第1話 祈りと送り―2

 二階の応接室には、一人の女性が座っていた。肩のあたりで切りそろえられた黒髪が、会釈と共に揺れた。グレーのスーツを身に纏っていて、三十代頃の見た目をしている。眼鏡がなければ、もう少し若く見えるかもしれない。


「お待たせしました。無帰課のミイと申します。こちらは、イツ、ムツです」

 ミイの紹介に合わせて、イツとムツがそれぞれ会釈をする。


美鳥みどりといいます」

「美鳥様、今回は送り式のご相談、ということでお間違いないですか」

「はい。そうです」

「ではまず、送り式について、説明させていただきます」

 ミイは、女性の真正面のソファに腰掛けた。イツとムツも、ミイと横並びに座る。


「送り式とは、特別に依頼があった時や、すでに付喪神となっている者を送る時にする儀式のことです。花で飾り、香を焚き、想いを込めて贈ります」

「花と香、ですか」


 ミイは、イツに目線を送った。自分ばかり話すのではなく、後輩たちにも説明の役目を任せるつもりでいた。廊下を歩いてここに向かう途中に伝えていたから、イツは軽く顎を引いて、了承を示した。


「花は造花を。物である付喪神を送るには、作り物の花がよいのです。いつまでも枯れない花は、想いもずっと枯れることはないという気持ちを表します」

「えっと、香は、送る方をイメージしたものを、作ります。無帰課オリジナルです。その、一番記憶に残るものって、香り、匂いだという説がありまして。それで、香を使って、送ります」


 若干たどたどしくはあったが、ムツも役割を果たせていた。

 ミイから、イツ、ムツと動いていた美鳥の視線は、再びミイに戻る。


「そして、送る方の好きだったものを食べたり、好きだったことをします。楽器の付喪神の方の送り式の際には、演奏会をしたこともあります。ここ、本部で行うことも出来ますし、大きな物や移動の難しい物の場合は、出張という形もあります」

 ミイは、一呼吸置き、美鳥へ問いかけた。


「ここまで聞いて、送り式を依頼するかを決めていただくことになります。もう少し詳しく聞きたいことがあれば、何なりと。今日、今すぐに決めなければいけない、ということもありませんし――」

「いえ。送り式を依頼します。決めていたことなので」


 美鳥は、ミイの言葉を遮るようにして、そう言った。大がかりな儀式を行うことは、多少気がひけるものらしく、話を聞いて、一度帰って考えてみる、と言う者がほとんどだ。だが、美鳥は迷うことなく、真剣な面持ちでミイたちを見つめてきた。


 自然と背筋が伸びた。ミイは、イツとムツと目を合わせて頷き合った。


「かしこまりました。わたしたち無帰課が、送り式の依頼をお受けいたします」

「よろしくお願いします」


 お互いに一礼をした。ここからは、美鳥の話を聞く番になる。ミイはメモを片手に持ちながら、聞く態勢を取った。


「送る方のことを教えていただけますか」

「送りたいのは、とある分校です。なので、出張でお願い出来ればと思います」


 分校。本校までの距離が遠く、通学が困難な生徒のために作られた、小規模な学校のこと。多くは低学年の頃は分校へ通学し、高学年になると、他の生徒と同じように本校へと通学するようになる。本校と比べれば、一クラスの人数は少なくなるし、教師の人数も少なくなる。


 美鳥は、すらすらとそれらを教えてくれた。語り口調は滑らかで、聞きやすい。それを素直に伝えると、美鳥は少し恥ずかしそうにしながらも、ありがとうございます、と口にした。


「私は、黒板の付喪神で、教師をしています。かつて分校で小学一年生と二年生を教えていました。私のいる分校は、二年生までで、三年生からは本校へ通学することになっていました」

「今も同じところで教師を?」

「はい。今は四年生の担任をしています」


「凄いですね。ヒトの中で生活をするのは、大変と聞きます」

「いえいえ。校長が付喪神でして、他にも数名の付喪神が勤務しています。事情を知る者が中にいれば、意外と何とかなります」


 控えめに笑う美鳥の顔を見て、大変であることに変わりはないのだろうが、それでもその日々を楽しんで過ごしていることが伝わって来た。


「あの、送り式の日付ですが、七月の二十八日にお願いしたいのです。可能ですか?」

「七月二十八日ですね。――大丈夫ですよ」


 スケジュール帳を持っているムツに目線を送ると、すぐに頷きが返って来た。ムツは、スケジュール帳に書き込みながら、美鳥に尋ねた。少し緊張がほぐれてきたらしい。


「この日が、特別な日なんですか」

「はい。その日は、四年前、分校が役目を終えて取り壊された日です。送り式をするのはこの日と決めていました」

「四年前? どうして今?」


 集中が切れてきたイツは、口調がいつものようにくだけてきてしまっている。ミイは、小さな声で、こら、と注意した。美鳥はあまり気にしていない様子で、質問に答えてくれた。


「分校は、老朽化で取り壊しになったのですが、送り式をするのは、あの子たちが卒業してからと決めていましたので」

「あの子たち?」

「四年前、最後に分校に通っていた子たちです。今年の三月、あの子たちの卒業を見届けた今、ようやく、分校も送り出すことが出来ます」


  美鳥の、静かでありながらも揺らがない想いに触れた気がした。ミイは、ぐっと自分の手を握り、気を引き締めた。この想いを、預かるのだから。


 この日は、送り式の概要だけを確認し、詳しいことは明日以降に決めていくこととなった。


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