第4話 大輪の泡沫―3
「おっと、ごめんね。大丈夫?」
イツが屈んで、女の子と視線を合わせて尋ねた。女の子は、きょとんとした顔をした後、あっという間に瞳に涙を溜めて、声を上げて泣いてしまった。
「うわああああああん」
「あらら、どこか痛いの?」
女の子は、大きく首を振った。怪我をしたわけではないようだ。ミイは、さっと周りを見渡してみるが、近くに保護者らしき人が見当たらない。迷子かもしれない。人波に飲まれないように、皆で道の端に移動した。
女の子は、その間も泣き続けている。ミイは、怖がらせないように優しく問いかけた。
「どうして、泣いているの?」
「お、おかあしゃんが、いっ、いない、の」
「どっちかっていうと、君がいなくなったんじゃない?」
「イツ先輩……!」
ムツに言葉の外で、余計なことを言うなと注意されていた。それを軽く流して、イツは女の子の傍にしゃがみ込んだ。
「靴が片方しかないとか、シンデレラみたい」
見ると、女の子はサンダルを片方しか履いていない。水色のラメ入りの可愛らしいサンダルで、着ているワンピースとお揃いのように見える。
「しんでれら……?」
イツの言葉に、女の子がぴたりと泣き止んだ。そして、じっとイツのことを見つめている。
「おうじしゃま……?」
「いや、違うけど」
すると、また一瞬で目に涙が溜まって、今にも泣き出してしまいそう。慌てたムツに促されて、イツは分かった、と言い直した。
「分かった、分かった。王子様でいいから、泣かないで、ね?」
「わー! おうじしゃまだー」
女の子はイツの腕にぎゅっとしがみ付いた。イツが幼い子に懐かれた様子が微笑ましくて、つい和んでしまった。
「ゆっくりしている場合ではないわね。お母さんと、サンダルの片方を探しましょう」
「サンダルの方は、ツボミに聞いてみるのはどうでしょう。声は聞けませんけど、身振りで何とかなるかもしれません」
「うーん、ちょっと今は厳しいかもしれないわね」
女の子の近くにいる、サンダルのツボミらしき子は、ぐったりとしていて片割れの場所を聞ける状況ではない。ムツはその様子を見て、ここで休んでいいよ、と自分の肩に乗せてあげていた。
女の子は、透明の巾着袋に入ったスーパーボールと、何かを食べた後の棒を持っている。
「それは、何の棒かしら?」
「んーっとね、わたあめ! おいちいの!」
「教えてくれてありがとう。……ここから、わたあめの店とスーパーボールすくいの店のあるところまで戻ってみましょう。迷子になってすぐでしょうから、お母さんと会えるかもしれないわ」
「サンダルも、きっとその途中で落としたんだろうし」
三人は、迷子の母とサンダルを探すために動き出した。
「ほら、行くよ。えっと、君、名前は?」
「ももちゃん!」
「じゃあ、ももちゃん。おんぶしていくから乗って、ムツに」
「私ですか? 私はいいですけど……」
ももは、ふるふると首を振って嫌だと主張している。イツの腕を離すまいと全身でしがみついている。
「おうじしゃまがいい」
「だそうですよ。イツ先輩、頑張ってください」
「分かったよ。ほら、腕一回離して。背中乗って」
「やーだー、おひめしゃまみたいがいい!」
お姫様みたいとは、と首を傾げているイツに、ムツがお姫様抱っこのことじゃないですか、と言うと、眉を寄せて渋い顔になった。
「僕、そういうキャラじゃなくない?」
「今は王子様になっててください。急ぎますよ」
渋々、イツはももをお姫様抱っこの状態で抱えて歩き出した。ももは、満面の笑みで嬉しそうにしている。今更ながら、見知らぬ人にここまでの懐き方は少し心配になる。
もしかしたら、付喪神だからこそ懐かれているのかもしれない。幼い子、特に七歳までの子は神の子と言われることもある。付喪神は幼い子にとっては近しい存在だったりするのかもしれない。そういうことは管理課が詳しいはずだから、帰ったら女郎花に聞いてみよう。
「おうじしゃま、きらきらしてる」
「ん? ああ、ブレスレットのことか。ムツ、余ってるのあったよね、もらっていい?」
「いいですよ」
イツは、ももを抱っこしたまま、受け取ったブレスレットを折って、ももの手首につけてあげた。ももが軽いとはいえ、なかなか器用なことだ。
「はい、どうぞ」
「わあああ……! ありがとう、おうじしゃま!」
「どういたしまして」
渋々引き受けていた割には、楽しそうにしている。もものことはイツに任せて大丈夫そうだと判断して、ミイとムツはあたりを探すことにした。サンダルの片方も、母らしき人も見当たらない。近くの店の人にも聞いてみたが、収穫はなかった。
「もう少し戻ってみましょう」
「そうですね」
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