第4話 大輪の泡沫―4

 会場に設置されたスピーカーから、三十分後に花火の打ち上げを開始します、と放送がされた。


「花火までには見つけてあげないと。僕たちも仕事しなきゃだし、人が増えると探せなくなる」

「そうね」

「ももちゃんね、はなびさんみる! わくわくなの」


 ももは、楽しそうにイツの腕の中でそう言った。そっか、楽しみだね、とムツが言うと、でもね、とももが悲しそうな顔をした。


「はなびさん、すぐきえちゃうから、かわいそうって」

「お母さんがそう言ってたの?」

「うん。ふべん? だって」


 不憫、だろうか。ももの母がどういう風に言ったか分からないが、夜空に咲いてすぐ消えていく花火に悲しさを覚えたのか。


「たとえ、一瞬で消えるためでも、それが花火の役割。そのために生まれたんだから。ヒトの方が大変だよ、自分が何のために生まれたか、自分で探さなくちゃいけないんだからさ」

「やくわり……?」


「イツ先輩、さすがにこんなに幼い子には分からないですよ」

「まあ、いつか探す時が来るだろうから、頑張って」


 ももはきょとんとして、ただイツを見つめていた。分からないながらも、何か大切なことを言われたような気がする、といったところか。


「自分が“何者”か探している最中のわたしたちが言ってもねえ」

「それはごもっともだね」


 からからとイツは笑った。見つければ、消えてしまう、それこそ花火のように。そうなれば、こうして会話も出来ないわけだが、それは、今は置いておく。


 わたあめの店、そしてスーパーボールすくいの店にも行ってみたが、サンダルもなく、母の姿もない。どうしようかと考え始めた時、ムツの肩に乗っていたツボミが、ある方向を懸命に指さしていた。


「ミイ先輩!」

「行ってみましょう」


 ツボミが指さしたのは、出店の列から離れた、外れの道沿いだった。人混みから離れたベンチに、ちょこんとサンダルが片方。もものサンダルだった。


「誰かが拾って、踏まれたりしないように、ここに置いてくれてたみたいですね」

「ももちゃんの!」


 ももは嬉しそうに声を上げた。イツは、ももをベンチに座らせて、ガラスの靴を履かせるように、見つけた片方のサンダルを履かせてあげていた。


「わあ……しんでれらだあ……」

「ノリがいいのね」

「まあ、ここまで来たらね」

 イツは素っ気なく返していたが、照れ隠しなのは分かっている。


「サンダルが見つかったのは良かったですけど、お母さんは見つからないですね」

「もう、このあたりからは離れて、迷子センターに行ったのかもしれないわね」

「そっち行ってみよう。主催のテントの近くだっけ」


 迷子センターへと向かっている途中、迷子の案内の放送が聞こえてきた。読み上げられる特徴からして、もものことで間違いなさそうだ。


「急ぎましょう」




 仮設テントの迷子センターが見えてきたところで、ももがおかあしゃん! と一人の女性を指さした。イツは繋いでいた手を離してから、しゃがみ込んでももと視線を合わせた。


「心配してるから、早く行ってあげなきゃ」

「うん! ありがとう、おうじしゃま!」


 ももは、サンダルを履いた両足で地面を蹴って、女性のところまで駆けて行った。女性は、心配そうに、その場を行ったり来たりしている。


「おかあしゃん!」

萌々香ももか! どこに行ってたの。心配したのよ」

「おうじしゃまがたすけてくれた。くつもね、みつけてくれたの」


「王子様? 誰かがここまで連れてきてくれたの?」

「うん」

「どこにいるの」

「そこに――あれ?」


 萌々香が後ろを振り返ると、誰もいない。さっきまで一緒にいたはずなのに、誰もいない。


「本当に誰かいたの?」

「いたもん! きらきらくれたもん!」


 腕で光っているブレスレットを見せつける萌々香。王子様がいないと言われたことが無性に悲しくなってしまう。


「王子様が、助けてくれたのね。ちゃんと、ありがとうって言えた?」

「うん、ありがとう、言った」

「えらいね。お母さんもお礼を言いたかったな、その王子様に」


 母が王子様を信じてくれたし、褒めてくれたし、萌々香は嬉しくて仕方なかった。母と手を繋いで、花火を見に歩き出した。





「黙っていなくなって、良かったんですか」

「お母さんが見つかったんだから、王子様ごっこはおしまい」

「意外と似合ってましたけど」

 ムツにからかわれて、イツは口を尖らせてそっぽを向いた。


「まあ、わたしたちの素性とか聞かれても困るものね」

「そうそう、そういうこと。僕たちも、花火見ないと。移動しよ」

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