第2話 自分探しのダイヤモンド―1
この日、ミイは管理課の資料室にいた。管理課の階である二階には資料室が三つ存在する。どんどん増えていく資料に合わせて、部屋も増えていったのだという。
天井まで届きそうなほどの棚が室内いっぱいにそびえ立っていて、そのどれも冊子が所狭しと並んでいる。
今、ミイがしているのは、持ち出した資料を元の位置に戻す作業である。膨大な中から目当ての一冊を探すよりは楽だが、それでも手間と時間がかかる。
「ミイ、調子はどう?」
「あと半分くらいです」
「もうそんなに! ありがとね、手伝ってくれて。一人だと全然進まなくてねー」
「いえいえ。わたしで良ければいつでも呼んでください」
祈りが主な仕事の無帰課は、それ以外の時間は空いている。そのため、他の課の手伝いをすることも多い。今日は、ミイが管理課の資料の整理、イツが修理課の買い出しの付き添いをしている。ムツは無帰課の細々した作業中。
「ミイが本部に来てから、けっこう経つわよね」
棚を挟んだ向こう側から
女郎花は、管理課の課長で、カメラの付喪神である。長い金髪をポニーテールにしている、中性的な人。他の管理課の人からオネエと言われていて、特に訂正もしていなかったのでそういうものらしい。本部設立のメンバーの一人で、皆のお母さんのような存在だとミイはひそかに思っている。
「そうですね。七十年くらいにはなると思います」
「あらー、そんなに経つのね。
付喪神はヒトのような見た目をしていても、年を取ることはなく、見た目も変わることはない。外見で判断してはいけないし、出来ない。そのため、通常付喪神は開化してからの年齢を十年ごとの区切りで言い表す。
ヒトで言えば年齢のようなものだ。見た目は変わらないのだから、この年数が年上、年下、の基準となる。
記憶のないミイたちは、本部へ来た時からの年数で数えている。
「ミイにも後輩が出来たんだもの、そりゃそうよね。後輩の指導は大変?」
「イツもムツも、とてもいい子なので、全然。ただ、イツはよくどこかへ行っちゃいますし、ムツは仕事ではまだ緊張するみたいですね」
「ふふっ」
女郎花の小さく笑う声が聞こえてきた。何か変なことを言っただろうか。
「ああ、ごめんなさい。何だか、先輩というよりお姉さんって感じがして、微笑ましいなと思ったのよ」
棚の隙間から、女郎花がこちらを覗き込んで、軽やかにウインクを飛ばしてきた。
ミイに弟妹はいないけれど、もしいたとしたらイツやムツのような感じかもしれないと思った。自然と顔がほころんだ。
「本部に来た時は、皆の妹って感じだったのにね。ミイちゃん」
「は、恥ずかしいのであんまり思い出さないでください……」
ミイがここへ来た時、その当時に無帰課にいた人たちと同じように記憶がなかった。ヒトの姿での暮らし方も、何も覚えていなかったため、一から教えてもらったのだ。なかなか上手く出来ずに、女郎花にもたくさん迷惑をかけた。
その頃は、ミイちゃん、と呼ばれていたが、その後ミイが無帰課の実質的なトップ――チーフになると、ミイと呼んでくれるようになった。
「あらあら、そんな恥ずかしがることでもないわよー、一生懸命に頑張っているところは、可愛らしかったわ」
「だから、思い出さないでくださいってば!」
ミイが頬を膨らませて怒ってみせると、女郎花は、ごめんなさいねーとこの話はお開きにしてくれた。ついつい子供っぽい反応をしてしまったことを反省しつつ、作業に意識を戻す。
残りの作業が三分の一ほどになったところで、資料室のドアが開かれた。その音に反応して、女郎花が入り口の方に向かって行った。誰が来たのかは、ミイの位置からは棚に隠れて見えなかった。
「あら、ともるん、どうしたの? 相談者からの話はもう聞けたの?」
「一応な。ただ、少し厄介というか、珍しいというか」
難しそうな声で、
「へえー、ワタシも手伝った方がいいかしら?」
「いや、お前の仕事があるだろう。無帰課に相談というか、助っ人を頼もうかと思っているんだが、いいか?」
「それなら、ちょうどミイがここにいるわよ」
女郎花に言われて、ミイは顔を覗かせた。しっかり聞き耳を立てていたので、少し気まずいような心地になる。
「ちょうど良かった。話は聞いていたか」
「は、はい」
「頼まれてくれるか」
「もちろんです。ムツも呼んできてもいいですか」
「ああ、構わない。じゃあ、こいつ借りていくぞ」
灯は、ミイの申し出に頷くと、後半は女郎花に向けて言い、資料室を出ていった。ミイは、灯についていく前に、女郎花に声をかけた。
「女郎花さん、また後で手伝いに来ますので!」
「いいわよーだいぶ片付いたから、こっちのことは気にしないでー」
「ありがとうございます」
資料室の外で待っていた灯に、急にすまないな、と申し訳なさそうに言われた。終わった相談事の片付けや日々の整理整頓にはよく関わるが、現在進行形の相談事に無帰課が呼ばれるのが珍しい。
それが顔に出てしまっていたのだろうか。不思議には思ったが、不満があるわけではない。
「いえ。ムツを呼んでから戻ってきます。どこへ行けばいいですか」
「会議室に、頼む」
「分かりました」
なかなか関わることのない仕事だろうから、ムツも経験した方がいいだろうと、呼ばれた時に思ったのだ。ミイは、階段を色づけながら、四階まで上がった。
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