第2話 自分探しのダイヤモンド―5(了)
ジュエリーショップの部屋には、緊張感が満ちていた。
今日初めて会う鑑定士のヒトは、眼鏡をかけた白髪の男性だった。ダイヤモンドに注がれる視線は何もかもを見透かすように鋭い。金剛自身はもちろん、こちらまで背筋が伸びる心地だった。時間がかかるかもしれないと言われたが、ミイも金剛も同席させて欲しいと頼んだ。ブレスレットの彼女も一緒に。
ちなみに、鑑定には宝石を台座から外しておく必要があるのだが、レプリカを作る際に外したままにしてくれていたので、タイムロスもなく鑑定に出すことが出来た。
「おや?」
鑑定士が不思議そうに声を上げた。どうかしましたか、という彼女の問いにも、少し待ってくれ、と答えるだけで、もう一度ダイヤモンドを隅々までルーペ越しに見つめている。
不安そうにしている金剛に、ゆっくり待ちましょうと小声で言った。しかし、ミイも不安になってきた。
「!」
ポケットに入れていた端末が震えた。画面を見れば、ムツからだった。
「すみません、少し席を外します」
断ってから部屋を出て、ムツの通話に応じた。
「もしもし」
『見つけました!』
興奮気味のムツの声が耳元に届いた。驚いて一瞬、端末を耳から離したが、その後の言葉を聞き逃さないように再び端末を近づけた。
『金剛さんが指輪になる前に範囲を広げて調べたら、すぐに見つかりました』
百年より前はあり得ないってのが常識だからな、仕方ないさ、とイツの声がかすかに聞こえてきた。少し得意げにも聞こえて、その表情を想像して微笑ましくなった。
「誰だったの?」
『最初の持ち主の、今の持ち主から見て高祖母にあたる女性、その夫です。ただ、ダイヤモンドを持っていたという記録は今のところ見つかっていません。若くして亡くなったようです』
「最初の持ち主の旦那さん……プレゼントだったりしたのかしら」
『これから灯さんたちと、詳しく調べます。また連絡します』
「こっちも、鑑定の結果が出たら知らせるわ」
通話を一旦切り上げて、ミイは部屋に戻った。すると、ダイヤモンドを中心に、皆が不思議そうな、そして驚いている表情をしていた。
「何か、分かったのですか」
おそるおそるミイが尋ねると、鑑定士が驚かずに聞いてください、と前置きをしてから口を開いた。
「これは、珍しいダイヤモンドです。遺骨から作られたものです」
「遺骨から、ダイヤモンド……?」
「ご遺骨から、炭素を抽出して、黒鉛を生成します。その黒鉛を結晶化し、ダイヤモンドの原石を作ることが出来ます。その後は、通常のダイヤモンドと同じ方法で、加工してアクセサリーなどに仕上げていきます」
鑑定士が、ゆっくりと説明をしてくれた。そんなことが出来るなんて、初めて知った。長く在る付喪神とはいえ、知らないことは山ほどあるようだ。
改めて目の前にあるダイヤモンドを見る。その美しい石は、元は一人の人間だったものだという。なんて、綺麗なのだろう。
「故人の存在をいつまでも傍に感じていたい。そういう想いから、制作を依頼させる方がいると聞きます。とはいえ、私も実物を見たのは数える程度ですが」
一体、誰の遺骨なのか、という話になるが、先ほどのムツからの報告と合わせると、おそらく……。
さすがに鑑定士がいるところでは話せない。
「すみません、先ほどの電話で、帰って来るように言われてしまいまして。慌ただしくて申し訳ありません」
「先生、今日はここまでにして、また改めて見せていただきましょう」
彼女がこちらの状況を察して、鑑定を切り上げる方向に持っていってくれる。鑑定士も、遺骨であるという結果に、動揺したでしょうな、とこちらを気遣ってくれた。
簡単な鑑定の結果を書類にまとめくれた。封筒に入れられたそれを持って、ミイと金剛は本部へ駆けた。
*
「つまり、このダイヤモンドは遺骨から作られていて、その遺骨は高祖母の夫のものであった。ということであっているか」
その後、管理課が調べた情報とつなぎ合わせると、そういう結論に至った。夫がダイヤモンドを所持していたわけではなく、そのものだった。
