第5話 お揃いのワンピース―1
ミイは、自室のベッドに腰掛けていた。特に何をするでもなく、ただただ窓を見つめてため息をつくだけ。イツがいなくなってから、ミイは祈りの時間以外は部屋に籠りがちになっていた。
ヒイ、フウ、ヨウ、そしてイツ。ミイは無帰課に入ってから四人も見送ってきた。イツに慣れている、なんて聞かれたが、慣れるものなんかじゃない。先輩二人を見送った時は、悲しく寂しくあったが、見送るのが自分の役目だと思った。だが、その後、後輩二人も送ることになるとは。ミイはまたため息をつく。
「はあ……」
必ず、名前の数字の順に思い出すというわけではない。だが、長く在ればその分見るもの、触れるものが多くなる。元の持ち主や壊れてしまった物の関することをきっかけに思い出すことから、必然的に数字順となっていく。
だが、ミイは思い出すことなく送り続けている。
「どうして」
落ち込む気持ちをどうしても、持ち直すことが出来ずにいた。
自室のドアが控えめにノックされた。ミイは根を張りそうなベッドから離れて、ドアに向かった。これだけの距離がすごく億劫に思えた。
「ミイ先輩」
ドアを開けると、子犬のような表情をしたムツが立っていた。ムツに心配をかけていることは分かっていた。本来ならば、初めて無帰課の仲間を送ったムツをフォローしなければならないのに、ミイのこの状態。甘えてしまっている。
「ムツ、情けない先輩で、ごめんなさいね」
「そんなことないです。仲間がいなくなったら、寂しくて当然です。私もすごく寂しいです。一緒です」
ムツは落ち込んだ表情を隠さないまま言った。何か声をかけようとミイは口を開いたが何も出てこず、また閉じてしまった。
「だから、ミイ先輩、ショッピングに付き合ってください」
「え、ショッピング……?」
「そうです。イツ先輩がいなくて、静かで寂しいので、出掛けたいんです。洋服見たり、甘いもの食べたり、映画でもいいです。一緒に行ってくれませんか?」
ムツは、自分が行きたいのだ、という言い方をしたが、ミイを元気付けるために言ってくれていることは、分かっていた。その優しさに、甘えさせてもらうことにした。
「ええ、行きましょうか」
「はい」
ほっとした笑顔を浮かべたムツ。ミイは、ムツにこれ以上悲しい顔をさせたくはないと思い、小さくではあるが、笑顔を見せた。
*
二人は、電車に乗って大型ショッピングモールに向かった。洋服やアクセサリーがメインの店が多く入っていて、最近リニューアルして、新しいカフェもオープンしたことで、話題になっていた。ミイも何度か行ったことはあるが、リニューアルしてからは初めて行く。楽しみで、少し気持ちが上向いてきた気がする。
「まずはどこに行きましょうか」
「洋服が見たいです。ミイ先輩の着ているワンピース、可愛いなっていつも思ってたんです」
ミイは今着ているのは、トップスの部分は白、腰にかけては水色、足元にいくにつれ濃い青色になっていくグラデーションのワンピースだった。生地はさらりとしていて、夏にぴったりの一着だ。
ムツは、淡いベージュのパンツスタイルに、シアーのシャツを合わせていて涼しげだし、背の高いムツによく似合っている。
「ムツは私服ではあまりワンピースを着ているイメージはなかったわね」
「なんか、背が高いとあんまり似合わない気がして」
「無帰課の制服も嫌だった?」
「いえ、それは大丈夫なんです。女郎花さんが身長に合わせてくれたので。でも自分で着ようとすると、分からなくて」
「なるほど」
ミイは店の一覧の看板に目を走らせた。リニューアルしたことでなくなっているかもしれないと思ったが、杞憂だった。目当ての店の名前を確認すると、ムツの手を取った。
「よく行くお店があるの。一緒に行きましょう」
「はい、ぜひ」
