に笑える友達が、欲しかったんです」
ムツの瞳に映るミイが、ぐにゃりと揺らいだ。涙を留めておくのも限界のようだ。
「ああ……、思い出せたのに、嬉しくない。ミイちゃん、ごめんなさい」
「謝らないで。ムツのような友人を持てて、わたしは幸せ者だわ」
幸せ、と口にした途端、ミイも込み上げてくる涙に逆らうことが出来なくなっていた。二人して、泣いてしまった。泣き過ぎだって、と冗談めかして言ってくれるイツも、今ここにはいない。
「ミイちゃん、写真撮ってください。私がミイちゃんと一緒にここにいたと、残して欲しいです」
「わたし、自撮り上手くないわよ」
「いいです。ミイちゃんと、がいいんですから」
ミイは、ムツに教わりながら、端末を片方の手で持ち、画面の中に何とか二人を収める。撮った写真の二人は泣き腫らした、あまり可愛くない顔だった。
「ふふっ」
「変な顔っ」
ミイとムツは、顔を見合わせて笑った。あと十分ほどで終わってしまう時間だが、それでも、今、二人は笑い合って楽しい時を過ごせている。涙を拭いて、前髪も整えて、ワンピースに皺がないかも確認して、カメラへばっちり笑顔を向けた。
「うん、良く撮れているわ」
「二人とも、可愛く撮れましたね」
ミイとムツは、時間の許す限り、友人とのお揃いのワンピースを満喫した。徐々に薄れていくムツの体が、残された時間が少ないことを否が応でも知らせてくる。
「ミイちゃんと、もっと色んなところに行きたかったです。もっとたくさん話したかったです。ごめんなさ――」
「謝らないで、ムツ。わたしはムツの笑顔が大好きよ」
「はい……っ、ミイちゃん、ありがとう」
「こちらこそありがとう、ムツ」
もう一度、ぎゅっと抱きしめてから二人は手を握り合った。最後は笑顔で、とミイとムツは懸命に笑顔を浮かべて、時間を迎えた。
無帰課は、一人になった。
ミイは、その場にへたり込んだ。行き場のない感情を、買ったばかりのワンピースをぐしゃりと握りしめて誤魔化す。しかし、それでも体の内側からせり上がってくる嗚咽を、抑えることも出来ず、吐き出した。
「うっ、あああ、ひっく、ううあ」
心臓が握りつぶされるかのような、痛みが伴う悲しみに襲われる。
「どうして……。どうして、皆わたしを置いていってしまうの……!」
そう口にした時、ミイは既視感を覚えた。同時に、頭の中に見覚えのないものが一気に現れた。
――洋風のお屋敷、チョコケーキ、サザンカの花、無邪気に笑う少女
「何、今の……」
ミイは、ぼう然としていた。今のはフラッシュバックというものだろうか。ならば、見えたものはミイの記憶の一部、ということになる。今まで一度もなかった感覚に、ミイは漠然とした希望と、言いようのない怖さを感じていた。
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