第2話 自分探しのダイヤモンド―2

 資料室で手伝いをしている間に、お昼時になっていて、窓から入る日差しはギラギラとしていた。本部の中は快適な温度になっているが、外に出たらきっとすぐに汗が出るくらい暑いのだろう。


「失礼します」


 ノックをしてから、会議室のドアを開けると伽羅色に色付いた。後から入ったムツがドアをそっと閉めると、また元の白色に戻る。


「ミイさん! こんにちは!」


 会議室には灯と、トキもいた。相変わらず外ハネの髪が元気よくぴょこぴょこと動いている。十代半ばの少女で、灯と並ぶと姉と弟のようだが、トキは灯の部下である。ちなみに本部の中でダントツに若い。


「こんにちは、トキちゃん。本部に入ったすぐに無帰課に来てくれた以来かしら」

「はい! あの、そっちの方も無帰課の人ですか?」

「そうよ。きちんと挨拶するのは初めてだったわね」


 ムツが後ろでそわそわしているのを感じていた。小さな声で可愛い、と呟くのも聞こえていた。分かる。この小動物のような可愛さには勝てない。


「無帰課の、ムツです。よろしくね、トキちゃん」

「ムツさん! よろしくお願いします。あたしはトキです!」


 ぶんっと音がしそうなくらい勢いよく礼をして、トキはムツに挨拶をした。ムツがさらに、そわそわとしている。


「あ、あのトキちゃん」

「何でしょう?」

「頭撫でても、いい……?」


 ムツがおずおずといった様子でそう問いかけた。ずっとそわそわしていたのは、これがしたかったかららしい。気持ちは分かる。


「いいですよ! どうぞ」

 トキは笑顔で了承した上に、撫でやすいように頭を差し出してきた。


「可愛い~。ミイさん、この子とっても可愛いです~」

 ムツは、とても癒された表情をしている。セラピーになっているようで、その光景が少しおかしくて、思わず笑顔になる。

 ふと、灯の表情に拗ねたようなものを見つけて、ミイはムツに声をかけた。


「ムツ、ここへは手伝いに来たのよ。トキちゃんに構うのは、それくらいで」

「すみません。トキちゃんも、ごめんね」

「いえいえ。褒めてもらってるみたいで嬉しかったですので!」


 灯とトキは、上司と部下の関係だが、それ以前に持ち主と物の関係もある。付喪神として開化する前から、灯はトキ――懐中時計を使っていたのだ。だからなのか、トキが他の人に構いすぎると、灯の表情が険しくなることがある。触らぬ神には、というやつだ。


「お話を、聞かせてもらってもいいですか」

「ああ。少し長くなるから、掛けてくれ」


 灯に促されて、ミイとムツは並んで椅子に腰かけた。灯とトキは、会議室前方にあるホワイトボードの前に立って説明する姿勢を取った。


「今回の相談者は、この男だ」


 灯の声と同時に、トキが一枚の写真をホワイトボードに磁石で貼り付けた。四、五十代の目元がきりっとした男性の写真だった。真正面から撮られていて、少し緊張しているようにも見える。背景からして、本部で撮ったもののようだ。


「相談者の方は、写真を撮るんですね」

 ムツが何気なくそう呟いたが、灯はこれに首を振った。


「常に撮るわけではない。今回は写真が必要だったからだ。相談は、ある人物を探して欲しいという、よくあるヒト探しだ」


 よくある、と言いつつも灯の眉間には皺が寄っている。先ほど厄介、と言っていた理由がこの先にあるのだろう。


「その、探して欲しいというのが、この男なんだ」

 灯が指さしたのは、先ほど貼り付けられた相談者の写真だった。


「?」

「?」


 ミイとムツは、揃って首を傾げた。探すも何も、本部に来ているではないか。自分で自分を探して欲しいなんて、奇妙な話である。


「混乱するのも無理はない。俺たちも、同じ反応をした」

 灯の隣で、トキが大きく頷いていた。


「前提として、付喪神のヒトの姿は、元の持ち主から影響を受ける、ということは知っているか」

「はい、知っています」

「私も」


 百年も在れば、持ち主は当然複数人いる。影響を受けるヒトが誰か、そしてどの年齢の頃なのかは、開化するまでは分からない。思い入れの強いヒト、時期になると言われているが、俗説の域を出ず、真偽は分からない。


「こいつ、ダイヤモンドの指輪の付喪神なんだが、持ち主は代々女性だったらしいんだ」

「だったら、開化の姿も女性になるのでは……」

「そうだ。しかも、こいつは自分の姿の男性に見覚えがないという。全く、だ」


 付喪神には、基本的に忘れる、という現象は起こらない。桜の花びらが落ちて地面に積もるように、紅葉が枝を離れて道に真っ赤な絨毯を作るように、記憶は蓄積されていく。印象の強い弱いはあっても、覚えていない、なんてあり得ないのだ。