店内は、壁や床が木目調になっていて、服が並んでいる台やハンガーかけも、木製で柔らかい雰囲気だ。試着室も同じ雰囲気で、カーテンがパステルカラーなのが可愛らしい。ワンピースやふんわりとしたシルエットのスカートが多く並んでいて、ミイのお気に入りの店だ。これだけたくさんあれば、ムツの希望にも沿うものも見つかるだろう。隣で目を輝かせている。
「わあ……可愛い」
「ありがとうございます~。何かお探しですか?」
「あの、えっと」
「あれ? お姉さん前も来てくれてましたよね。また来てくださったんですね、嬉しいです~」
店員がミイの顔を見て、人懐っこく笑ってそう言った。少し照れくさいけれど、わざわざ嘘をついて否定するものではないし、ミイはこくんと頷いた。
「ふふ、付喪神のお客さんは珍しいので、嬉しいです」
「え」
「ムツ、大丈夫よ。この店員さんも付喪神だから」
今はちょうど他の客はいなかったが、念のため声をひそめて話している。この店員はミイが前に来た時にもいて、一緒に服を選んでもらった。通常、忘れることのない付喪神だから、客の顔は全て覚えているのだ。彼女自身も、接客業には便利ですよ~と言っていた。
「こちらのワンピースは、新作なんです~。生地もシフォン系で重くないですし、ウエストをキュッと絞ったデザインなので、スタイルも良く見えますよ」
「か、可愛い……」
ムツが、店員の説明を聞いてさらに目を輝かせている。丈も長めだから、背の高いムツでも綺麗に着こなせそうだ。
「ムツ、試着してみたら? このミントグリーン似合いそうだわ」
「夏祭りの時の浴衣と少し雰囲気が似てますね。わたしこの色好きかもしれないです」
「ぜひぜひ、着てみてください。試着室こちらです~」
店員に案内されて、ムツはワンピースと一緒に試着室に入っていった。このワンピースは三色展開で、ムツが持っていったミントグリーンと、サーモンピンク、クリームイエロー。どれも、くすみカラーで大人っぽく着こなせそうだ。
ミイはクリームイエローのものを手に取って、鏡で合わせてみた。
「お似合いですよ」
「普段あまり黄色とか着ないんですけど、これなら挑戦出来そうだなと思いまして」
「可愛い色ですけど、可愛すぎない感じがいいですよね~」
カーテンの開く音がして、ミイと店員は揃って試着室を振り返った。おずおずとムツがカーテンの向こうから姿を現した。
「ど、どうですか……?」
「すごく似合っているわ。可愛い」
「はい。本当によくお似合いです~。お姉さん背が高いので、もっと長めの丈で着たいとかであれば、サイズ一つ大きいのにして、ウエストが少し余るようならベルトで絞るのもいいと思いますよ。お姉さん細いですもんね」
「な、なるほど」
店員の流れるようなアドバイスを、ムツは頑張って聞いていた。そして、鏡で自分の姿を見て、嬉しそうに微笑んでいた。でも、すぐに悩んでいる顔になってしまった。
「ムツ、どうしたの?」
「可愛いんですけど、とても可愛いのでいつもと違ってて、買うか迷ってまして」
「あら。わたしは、このクリームイエロー買うことにしたわ」
「じゃあ、ミイ先輩も試着しますか?」
「わたし、標準体型らしくて、Мサイズならだいたい着れるのよ」
「なんと羨ましい」
「わたしにはムツのスタイルの良さが羨ましいけれど」
「そんなことないです。あの、着替えてきます」
ムツが照れ隠しのようにカーテンを閉めてしまった。ムツが着替えている間に、ミイはワンピースを買うことにした。店員が新しいものお持ちしますね、と奥に入っていった。
「あの、これもお願いしていいですか?」
「かしこまりました」
ミイは、追加で店員にお願いして持って来てもらった。
ちょうど会計が終わった頃に、ムツが試着室から出てきた。
「また、決心がついたら、来ます」
「ええ。次はどこに行きましょうか」
「気になっているスイーツがあるんです。いいですか?」
「もちろん」
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