第4話 大輪の泡沫―2

 当日、しっかり浴衣の着付けとヘアセットをしてもらい、いつもと違う雰囲気に本部を出る前からお祭り気分だった。浴衣に合わせた巾着も貸してもらった。


 花火が始まるまでの時間は、祈りの仕事のことは置いておいて、祭りを楽しむことにした。すっかり日が沈んで夜闇に包まれた河川敷には、道を挟んで両側にたくさんの出店が並んでいる。出店の煌々とした明かりが、そこだけ昼間のように錯覚させる。


「すごいですね……!」


 ムツがぱあっと顔を輝かせて、出店を見渡している。茶色のショートカットに合わせて、大ぶりの造花を耳上に飾り付けている。その造花が夜風に揺れて本物の花みたいだ。


 ミイは髪を結い上げて、つまみ細工の花飾りを付けている。浴衣の柄と同じ、ピンク色の花で気に入っている。イツはいつも通りでいいと言っていたが、女郎花に髪の毛をワックスで遊ばれて雰囲気が少し大人っぽい。


「ムツ、りんご飴があるわ。食べたいって言っていたわよね?」

「はい。わあー、可愛い。美味しそう。りんご飴一つください」

「はいよ」


 ムツは差し出されたりんご飴を、宝石を見るみたいに色々な方向から眺めていた。出店の明かりでキラキラと輝く真っ赤な飴は綺麗だ。


「わたしは、あんず飴をお願いします」

「僕はいちご飴を」


 ミイとイツもそれぞれ目当てのものを買って、三人で最初の祭りグルメを食した。パリパリと飴が割れると同時に中の果実がじゅわっと現れる。


「ミイ先輩もイツ先輩も、りんご飴じゃなくていいんですか?」

「わたしはこっちがいいの」

「僕もー」


 大きさからして、当然あんずやいちごの方が早く食べ終わる。急いで食べようとするムツに、ゆっくりでいいわよ、と伝えたが、ムツはわずかに眉をひそめている。


「どうしたの?」

「あの、美味しいんですけど、飴がなくなったらただのりんごだなと……。いや、美味しいんですけどね」

 ミイとイツは、顔を見合わせて思わず吹き出すように笑ってしまった。


「まあ、やっぱりそうなるよね」

「そうね」

「もう! 二人とも分かってたなら言ってくださいよ」


 ムツがりんごを食べて、口をもごもごさせながら抗議してきた。小動物のような仕草のせいで、言葉は怒っていても全く怖くない。


「でも、最初はメインどころのりんご飴が食べたくなるよね? 僕も最初はいちごとかあんずとか、違うのもあるよって言われても、りんご一択だったし。気持ち分かる」

「皆が一度は通る道よねー」


 その後、なんだかんだと言いながら、ムツはりんご飴を完食していた。次は何を食べようか、何をしようかとゆっくり見て回っていると、イツが前方に見える出店を指さした。


「チョコバナナも食べようよ」

「いいですね」


 出店の前に行くと、綺麗に整列したバナナがたくさん並んでいた。普通のチョコレート、いちご味らしいピンクのチョコレート、そして変わり種の水色のチョコレートの三種類があった。


「うーん、水色はちょっとな」

「わたしはこれにするわ。一つお願いします」


 ミイは水色のチョコレートがかかったチョコバナナを買った。お店の人から、見た目は派手だけど普通に美味しいからねーとにこにこしながら手渡された。


「ミイ先輩、意外とこういうのチャレンジしていくよね」

「美味しいと分かってるから。それに、お祭りで少し浮かれているのかもしれないわね」


 かも、と言ったが実際浮かれている自覚はあった。イツとムツとこうして祭りを満喫している状況が、とても楽しいのだから。


「私も水色に……うーん」

「ムツ、無理して合わせなくてもいいのよ、好きなのを選んで」

「僕はいちごチョコがいい。今日はいちごの気分なんだよね」

「うーん、わたしもいちごにします」


 いちご二つねー、と明るい声と共にチョコバナナが二人の前に差し出された。

 さっきから甘いものばかり食べてしまっているが、目に付くものがその系統なのだから仕方ない。少し先に、から揚げや焼きそばの看板が見えるから、そこで食べるのもいい。


「あら、射的もあるのね」


 自分の口から出た言葉が、思いのほか楽しげでミイは少し恥ずかしくなった。何でもないと言おうとしたけれど、イツとムツはその前にミイの手を引いた。


「行きましょう、射的」

「ミイ先輩が行きたいって言うの珍しいじゃん」

「待って、行きたいなんて言っていないわ」

「顔がそう言ってたんだって、ねえムツ」

「はい。ミイ先輩、楽しそうです」


 二人に連れていかれる形で、射的の店までやってきた。赤い絨毯のような布の上に、射的銃とコルクの弾が入った皿がセットで置かれていた。


「三人で!」

「一人三発だよ。コルクを強く押し込みすぎると打てなくなるから気を付けてな」


 使い方の説明を受けた後、射的銃を構えた。真正面にあった的を狙ってみる。しっかり狙いを定めて、引き金を引く。


「あー、惜しいねえ」


 店の者の残念そうな声が降って来た。コルクの弾は的の横をすり抜けていった。残りの二回も似たような結果だった。でも、楽しい。店の広さの関係上、二人ずつだったので、イツと一緒にやっていたのだが、イツもお手上げ、のポーズをしていた。だめだったらしい。


「ムツがんばれー」

 最後にムツが挑戦する。もちろん射的も初めてやるらしく、緊張の顔をしていた。


「えいっ」

 ムツは撃つと同時に目をつぶってしまっていた。だが、次の瞬間にはコトンという的が倒れる音がした。


「当たった……?」

「わあ、ムツすごいわ」

「ビギナーズラックってやつかな」


 渡された景品の中身を三人で覗き込む。入っていたのは、光るブレスレットだった。ぽきっと折って使うタイプのもので、そういえばすれ違う人たちが付けているのを見た気がする。


「せっかくなので、三人でつけましょう」

 ムツの提案で、光るブレスレットを手首につけた。一人二本ずつ使ってもまだ余っていたが、これ以上つけるのは、と一旦巾着の中に仕舞った。


「ふふっ、余計に浮かれている人になってしまったわ」

「そうですね」

「いいんじゃない? たまには」


 傍から見れば、大学生がはしゃいでいるように見えるのだろうか。もしそう見えているなら、嬉しいようなくすぐったいような。


 時間も遅くなってきて、人が増えてきた。花火に向けてどんどん人が集まってきているようだ。人混みに流されないように注意しなくては。


「おっ?」

 イツがふいに立ち止まった。その視線は斜め後ろに向かっていた。それにつられて下の方を見ると、三歳くらいの女の子がイツにぶつかって固まっていた。

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