第3話 一番目と二番目―5

 ミイたち三人は、晴れ渡ってギラギラと日差しが眩しい空の下を歩いていた。少し外に出ただけで、もう汗ばんできている。


 女郎花に無帰課の始まりを聞きに行ったのだが、設立に関わっていた灯が、あいにく外出中だった。また別の機会にと引き返そうとしたら、女郎花がぽんと手を打った。


「そうだわ、ともるんの他に無帰課の設立に関わった人がいるって聞いたことがあるわ」

「どの課にいる人ですか?」

「実は、本部の人じゃないのよ。ともるんの知り合いらしいのだけど、知る限りでは一番古い付喪神なんじゃないかしら」

「そんな凄い人が、無帰課の設立に関わっているんですか」

「ワタシも詳しくは知らないのだけど、物書き屋というブックカフェをしているそうよ」


 女郎花から物書き屋へ連絡をしてもらい、話を聞かせてもらえることになり、三人で物書き屋へ向かっているところだ。


 夏も本番の暑さを感じながら歩いていると、電話で伝えられた通りの外観の建物が出てきた。年季の入った古民家だが、不思議と古めかしい印象はない。木造の二階建てで、二階の窓の外には小さな可愛らしい植木鉢が並んでいる。軒下にぶら下がっている『物書き屋』の看板を確認して、ミイは店に入った。


「こんにちは」

「わあーすっごく涼しいー」


 ミイに続いて入って来たイツが、挨拶もすっ飛ばしてそんなことを言っていた。すかさず後ろでムツが、挨拶からです! とたしなめてくれているので、ミイの仕事はない。


「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」

 一人の青年が、優雅な動きでテーブルへと案内してくれた。


 確かに、店内に入ると外の暑さが嘘のように涼しい。だが、見回してみても、エアコンの類はどこにもない。客のいるところからは見えないだけなのか、それともこの家自体が不思議なのか。どことなく、本部の部屋と似た雰囲気を感じる。


「そろそろ到着されるころかと思いまして、冷たいお飲み物を用意してあります。少々お待ちください」


 二十代半ばの見た目をした青年は、白シャツに茶色のストレートパンツを身にまとい、腰には深緑色のカフェエプロンを着けている。もしや、この人が一番古い付喪神で、無帰課の設立者なのか。


「どうぞ、アイスライムティーです」


 らせん状に剥かれたライムの皮が透明なグラスの中で鮮やかな緑色の模様を作り出している。氷をかき分けて入れたストローで飲むと、レモンに似た、でも一味違った爽やかさがあった。暑い中歩いてきた身には、よく染み渡る。


「美味しいです、とても」

「ありがとうございます」

「あの、あなたが無帰課の設立に関わったという……」

 青年は、一瞬きょとんとした顔をしてから、笑みを浮かべて首を振った。


「いいえ、私ではありませんよ。自己紹介が遅れました。私は、この物書き屋の店主のやなぎといいます。お探しの人は、ここの大家のことです。呼んできますね」

 柳は、二階に続く階段の下から上に向かって呼びかけた。


「桜子さーん、お客様がいらっしゃってますよ。降りてきてください」

「分かったから、少し待つのじゃ」

 トントンと軽い足音が聞こえ、すぐに誰かが降りてきた。


「え」


 古風な喋り方から想像していた姿とは違い、ミイは驚いてしまった。イツもムツも、同じような反応をしている。ミイたちの目の前にいるのは、十歳ほどの少女だった。艶やかな赤い着物を身に纏って、にんまりとミイたちを見ていた。


「わたしがここの大家、桜子じゃ。おぬしらが無帰課じゃな。……む、儚げ詐欺の娘はどうした?」


 儚げ詐欺、という聞き慣れない言葉だったが、すぐにヒイのことを言っているのだと分かった。


「彼女は、思い出しました」

「……そうか」


 桜子は、少し寂しそうに微笑んだだけだった。その表情から、この人が無帰課を作った人なのだと、理解した。

 ミイたちの座る席に、桜子も腰掛けた。小さな体ながら、軽々と椅子に座る動作は慣れたものだった。


「おぬしらの名前を聞いてよいか」

「わたしは、ミイです。この三人の中では年長になります」

「イツです」

「ムツと言います、よろしくお願い、します」


「ふむ。無帰課の始まりのことが聞きたい、と言っておったな。と言っても、わたしが関わったのは本当に初期の頃だけじゃ。話せることは少ないと思うがのう」

「それでも、聞きたいのです。お願いします」


 ミイは、姿勢を正して桜子に頭を下げた。イツとムツもそれに倣った。


「顔を上げるのじゃ。分かった、わたしが知っていることを話してやろう。その代わり」

 そこで言葉を切った桜子は、にやりとして続きを言った。


「美味しいスイーツを食べながらじゃ! 柳、用意するのじゃ」

「はい。レモンのレアチーズケーキはどうですか。冷やしてあるので、すぐに美味しく食べられます」

「うむ。それがよいのじゃ」


 桜子は、ぷらぷらと機嫌よく足を揺らしている。一番古い付喪神、と聞いて少なからず緊張していたのだが、こんなに可愛らしい少女で、安心した。


 柳の言った通り、すぐにレアチーズケーキがミイたちのテーブルにやってきた。ライムティーのおかわりもあると言われ、イツがさっそくおかわりを頼んでいた。


「さて、どこから話すかのう。……始まりは、偶然あの娘を拾ったことじゃな」


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