第2話 自分探しのダイヤモンド―4

 ミイたちは、今、会議室に集まっていた。日本茶とわらび餅で、ティータイムをしているところだ。


 イツがいつものように本部を抜け出して、ふらふらしている時に、偶然見つけた和菓子屋のおはぎが美味しく美味しくて。それ以来、三人で和菓子にハマっているのだ。三人でほっこりする時間になっている。


「あの、ぼくもお邪魔していいのですか」


 同じテーブルについて、控えめに金剛が言った。調査の間、無帰課の預かりになっている金剛も、今回のティータイムに参加している。彼は、名前の厳つさと、きりっとした目元とは対照的に、おっとりとした大人しい男性だった。


「もちろんですよー、皆で食べた方が美味しいんですから。ね、イツ先輩」

「ほーふぁね」

「あー、もう食べてるじゃないですか! きな粉こぼしてますし」


 イツとムツのやり取りを見て、金剛は小さく笑っていた。緊張が解けたようで何よりだ。


「わたしたちも食べましょう」

「はい、いただきます」


 きな粉たっぷりのわらび餅は、口に入れた途端、とろりと溶けるような舌ざわりで、あっという間になくなってしまう。これは次々と食べたくなる。少し濃いめに入れてくれた日本茶とも合う。


「美味しいわね」

「はい。イツ先輩って、こういう美味しいお菓子見つけてくるのは上手いですよね」

「なんか言葉に棘があって、褒められてる気がしないんだけど」

「だって、金剛さんの自分探しの調べ物、全然手伝ってくれないじゃないですか」

 ムツが、むうっと頬を膨らませてイツに文句を言っている。


「ムツが四階に持って帰って来た資料、一緒に調べてるよ」

「まだまだ、たくさんあるんですよ!」


 金剛がはらはらしながら二人を見つめている。ぼくのために、調べてもらってすみません、という声が、力なく二人の間を通り抜けていく。

 ミイは、そういえば、と会話を無理やりこちら側に引き寄せた。


「そういえば、ジュエリーショップの彼女から、途中報告の連絡が来たわ。ダイヤモンドに合わせて台座が作られていることは確実で、八十年から百年ほど経っていると。後半は周知のことだけれどね。年数が経っているにしては、ダイヤモンドが綺麗だとも」


「それはきっと、皆さんが丁寧に手入れをしてきてくれたからだと思います。本当に、五人とも綺麗に使ってくれていましたから」

 金剛は、これまでの自分の歴史を振り返るように言った。


「五人って、今の持ち主も含めてですよね? 母、祖母、で三人。その前が……」

「曾祖母、高祖母になるわね」

「そう考えると、凄いですね。受け継がれるって」


 ムツがしみじみと呟いた。途切れることなく受け継がれるのは、並大抵のことではないだろう。


「じゃあ、金剛くんは、その高祖母のヒトに買われたってこと?」

「そうです。ただ、ぼくは注文の品だったようで、お店のような場所に並んだ覚えはありません」

「へえー……」


 イツは、何やら考え込んでいる。口にくわえたままの楊枝は、行儀が悪いとムツに取り上げられていたけれど、それも気にしていない。


「イツ先輩? どうしました?」

 ムツが心配そうに、首を傾けてイツの顔を覗き込んでいる。イツがそれに気が付いて、口を開いた。


「あのさ、持ち主の周辺に今のところ、それっぽいヒトはいないんだよね?」

「そうですよ。今から遡って百年分なので、見落としがない、とは言い切れませんが」


「でも、そもそも本人に覚えがない。そうだよね?」

「は、はい」

「百年の間で、覚えていない箇所がある?」

「いえ」


 急に話を振られて、金剛は一瞬戸惑っていたが、質問にはしっかりと答えていた。


「だったら、やっぱり記憶がないわけじゃないと思うんだ」

「それは、わたしたちも考えたわ。でも、この姿の説明はつかないわ」

「……指輪になる前のことは、どう?」


 イツの言葉に、この部屋の時間がピタリと停止したような感覚になった。イツの言ったことを咀嚼するのに時間がかかっただけなのだが、イツは皆が無反応なことに慌てたようで、言葉を付け足した。


「いやさ、ダイヤモンドって、アクセサリーじゃなくても、石のままでも売られてたりするよね? だから、指輪になる前でも『物』ってことになるかなって」

「……」


「これは、さすがにない……?」

「いいえ、イツ。あり得ることだわ。わたしは思い至らなかった」


 ミイは、ムツと顔を見合わせて頷いた。管理課にこの可能性を伝えに行った方がいい。立ち上がった時。


 クルッポー!


 会議室に鳩がやって来た。

「もう、こんな時に!」


 タイミングの悪さに、思わず声に出てしまった。怒られたと勘違いした鳩が、びっくりして体を震わせていた。ごめんね、と声をかけると、クックーと鳴き声が返って来た。その間に、イツが足に結ばれた手紙を広げていた。


「ミイ先輩、いい知らせかも」

「何と書いているの?」

「修理課から、金剛の指輪のレプリカの制作が終わったって」

「!」


 レプリカが完成したら、ジュエリーショップに持っていくことは、すでに金剛から了承を得ていた。行くなら早い方がいい。


「二手に分かれましょう。イツとムツは、さっきのことを管理課へ伝えてきて。わたしと金剛さんは、ジュエリーショップに向かいましょう」

「分かりました」

「え、僕も?」

「行きますよ、イツ先輩」


 ムツがすばやくテーブルから離れて会議室のドアに手をかけた。イツも、なんだかんだと言いながらもムツの後に続いてくれている。


「あ、二人とも! いつでも通話が出来るようにしておいて」

「了解、ミイ先輩も気を付けて」

 イツが、端末を手に取ってひらひらとこちらに向けて振って見せた。


 本部の者が持っている端末は特別製で、修理課の人――金剛のレプリカ制作も担当した、天才といわれる付喪神――が作ったものだ。その動力は、付喪神の体力。一回使うごとに、階段一階分をダッシュしたくらい疲れてしまう。本部内は、鳩を使った方がいいが、距離がある時は何かと便利だ。


「金剛さん、わたしたちも」

「はい……!」

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