第17話 ネネンの花が出てくる絵本と、シカの魔獣

「うわぁ! かわいいっ!」

「……かわいい」


 ソフィアとベリル君も、この花を気に入ってくれたみたい。よかったなぁ。


「かわいいでしょう! この花、とっても好きなんだっ! どの花も、花がないのも、好きだけどねっ! あっ、でも、ネネンの花はトクベツかな。わたしが生まれた音の月(11月)に咲く花なんだっ! 群青色で、夜に光るんだよっ!」


「――あっ、それっ、知ってるっ! 小さいころに、お母さんに買ってもらった絵本にね、その花の絵があったんだっ! ベリルも読んだよねっ!」


「……うん。僕も読んだ」


「……それって、女の子と男の子が、森で迷子になって、ネネンの花が、たくさん咲いてる場所に行く話?」


 わたしがたずねると、ソフィアとベリル君が、うれしそうに笑った。

 そして、ソフィアが口をひらく。


「――そうよ。男の子が不安になって、泣き出すのよね。女の子は、だいじょうぶよって、男の子をはげますけど、ほんとは不安で。そんな時に、2人は、ネネンの花を見つけるの。ここなら、夜になっても明るいからって、安心して。夜になって、花が光り、妖精たちや、小人たちが、集まってくるの」


「そうそう。それで、妖精たちや小人たちが、おいしい飲みものとか、おいしい食べものを持ってきてくれて、朝まで楽しくすごすの。朝になって、妖精たちと小人たちといっしょに、森の入口に向かっていたら、村の人たちがさがしにきてて、女の子と男の子は、家族と会うことができるんだよね。わたし、この話がとっても好きで、なんども読んでるんだ。夜、部屋で1人でいるとね、急に、さびしくなったり、こどくを感じる時があるんだ。そんな時に、1人で読んで、泣いたりするの」


 あの絵本は、昔、お母さんが読んでいたものらしい。


 夜、部屋で1人で読むと、こどくや悲しみや、さびしい気持ちに、寄りそってくれるような気がするんだ。

 明るいふんいきの絵本も好きだけど、さびしい気持ちに寄りそってくれるような絵本も好きなんだ。


「感動するよねー」


 ソフィアが楽しそうに笑う。ベリル君も、ニコニコしてた。

 わたしはそれを見て、しあわせだなーと思った。



 ミーアソウがたくさんある場所で、わたしはカゴを地面においた。

 それから、大地に向かって、「クワクワゲココさま。薬を作るためにひつようなので、ミーア草をください」とつたえる。


 そして、ソフィアとベリル君といっしょに、ミーア草をつみはじめた。


 しばらくして、カゴの中のミーア草が、もういいかなと思うぐらいになったので、わたしはソフィアとベリル君に、「もういいよ。ありがとう」と声をかけた。

 それからやさしく、地面にふれる。


「クワクワゲココさま。今日も、たくさん薬草をつむことができました。ありがとうございます」


 クワクワゲココさまに、感謝の気持ちをつたえて、ゆっくりと立ち上がる。

 すると、金色の――光の精霊たちが集まってきた。


 ベリル君は、うれしそうな表情で、光の精霊たちを見上げている。

 しばらくその様子をながめていたら、ベリル君がこっちを見た。


 ベリル君がふわりと笑ったので、わたしも笑う。

 そんなわたしたちを見て、ソフィアがクスクス笑った。


「仲よしさんね。うらやましいわ」



 わたしは、ミーア草入りのカゴを背中に背負い、ソフィアとベリル君といっしょに、ポポノンの森を出ようとしていた。

 ふいに、気配を感じたわたしは、歩くのをやめて、ふり向いた。


 青色のシカだ。こっちを見てる。あれは、水の魔力を持ったシカの魔獣だ。


 よろこんでるかな? そう思い、わたしは2人の顔に視線を向ける。

 すると、ソフィアもベリル君も、悲しそうな顔をしてた。


 なんだか、泣きそうに見えて、せつなさを感じる。


 シカが嫌いなのかな? 嫌いなだけで、あんな顔する? なにかあった?


 なんと言えばいいのだろう? 

 わたしには、知らないことが多すぎる。


 今、あせって、なにか言っても、よけいに2人を悲しませるだけな気がするな。

 どうしようって考えてたら、泣きそうになった。

 わたしが泣いてどうする。悲しんでるのは2人なのに。


「行こっか」


 ソフィアが、感情を感じさせない声で言って、歩き出す。

 わたしとベリル君も、森の外に向かって、歩き出した。


 そして、わたしの家の前で、2人と別れた。



 家に帰ったわたしは、のどがかわいたので、たくさんお水を飲んでから、部屋にもどって、1人で泣いた。そして眠った。


 こわい夢をたくさん見た。クレハおばあちゃんが、お昼ごはんができたと、呼びにきてくれるまで。

 でも、身体がだるくて、眠たくて、食べられそうになかったので、「いらない」とつたえて、目をとじた。


 大人の男たちの声で、目を覚ます。たくさんの犬の声。

 なんだろう? と思っていると、王都からの荷物をのせた馬車が、ソフィアの家の前に着いたと、妖精が、知らせにきてくれた。


 犬たちの声は、馬車を守る犬たちの声だし、だいじょうぶだろうと思い、わたしは眠った。とても、とても、眠たかったから。


 眠ったわたしは、また、こわい夢をたくさん見たのだった。



 寝ていたら、夜になっていた。

 クレハおばあちゃんが、薬草のスープと、薬草のお茶を持ってきてくれたので、それを食べて、飲んで、また眠った。


 薬草のスープを食べる前に、感謝のおいのりをささげても、光の精霊は現れなかったけど、眠いとしか思わなかったし、味もよくわからなかった。


 雷の音で目が覚めた。少しの時間、大雨がふった。すぐにやんだけど、わたしはベリル君のことが気になり、ものすごい不安になる。


 2人とも、シカの魔獣を見てから、様子がいつもとちがってたし。王都から荷物がきたことで、王都でのことをたくさん思い出したのかもしれない。


 わたしはベッドの上で、クワクワゲココさまに、ベリル君とソフィアのしあわせをおいのりした。


 すると、ふわり、ふわりと、金色の精霊たちが現れた。

 光がキラキラかがやいて、とてもキレイだ。

 光の精霊たちに照らされながら、わたしは眠った。


 もう、こわい夢は見なかった。

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