第3話 一番目と二番目―1
今日は、無帰課の大掃除をしていた。イツは何もこんな暑いときにしなくても、とぼやいていたが、本部の中は快適な室温に保たれているのだから、問題はない。
「おーい、ムツ、そっち持ってくれない?」
「分かりました。どっちに動かします?」
「とりあえず壁から離して置きたいかな」
イツとムツが、会議室にある棚を両側から持ち上げて移動されている。初めは文句を言っていたイツも、掃除を始めればなんだかんだと動いてくれている。
「じゃあ、そこ掃除機かけちゃうわね」
「あ、ミイ先輩ちょっと待った」
「どうしたの?」
「そこに何か挟まってるっぽくてさ」
棚を運びながらイツが、目線で位置を示してきた。棚があった場所の、カーペットと床のほんの隙間に確かに何かが挟まっている。ミイは掃除機を一旦置いて、それに手を伸ばした。
「これ……」
出てきたのは、一枚の写真だった。
ミイの肩越しに、イツとムツもそれを覗き込んできた。
「そこに映ってるのって、誰ですか?」
「右端の人はミイ先輩、だよね。今と雰囲気違うけど」
ミイは、気まずそうに小さく頷いた。不貞腐れたようにカメラを見つめているミイは、今のような穏やかさはあまりない。
「あと二人は見たことないなあ。本部の人?」
「ええ。無帰課の先輩たちよ」
イツとムツの目が見開かれた。無帰課にかつていた人、それは自分たちと同じように記憶がなかった付喪神たち。興味をひかれて当然だ。
「聞かせてよ。どんな人だったの? 僕らの先輩たちって」
「真ん中にいる女の人が、ヒイ先輩。チーフだったのだけど、そんな柄じゃないから、普通に先輩って呼んでほしいって言っていたわ」
ミイは、写真の中央に立ってからりと笑う女性を指差した。長い黒髪は、背中ほどまである。無帰課のリーダー的な存在のことを、チーフと呼ぶのだが、他の課ほど浸透していなかったりする。
「そういえば、ミイ先輩もチーフですよね。イツ先輩が、ミイ先輩って呼んでたからそう呼んでましたけど」
「ミイ先輩が、恥ずかしいから先輩でいいって言ってたからそうしてたけど、ヒイ先輩の受け売りだったのかー」
イツがにんまりとミイの方を見てくる。自分がチーフだという実感があまり持てなかったのと、ミイにとってのチーフは、ずっとヒイのままなのだ。
「ヒイ先輩は、溌剌とした女の人だったわ。見た目が儚げ美人だから、初めて会う人はギャップに驚いていたわ。植物を育てるのが好きで、私室にはいつも植物がたくさんあったわ。本部の花壇を使って育てている時もあったわね。でも、料理は下手で、挑戦しようとしていたけど、大変なことになるから、フウ先輩と二人で止めていたわ」
ミイは、その時のことを思い出してくすりと笑った。本人は至って真剣なのだが、どうやっても派手に失敗してしまうのは不思議だった。本人も不思議がっていた。
「美人さんで何でも出来そうに見えますけどねー」
「それで、こっちの人がフウ先輩?」
イツが左側に立つ人物を指差した。五十代から六十代ほどの見た目をした男性。シルバーグレーの髪はゆるくウェーブがかかっていて、目元には笑い皺があるものの、老けた印象よりも穏やかそうな印象を与える。
「フウ先輩は、料理が得意で、というより手先が器用な人だったわ。あさひとゆうひが来る前だったのもあって、修理課の手伝いをよくしていたの。楽器が弾けて、修理したものの試演奏もしていたわ」
だいたいの楽器は弾くことが出来ていたから、手先が器用、だけでまとめていいものか、分からないけれど。彼は見た目のまま穏やかな人で、他の課との橋渡しのような調整役を担ってくれていた。
「……二人とも、優しい人だったわ」
ミイは、写真から目を離さないまま、そう言った。後輩は、増えたけれど、ミイにとっての先輩は、この二人だけだ。
「他にも、ヒイ先輩やフウ先輩の写真ってないんですか? どこかにアルバムとかありませんでしたっけ」
「さっき動かしてもらった棚の一番下の段にあったはずよ。あまり撮った写真の数は多くないけれど」
「……ねえ、ミイ先輩、わざと言ってないよね」
「何のことかしら」
「その二人の先輩が“何者”だったのか。ムツは気遣って話逸らしたけどさ」
「……」
ミイは、目を伏せた。イツの言う通りだった。二人が何者だったのか、何の物だったのか、それを話すということは、二人が消えた時のことも話さなくてはならない。それを、ミイは躊躇った。イツとムツに聞かせていいものか、いたずらに不安を煽って傷付けてしまわないか。
「ミイ先輩さ、思い出した場合のことあんまり話さないけど、知っておきたいよ。自分にも関わることだし」
「それは……」
「極力一人にはならないこと。鈴守神社の鈴を肌身離さず持っておくこと。この二つ以外は、聞いてないからさ。ムツも聞きたいでしょ」
「えっ、私は、その」
唐突に話を振られたムツは、戸惑いながらミイとイツを交互に見ていたが、気遣いながらミイと視線を合わせて答えた。
「ミイ先輩が、嫌じゃ、なければ」
二人分の真摯な視線を受けて、ミイは決心がついた。わかった、とはっきり口にして頷いた。
「でもその前に、ここの掃除を終わらせてしまいましょう」
「はーい」
「分かりました」
素直に返事をしてくれた。三人は、いつもよりも口数少なくテキパキと掃除を終わらせた。
テーブルで向かい合って話をすることにしたが、何もないと逆に話がしづらいから、アイスティーを用意した。用意といっても、水出し用のティーパックをボトルに入れて置いたものを、グラスにあけただけ。それでも少し緊張している喉を潤すのには重宝した。
「…………ヒイ先輩は、万華鏡だったのよ」
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