第5話 お揃いのワンピース―2
ムツが気になると言っていたのは、リニューアルで新しく出来たパンケーキの店だった。人気なところだけあり、列が出来ていた。ミイとムツは他愛のない話をしながら、並んでいた。
「この、季節限定のパンケーキが美味しいらしいんです。二つあって迷いますね」
「せっかくだから、その季節限定のブドウのパンケーキにするわ」
「ううー、迷いますけど、私はモモのにします」
セットの紅茶はおすすめにした。パンケーキは注文を受けてから焼くから少し時間がかかるらしく、紅茶の方が先にやってきた。
「こちら、ダージリンティーになります。紅茶のシャンパンともいわれるダージリンの香りをお楽しみください」
ポットから注いだ瞬間に爽やかな香りが広がった。しっかりとした味わいも、甘いパンケーキと合いそうだ。
「お待たせしましたー」
ブドウのパンケーキ、モモのパンケーキが揃ってテーブルにやってきた。たっぷりのクリームとジューシーなフルーツのバランスが絶妙で、一口食べただけで自然と口角が上がってしまう。
「ふふっ、美味しいわね。あれだけ並ぶのも分かるわ」
「はい。幸福感がすごいです」
ふいに隣の席から、わーーっと楽し気な声が聞こえてきた。大学生くらいの女の子二人がやってきたパンケーキにテンションが上がっている様子。色々な角度から写真を撮った後、大きな一口で頬張っていた。
「ねえねえ、それ一口ちょーだい」
「いいよ、そっちもちょうだいよ」
片方の女の子が可愛らしくおねだりをして、それに応えるもう一人もまた笑顔が可愛らしい。見ているだけでほのぼのとした。ムツも同じく隣の席を見ていて、興味津々な顔をしているように見えた。
「ムツ、一口食べる?」
「え、いいんですか!」
ムツも一口食べてみたいのかと思って聞いてみたが、とても驚いた声が返ってきて、ミイも驚いてしまった。
「嫌だったかしら」
「違います、逆です。すごく嬉しいんです」
そんなに驚くほど嬉しかったのか、ピンと来なくてミイは首を傾げた。
「ミイ先輩と、あの子たちみたいに、友達みたいに過ごせるのが、嬉しいんです」
「ふふ、わたしたちは、仕事の先輩後輩だけれど、ムツのことは大事な友人だと思っているわよ。今日も、こうして連れ出してくれて、ありがとう」
「本当ですか、私がミイ先輩の友達……嬉しいです」
ムツは花びらが咲くように、笑みを浮かべた。そんな風に思ってくれていたことがミイにとっても嬉しい。
「あの、ちょっとお願いというか、その」
「何かしら?」
「仕事じゃない時は、ミイちゃんって呼んでもいいですか……?」
友人からの可愛らしいおねだりに、今度はミイが、花がほころぶように笑顔になる番だった。
「もちろんいいわよ。少し照れくさいけれど」
「ありがとうございます。ミイちゃん」
モール内を歩いていると、水槽がたくさん並んでいるエリアを見つけた。
「あれ何でしょう?」
「特別クラゲ展、と書いてあるわ。夏の間だけ、クラゲが展示されているみたいね」
「クラゲですか。見てみたいです」
クラゲ展は、様々な水槽に、様々な種類のクラゲがふわふわと泳いでいた。四角いノーマルな水槽に、丸いもの、額縁をイメージしたもの、金魚鉢のようなもの。暗めの照明の中でライトアップされた水槽たちが並んでいるから、幻想的な雰囲気だった。
「綺麗ですねー。ミイちゃん、写真撮りましょう。こっち向いてください」
「ふふっ」
「どうしたんですか?」
「呼び方はミイちゃんになったのに、敬語はそのままなのね。ムツらしいけれど」
「えっとじゃあ、カメラ見てて?」
慣れていなくて、疑問形になってしまっていて、余計おかしくて笑ってしまった。もう、とムツは頬を膨らませていて、結局敬語のままでいくことにしたらしい。
「あら、ムツは自撮りが上手いのね」
「慣れですよ。ちなみに片手で持つ時はこうです」
ムツが端末を持つ手を見せてくれた。シャッターを押す指を開けておいて、残りの指で端末を支えている。何とも器用だ。
二人で自撮りをしたり、水槽越しにお互いに撮り合ってみたり、照明を活かして後ろ姿を幻想的に撮ってみたり。傍から見れば大学生が楽しんでいるように見えただろうか。
「ミイちゃんの行きたいとことはないですか? 私の行きたいところばかりで申し訳なくて」
「楽しいから、気にしないで。……ああ、でもグラタン皿が見たいわね」
「グラタン皿?」
「女郎花さんが、色々使えて便利、と言っていたから気になっててね」
「行きましょう。食器売り場は二階だそうですよ」
二人は看板で確認して、売り場に向かった。思っていたよりも広く、たくさんの食器が棚に並んでいる。
「グラタン皿にもちろんグラタンとかドリアとかのご飯を入れてもいいし、お菓子を入れておくだけでも可愛くていいと言っていたわ」
「なるほど、いいですね。どれがいいでしょうかー」
グラタン皿の一人分用は様々な色の種類があって、可愛らしい。少し大きめの二人分用は本格的に料理に使うなら、重宝しそうだ。
「うーん、どっちにしようかしら」
「可愛い方にしちゃいませんか?」
「そうね。ムツが好きな色一つ選んで」
ムツは迷いながらも、一つの皿を指さした。シンプルな白色の皿で、内側に小さな花が描かれているものだった。てっきり可愛らしいパステルカラーを選ぶと思っていたから、意外だった。
「これ、白と色んな花が入ってて、無帰課にぴったりじゃないですか?」
「無帰課の白と、そこにいる色んな付喪神ってこと?」
「何だか言葉にされると恥ずかしいですね」
ムツは頬をぽりぽりと人差し指で掻いている。恥ずかしいと言いつつも否定しないのが、本心だということだろう。ムツの想いに、ミイも自然と笑顔になる。
「このお皿にしましょう」
「はい」
ふいに、目の前が真っ暗になった。
「!」
「!」
一瞬何が起こったか分からなかったが、辺りを見回しても暗くて、状況を理解した。
「停電ね」
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