第21話 ソフィアが語る、王都の話
玄関に近づくと、クレハおばあちゃんの声がした。ソフィアの声も聞こえる。ベリル君の声はしないけど、妖精が言ってたから、いるのだろう。
わたしなんて、妖精に言われて気づいたのに……。
クレハおばあちゃんは薬を作っていても、玄関に人がきたら、わかるみたいなんだ。
クレハおばあちゃんって、すっごく気配にびんかんなんだ。
わたしよりも、いろいろと気づくことが多い。
気づいたからって、気にせず、そのままにしておいたりもするんだよね。
わたしがそれに気づいて、その話をすると、気づいてたということをおしえてくれたりするんだ。
気づいてたならおしえてよって、そう思うことがよくある。昔から。
クレハおばあちゃんって、よくわからない人だと思う。
わたしよりも長く生きていて、いろんなことを体験している人のことを、すべて理解するなんて、ムリなのはわかってる。
でも。クレハおばあちゃんの場合、わたしが長く生きていたとしても、よくわからない人だなーって、思う気がするんだ。
だって、ココ村のいろんな人が、クレハおばあちゃんのこと、よくわかってないみたいだから。
前に、村長さんが、笑いながら話してたことがある。
『クレハはな、昔からなぞが多い、ふしぎな女でな。村の者たちも、ほかの村や、町の者たちも、みんなクレハに、メロメロなんじゃ。わからないからこそ、もっと知りたいと思うからな』
って。
わからないことを不安に思い、離れようとする人もいれば、わからないからこそ、近づきたいと思う人もいるようだ。いろんな人がいるってことだね。
♢
玄関にわたしが行くと、クレハおばあちゃんがニコリと笑う。
「じゃあ、アタシは行こうかね」
そう言ってスタスタ歩く、クレハおばあちゃんを見送ったあと、わたしは、ソフィアとベリル君に視線を向けた。
2人はとてもおしゃれな服を着ているのだけれど、なんだか顔が、きんちょうしているように見えた。
ちらっと、マントかけを見たけど、マントはないようだ。
いつ、帰ってきたのかな?
わたしがそう思っていると、ソフィアが口をひらく。
「――ラナ。あのね、今日、ロイと、リュアム君と、ロイのお父さんと、私の家族で、冒険者ギルドに行ってきたの」
「そう。行ってみて、どうだった?」
「ギルドは、はじめてだったから、きんちょうしたわ。王都にも、あったのだけど、行かなかったの。どんなところなのか、きょうみはあったのよ。だけど、お父さんもお母さんも、ギルドが好きじゃないみたいだったから」
「どうして?」
「なんかね、お化粧が濃い人とか、香水の香りがキツイ人とか、筋肉がすごい、ムキムキな人が多いから、いろんな匂いがムンムンしてたり、お酒を飲んで、酔っぱらってる大人もいたりするから、できるだけ、近づきたくないって言ってたの。そういう話を聞いてたのと……。お父さんとお母さんも好きな、しずかなふんいきの図書館や、神殿でも、ベリルのことを見て、顔をしかめる人や、聞こえる場所で、悪口を言う人たちがいたから……。にぎやかで、こわい大人が多いってウワサの、冒険者ギルドに行くのはこわいなという思いもあって、王都にいた時は、行きたいとは言えなかったの」
「そうなんだ」
「でもね、私もベリルも、冒険者ギルドに、あこがれてたから、大人になったら2人で行こうねって、ベリルとよく話してたのよ。お父さんの友達に、冒険者の人がいて、その人が王都に遊びにきた時に、冒険者ギルドのことや、冒険の話を聞いてたから」
「そっか。あこがれていた場所に行くことができて、よかったね。王都のギルドじゃないけど」
わたしがそう言うと、ソフィアがふわりと笑った。
「楽しかったわ。楽しい時間をすごせたのは、ロイのお父さんのおかげよ」
「ロイのお父さんの?」
「そうなの。雨がふってたから、ベリルは、冒険者ギルドでも、フードをかぶってたの。だけど、ウワサが広がってたみたいで、ユニの町の人たちは、すぐに、ベリルが闇の魔力を持ってる子だって、気づいたの。それで、笑いながら楽しそうに、話しかけてくる男の人たちがいたの。ベリルのフード、ぬがされちゃって。でも、ロイのお父さんが、うちの村の子だから、仲よくしてやってって、そう言ってくれたの。そのおかげで、そのあとは、だれも、悪く言わなかったの」
「そっか。よかったね」
「うん。それでね、お父さんが、今度の光の曜日に、太陽の女神の神殿に、行ってみようって、そう言ったの。お母さんが、家族だけで、行ってみましょうって。それで、家族だけで、行くことになったの」
「……そうなんだ。ソフィアとベリル君は、だいじょうぶなの? ディアウォントの町には、ユニの町よりも、たくさんの人がいるし、いろんな場所から、人が集まってると思うんだけど……。行けそう?」