高祖母は長生きしたのだが、夫は四十七歳で亡くなっていた。とても仲の良い夫婦であったと評判で、妻は夫が亡くなった後は、後家として家を守っていた。数年が経った頃に、遺骨を使ってダイヤモンドを作ったのだという。周囲は反対したとか、そういう話も出てきたが、結局は押し通したようだった。
ダイヤモンドの指輪は、夫をずっと傍に居て欲しいという高祖母の想いからうまれたのだろう。
「お前のその姿は、最初の持ち主が愛した男の姿だった、というのが管理課と無帰課からの結論だ」
灯は、無帰課、と言うところでミイたちを見て、総意として結論を金剛に伝えた。
「そうか……。この男性が、見ることの出来なかった子どもや孫たちの成長を、ぼくが代わりに見守っていたのですね」
金剛は、感慨深そうに、自らの胸に手を当てた。金剛は、高祖母の夫とは会うことはなかったが、その想いはきっと金剛の一部になっているだろう。
「ありがとうございます。知ることが出来て、良かったです」
「これから、どうしますか。引き続き、その家族を見守りたいのでしたら、近くに住むという手もあります。前例がありますし、あたし手配しますよ!」
トキが、にこにこと笑顔で金剛に提案している。記憶をなくしているわけではなかったのだから、無帰課に留まる必要はない。トキの提案に、金剛は、ぜひよろしくお願いします、と答えていた。
「イツ先輩、惜しかったですね」
「何が?」
「指輪になる前の、ってところまでは合ってましたけど、その後はさすがに予想外でしたから」
「そうだね。でも、早く解明出来て、良かったよ」
「はい」
あの通話の後、金剛のため調べ物を頑張ったのだろう、少しくたびれた様子のイツとムツが笑い合っていた。
「あの、灯さん」
「なんだ」
「鑑定の結果に、少し気になるところがありまして」
ミイは、他の人には聞こえないように、灯に書類の下部を見せた。
そこには、遺骨からダイヤモンドの原石を作る技術は、ここ二十年に確立されたものであるが、このダイヤモンドは作られてから百年近く経っていると推測される。矛盾が見られる。とあった。
実際、付喪神として開化しているのだから、百年は在り続けているのは自明である。
「人間技ではない、ということだな。つまり、付喪神が関わっているか」
「灯さんなら、何か知っているかと」
「そうだな。……そんな芸当が出来るやつは、付喪神でも限られるだろうな」
灯は、手早く手紙を書くと、鳩を飛ばした。三階に飛んでいったので、修理課に宛てたらしいことは分かった。
五分もしないうちに鳩が返って来た。返事に目を通して、灯は呆れたように笑った。
「ははっ、全く」
「分かったんですか?」
「ああ。修理課の天才が、作ったそうだ。原石を作ったところまでしか関わっていないから、指輪になった姿ではさすがに気が付かなかったとさ」
「えっ! 何だか、凄い巡り合わせですね」
鳩が行き来するのを見て、金剛やトキもこちらにやってきた。たった今、発覚したことを金剛に伝えれば、きょとんとした後に、笑いだした。
「はははっ、こんなことってあるのですね。ぼくはここで生まれたってことですよね。期せずして、里帰りが出来ました。そちらも、知ることが出来て良かったです」
晴れやかに笑う金剛は、光を受けてきらめく宝石のように、輝いていた。自分が何者かを知った彼は、きっと迷うことなく、この先も進んでいけるだろう。
ミイは、金剛の笑顔を見て、心底ほっとした。ムツが、金剛が新しい無帰課の仲間になるかもしれないと言った時、それを想像して、歓迎よりも切なさが勝っていた。
自分が何者か分からない状態は、内側に空洞を抱えたまま日々を過ごすようなものだ。本部の仲間がいて、どんなに外側は賑わっていても、決して内側は埋まらない。
「こんな思いをする人は、少ない方がいいわ」
本部の人たちが大切でない、というわけでは決してない。大事な仲間であることに違いない。でも、どれほど大事な人でも、それは自分自身の代わりには、なり得ないのだ。
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