 その『基本的』に当てはまらないのが、ミイたち無帰課の者たちなわけだが。ここまで聞いて、ミイは自分たちが呼ばれた理由を察した。


「灯さんは、その方が私たちと状況が違うにしても、記憶をなくしていると考えているんですね」

「ああ。話が早くて助かる。一時的に本部で預かることになる予定だ。無帰課に頼みたい」

「もしかして、新しく無帰課に入るってことですか!」


 ムツがわずかに前のめりになりながらそう言った。後輩が出来るかもしれないと、期待感が滲み出ている。


「今の時点では何とも、だな。この男のことは覚えていないが、それ以外のことは鮮明に記憶があるそうだ。何年か記憶が抜けている、ということもない。正直、よく分からない」


 灯は、頭をがしがしと掻いてまた渋い顔をした。トキが少し心配そうな顔をしていたが、灯から方針の説明を、と指示されるときりっと表情を引き締めていた。


「とりあえずの呼び名として、金剛こんごうと呼んで欲しいと言っていたので、それで進めます。金剛さんはダイヤモンドの指輪で、今の持ち主は三十代の女性で、その前はお母さん、おばあさん、と代々受け継いできたものらしいです」


 ちらりと、トキは灯の方を見た。目線で間違ってないですか、と聞いているように見えた。灯が口元に優しい笑みを浮かべながら頷き、トキは再び話し出した。


「持ち主の周辺や、過去に遡って関わりのあった人――男性を探してみようと思っています。ただ、百年分となると、いっぱい調べないといけなくて、そこもお手伝いしてもらえたら……と」


 トキがおずおずとこちらを見つめながらそう言った。ミイとムツはすぐに笑顔で、もちろん、と答えた。ほっとした表情のトキは、話のバトンを灯に返した。


「親族、学校や職場で関わりのあったやつ、くらいは何とかなるだろうが、一度話しただけのやつまで範囲を広げると膨大になる。どこまでするかは、また知らせる。後は、指輪の出所から当たる線もあるが……」


「あの、わたしジュエリーショップに勤めている知り合いがいて、その子に聞いてみるのはどうでしょう」

「知り合い、付喪神か?」

「はい。以前、怪我をした時に本部へ来て、雪さんたちが治療をしたそうです。わたしは雪さんを通じて知り合いに」


 雪――淡雪あわゆきは修理課の付喪神で、課は違うがよく話をしたり、お茶をしたり仲良くさせてもらっている。


「ヒトのやっている鑑定に出すより、事情も話せて、ちょうどいいな。無帰課には、そっちの調査を頼めるか」

「分かりました。ひと段落したら、調べ物を手伝います」

「よろしくお願いします!」


 トキの元気な声が響いた。これから膨大な調べ物が待っているというのに、億劫さなど見せず、むしろやる気満々といった様子だ。

 見習わなくては、とミイは灯に声をかけた。


「さっそく、ジュエリーショップに行ってみようと思います。指輪を貸してもらえますか。不安に思われるなら、ご本人もご一緒に」

「あー……それなんだが、ひとまずは写真だけで頼めるか」

「写真だけ、ですか」

「実は、もう一つ相談されていて、レプリカを作って欲しいと言われてな」

 灯は一度言葉を切って、申し訳なさそうに事情を説明してくれた。


「今の持ち主が、指輪をなくしたと落ち込んでいるだろうから、代わりのものを作って欲しいと。そのヒトが祖母の墓参りで、指輪を墓石に置いて手を合わせていた時、すぐ近くで騒ぎがあり、咄嗟にその場を離れたらしい。その間に、こいつが開化し、心臓である指輪を持って墓地を出た、という流れらしい」


 確かに、そういう状況なら、持ち主にとっては指輪をなくした、盗まれたと思ってもおかしくない。


「でも、レプリカなんて、すぐに作れるものなんですか。別の物だって分かってしまったら、余計にこじれますよね」

「修理課に頼むことにしている。修理は、再現するということにも通ずるからな。それにまあ、あそこには天才がいる、問題ないだろう」


「そうですね」

「そういうわけで、レプリカの制作が終わり次第、預ける。それまではこの写真から分かることを調べて欲しいと伝えてくれ」


 灯から渡された写真は、十枚を超えていて、あらゆる角度から指輪が撮影されていた。これなら、何かしらの手がかりは得られるかもしれない。


「分かりました」

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