第1話 祈りと送り―3

 翌日から、本格的な送り式の準備が始まった。式当日までは約二週間。その間にやるべきことはたくさんある。無帰課三人で手分けして準備を進めていくのだが、今回は美鳥の準備の段階から加わりたいという希望から、四人で行うことになった。


「花の用意は、イツ先輩と私で行います」

「よろしくお願いします。どんな花を使うのですか」

「特に決まりはありません。好きな色、好きな花を選んでいいんですよ。ね?」

 ムツは、こてんと首を傾げてイツに確認をした。イツも頷き、補足をしていた。


「送り式のために協力してくれる花屋、造花専門のところがあって、何でも揃えてあるんだ。何がいい?」

「イツ先輩、言葉遣い……!」


 すっかりくだけた口調のまま美鳥に接するイツに、ムツが苦言を呈した。イツが口を尖らしているのを見て、美鳥が小さく笑った。


「ふふっ」

「すみません、美鳥様。先輩が失礼な態度を……」

「いえいえ。こちらこそ笑ってごめんなさい。学校でもこういうやり取りをよく見るので、何だか微笑ましくなってしまって。イツさん、そのままの話し方で大丈夫ですよ。ムツさんも、話しやすい話し方でいいですよ。もちろん、敬語の方が話しやすければ、そのようにしてください。私もそうなので」


 あ、でも、と思い出したように口元に手を当てて、美鳥は苦笑した。


「様、と呼ぶのはやめてください。何だか落ち着かないので」

「分かりました。美鳥さんと呼ばせていただきますね」


 美鳥とムツが、微笑み合っている中、蚊帳の外にされたイツ。しばらくどうしようかと悩んでいたが、おーい、と二人に向かって声を掛けた。


「話、逸れたから戻すけど、使う花は何がいい?」

「分校、彼自身の好きな花や色は分かりません。建てられて八十年ほどだったので、付喪神になる前で、直接話が出来たわけではないので……。けれど、今まで分校に通ってきた色々な子どもたち、皆のことが好きだったことは、伝わってきていました」


「その子どもたちに好きな花や色を聞く、ってわけにはいかないですし。どうしましょう、イツ先輩」

「色んな子どもたちがいて、その子らが好きだったのなら、それこそ、色んな花を用意するのはどうだ?」

「いいですね。出来るだけたくさんの色、種類の花を揃えたいです」

「かしこまりました」


 美鳥の顔がぱあっと明るくなった。分校に通った子どもたちを連想させる、色とりどりの花たちは、きっと綺麗だろう。想像だけで心が躍る。


「美鳥さんの好きな色は何ですか?」

「え? 私の?」

「はい。美鳥さんも、分校に通ったうちの一人でしょう。好きな色、入れましょう」

「いえ、私は……」

「せっかくですから、入れましょう。ね」

「……緑色の花、なんてありませんよね」


 控えめにそう口にした美鳥は、イツとムツの反応を窺っている。分校のため、子どもたちの色を、と思っていたところに自分の好きな色を入れることに迷いがあるように見えた。が、ちゃんと好きな色を教えてくれた。その気持ちに応えなければ。ムツはイツを見た。花のことはイツの方が詳しい。


「あったよ、緑色の花。珍しいけど、ちゃんとある」

「緑色の花も含めて、きちんと準備していきますね」


 この後はミイの準備に合流すると言っていたので、ムツはミイから言われていた通り、香室こうしつに美鳥を送り届けた。





 香室は、その名の通り、香を作るための部屋である。壁一面、ガラス窓のある棚が並んでいて、その少し曇ったガラスの向こうに、数えきれないほどの香料が整列している。


「ミイさん、こんにちは」

「こんにちは、美鳥さん」


 ミイは、ついさっき来たイツからの鳩の知らせで、美鳥が様付きで呼ばれるのは好まないというのを聞いていたから、さりげなく呼び方を変えた。


「花のことを相談して、お疲れではないですか?」

「大丈夫です。二人ともとても親切で」

「良かったです。では、香についての相談をしていきますね。」

「香は、ここで作るのですか」

「はい。わたしが香作りを担当します。送る方のことを聞いて、その方の好きな香り、その方をイメージした香り、周りの方の想いを表す香り、そんな香を目指して、一から作る、オリジナルです」


 ミイは、予めテーブルの上に用意しておいた、木の香りのものを手で示した。美鳥のいた分校は木造建築であったことを聞いていたので、これらをベースに、香を作っていく予定だ。


「分校のことを、出来るだけたくさん、わたしにお話ししていただけますか。内装や教室のこと、こんなことをした、こんな子どもたちがいた、など色々なことを」

「分かりました」


 美鳥は、一度目を閉じた。四年前に想いを馳せ、その記憶を呼び起こしているようだった。ゆっくりと瞼を持ち上げた美鳥は、とても優しい表情をしていた。


「分校は、木造の二階建てでした。見た目は普通の家と変わらなくて、実際、周りには住宅がいくつもあったので、入口にある、『分校』と書かれた看板を見るまで、見分けはつかないのです」

「学校としては、小さめだったんですね」


「そうですね。でも、通う子どもたちの人数が少ないので、どちらかと言えば、広く使っていました。一階が一年生、二階が二年生でした。多くても十五人ほどだったので、教室の後ろ半分はがら空きで。そのスペースでかるた大会もしたことがあります」


 ふふっ、と思い出したように美鳥は笑った。壁の隙間に挟まってしまったかるたが抜けなくて、そのままオブジェのようになったとおかしそうに話していた。


「美鳥さんたち、先生はどこにいたんですか。職員室とかは」

「もちろんありましたよ。でも、給湯室も兼ねていたので、少し狭かったですね。ドアの建付けが悪くて、毎回変な音を立てていました。ああ、あと、一階には図書室もありました。床が畳張りになっていて、憩いの場という感じでした」

「畳の図書室、いいですね」


 ミイは、い草の香りや、紙とインクの香りも加えてみようと考えていた。規模は小さくとも、広々と過ごしていたのなら、香りがふわりと広がることも意識してみたい。


「あの、ありがとうございます」

「まだ香は完成していないですし、送り式もこれからですよ」

「お仕事で聞いてくれているのは分かっているのですけど、こうして、分校の話をたくさん出来て、嬉しくて……。なので、ありがとうございます」

 美鳥は、目尻にほんの少し浮かんだ雫を指で拭うと、もう一度礼を口にした。


「……」

「ミイさん?」

 黙り込んでしまったミイを、美鳥が不思議そうに覗き込んできた。ミイは、出来るだけ自然に笑顔を作って、美鳥に答えた。


「絶対にいい送り式にしましょうね」

「はい、よろしくお願いします」




 ミイは、今日の手伝いはここまでで、と言って美鳥を香室から出した。


「…………羨ましい」


 ミイは、美鳥の前では飲み込んだ言葉を、ぽつりと零した。真っ直ぐに自分の想いを話す美鳥に対してもそうだが、そんな美鳥から、取り壊されてから4年経った今も、大切に想われている分校に対しても。

 壊れた後でさえ、想われる物。羨ましい以外の言葉が見つからない。

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