わたしがたずねると、ソフィアとベリル君は、顔を見合わせたあと、こっちを見た。
「私は神殿が好きだし、行ってみないと、わからないことって、あると思うの。だから、行きたいなって思うよ」
「……僕も、神殿が好きだから、行きたい。こわい気持ちもあるけど、すべての人が、闇の魔力を持つ人を、こわがるわけじゃないと思うし」
「そうだね。よくわからない存在をおそれる人もいれば、もっと知りたいと思う人もいると思うよ。それ以外にも、いろいろな考えを持っている人がいるかもしれないけど」
わたしがそう言うと、ソフィアがふわっと、ほほ笑んだ。
「――あのね、ラナ。王都で、いろんなことがあって、人ってこわいなって、そう思ったの。でも私、今はね、ここにきてよかったって、心から、感謝しているのよ」
「……ねえ、ソフィア。話したくないのなら、ムリしなくてもいいのだけれど、どうして、王都から、この村まできたの? 遠いのに」
わたしがそう言うと、ソフィアは、ベリル君に視線を向けた。
コクリとうなずく、ベリル君。
「――あのね、ベリルは、めずらしい、闇の魔力の持ち主で、そのせいなのか、あっという間に、闇の魔力を持った赤ちゃんが生まれたっていうウワサが、広まったらしいの。私は小さかったから、その時のことは、おぼえてないんだけど。親とか、周りの大人たちが、話してたの。お父さんとお母さんと、その周りの大人たちはね、闇の魔力を持ってるとか、オッドアイとか、あんまり気にしなかったというか、かわいいって、思ってたみたいなの。私も、弟が生まれてうれしかったみたいで、ベリルをかわいがってたって、聞いたわ。物心がついてからも、ベリルのこと、かわいいって思ってるし、大好きな弟なの」
「うん、わかるよ。ソフィアがベリル君のこと、大好きなの」
わたしがそうつたえると、ソフィアはうれしそうにニコリと笑って、「ありがとう」とお礼を言う。
そして、ソフィアが話をつづけた。
「ベリルが生まれる少し前から、らしいけど。王都の周りにね、シカの魔獣の群れが、現れるようになったの」
「シカの魔獣の群れ?」
「そうよ。理由はわからないのだけど、シカの魔獣たちがね、人間の畑に入って、野菜を食べたり、果物の木の葉を食べたりしたの。木の芽とか、草なんかも食べるのよ。薬草や、花なんかも、食べちゃうの」
「それは、こまったねぇ。この辺りなら、森に、シカの魔獣がいても、1匹とか、親子とかだし。村に入ってきても、人を見たら、出て行くし。でも、畑に入ってこられたら、家の人もこまるだろうし、売るために育ててるなら、売るのがなくなるもんね」
「そうなの。だから、たくさんの人たちが、シカの魔獣を庭や、畑に入れないように、じょうぶな柵を作ったり、罠を作ったり、きたら、コウゲキしたり、いろいろしてたみたいなの。でも、相手はふつうのシカじゃなくて、魔法が使える魔獣だし、とっても頭がよかったらしいの。だから、なかなか人間には、つかまらないし、人間を見ると、コウゲキしてくるようになって、みんな、こまっていたらしいわ」
「そっか……。それとベリル君に、なにか関係があるの?」
「あのね、去年の秋に、だれかがね、大きくて強そうな、黒い、シカの魔獣を見たって、言いはじめたの。そして、そのウワサが広まってね、自分も見たって人が、ふえていったの。私もだけど、私の周りの人たちも、あまり気にしてなかったの。闇の魔力を持った人間も、魔獣も、少ないということは知っていたけど、まったくいないわけじゃないってことも、知っていたから」
「そうだね」
「でも、闇の魔力を持ったシカの魔獣がね、いきなり現れて、毒で、コウゲキをしてきたとか、その毒にふれた人間が、周りにいる人たちをコウゲキしてくるとか。毒にふれた人は、幻を見ていて、人を人だと思ってないから、コウゲキしてくるんだとか、そういうウワサが広まって、外に出るのが、こわくなる人がたくさんいたの」
「……それはこわいね」
「冬になっても、あたたかいせいか、シカの魔獣たちは元気だし、みんな、とってもこまっていたの。そのころ、王都にね、よく当たると評判の、有名な占い師がいたのだけど、その人がね、こんなことを言い出したの。王都に、闇の魔力を持ったオッドアイの子どもがいる。その子どもが、闇の魔力を持つ魔獣を引き寄せたのだ。すべては、闇の魔力を持ったオッドアイの子どもが悪いのだ。その子どもを追い出せば、王都は平和になるだろうって――。その話を信じた人たちが、ベリルを追い出すために、動き出したの」
「――えっ? なにかされたの?」
わたしがたずねると、ソフィアはコクリとうなずいた。
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