第5話 お揃いのワンピース―3

「ええと、端末で照らしますね」


 ムツはさっと端末で明かりを確保した。ミイも同じように端末を灯した。お互いの顔くらいはぼんやり見えるようになった。


「ムツ、大丈夫?」

「びっくりしましたけど、大丈夫です。早く復旧するといいですね」

「そうね。あまり動かない方がいいかもしれないわね」


 暗闇の中で、女性が子どもの名前を呼んで、探しているのが聞こえてきた。停電の中、はぐれてしまったらしい。ミイたちのすぐ近くで男の子の声もした。


「ねえ! ママどこ! 暗いの怖いよ」


 怯えた声のする方に咄嗟にライトを向けると、前がよく見えていない男の子が、まさに今、棚にぶつかるところだった。


「危ない……!」

 ミイの声に反応して、男の子は足を止めたが肩が棚に当たってしまった。ぐらついた棚から、一枚の皿が落ちてくる。


「!」


 ムツが持っていた端末を手放した。めいいっぱい腕を伸ばして、落ちてくる皿を何とかキャッチした。男の子にも、ギリギリ当たらなかった。一瞬のことだったが、ミイにはスローモーションのように見えた。無意識に詰めていた息を吐いた。


「良かった……」

「大丈夫? 怪我はない?」

 ムツが男の子に優しく声をかけた。男の子は、こくこくと頷いている。


「ありがとう、お姉ちゃん」

「動くと危ないから、じっとしてようね」

「うん」


 男の子は、ムツの隣にしゃがみ込んでいる。不安な中でムツの傍が一時的でも安心出来る場所になったのだろう。


 五分ほどして、モール内に電気が戻ってきた。慣れていて何も思っていなかったが、今はこの明るさが頼もしい。男の子は、明かりが戻ってすぐ母を見つけて元気にかけていった。ミイとムツヘ向けて一礼して、母はしっかりと手を繋いで歩いていった。


「大丈夫だった?」


 ムツは、手に持ったままだった皿に向けて、正確には皿のツボミに向けて、話しかけた。さっきの男の子に言うのと同じように。ツボミは何ともないと、にこにこと手を振り返していた。無帰課はツボミのための課。守れて良かった。


「ムツの端末も無事みたいよ。さすが修理課の作ったもの、丈夫だわ」

「良かったです。咄嗟とはいえ落としたのでまずいかと思いました」


 棚に並んでいる皿のツボミたちが、ムツの周りに集まってきた。何を話しているかは残念ながら分からないが、身振り手振りから察するに、ムツに『ありがとう』と伝えているようだった。


「ムツはお皿たちにとって、仲間を守ったヒーローってことね」

「そんな、恥ずかしいです」

 首を振って謙遜しているが、たくさんのツボミに囲まれて嬉しそうだ。


 ムツの肩越しに人がうずくまっているのが見えた。駆け寄ってから気が付いたが、先ほど行ったワンピースの店員だった。


「大丈夫ですか」

「あ、付喪神のお客さん。さっきはありがとうございました」

「いえいえ。それより、足を怪我したんですか」

「バックヤードで休憩中に停電になりまして。慌てて出てきてくじいてしまいました。お恥ずかしいです」


 店員は、右の足首を抑えて耐えるような表情をしている。気を遣わせないようにか、ミイの質問にごく普通に返しているが、かなり痛そうだ。


「あなたが何の物か、お聞きしてもいいですか?」

「洋服箪笥です、木製の」


 付喪神となっているということは、最低でも百年は在る物。しかも木製ならば少しの怪我でも危険な状態になる可能性がある。


「修理課に連絡します」

「他にも怪我をした付喪神がいるかもしれませんね」


 ミイが端末を操作していると、話を聞いていたらしいムツがそう言った。確かに、このショッピングモールでは付喪神の店員も、客もヒトと同じように過ごしている。停電の影響があちこちで出ている可能性はある。


「私、怪我をした人がいないか、探してきましょうか」

「でも、ショッピングモールは広いわ。全てを見て回るのは大変だし、大声で付喪神の方、と呼びかけることも出来ないわ」

「そうですよね……」


 ムツは唇を真横に結んで考え込んでいる。その周りを心配そうに先ほどのツボミたちがふよふよと浮かんでいた。


「あっ!」

 ムツが何かを思い付いたようだ。ミイは、一度端末の操作をやめて、ムツの案を聞く態勢を取った。


「ツボミたちに協力してもらうんです。小さな紙に負傷した人は二階まで、と書きます。それをツボミたちに託して、色々な場所に飛んでもらうんです」

「なるほど、ツボミならそもそも付喪神にしか見えないから、付喪神へのメッセージとして確実ね。動けない人がいたら、何階にいるか紙に書いてもらって、わたしたちが行けばいいわね」

「はい。――皆、協力してもらえない?」


 ムツは自分の周りに浮かぶツボミたちに問いかけた。ツボミたちは戸惑いながらお互いに顔を見合わせていたが、一人また一人と、こくりと頷いてみせた。


 ミイとムツは、ツボミたちに託す紙を出来るだけたくさん書き出した。紙を受け取ったツボミは重要な任務を任された、気合いの入った表情をしていた。


「よろしくね、ありがとう」

 ムツがツボミ一人一人に声をかけている様子を見て、ミイは何だか感慨深く思った。解決策を自分で提案して、それを実行している。後輩として頼もしい限りだ。


 ツボミたちの奮闘もあり、付喪神たちの状況が把握できた。幸い、重傷者はおらず、軽い打撲や捻挫、物にヒビが入ってしまった、などだった。淡雪に連絡がつき、別件で近くにいたゆうひと共にすぐに来てくれることになった。


「ひとまず、安心ですね」

「ムツのおかげよ」

 照れくさそうだが、どこか自信が滲み出ている笑顔で、ムツは笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る