第12話 ソフィアと、ベリル君

 つぎの日。

 朝から、細かい雨がふっていた。今日も水やりはお休みだ。


 薬草は、クレハおばあちゃんのお仕事で使うので、長くお休みするわけにはいかない。

 黄色いワンピースを着たわたしは、クレハおばあちゃんといっしょに、朝ごはんを食べた。


 今日の朝ごはんは、クレハおばあちゃんが買ってくれたパンと、家の庭でとれた果物。それから、クレハおばあちゃんが作ってくれた薬草スープ。


 おいしそうな朝ごはんに向かって、手を組み、感謝のおいのりをささげてから、ゆっくり食べる。

 今日も、金色の――光の精霊がきて、ふわふわと浮かんでた。


 わたしは、紫色の魔石がついたペンダントを首にかけて、水をはじくマントをはおる。マントは水色。


「ラナ、大雨のあとだから、いつも以上にゆだんせずに、気をつけて行くんだよ」

「はーい! 行ってきまーすっ!」


 わたしは水色のフードをかぶり、植物を編んで作ったカゴを背中に背負い、元気よく家を出て、ポポノンの森に向かって歩き出す。


 小雨がふる中、元気にテクテク歩いていると、ポポノンの森の入口に、だれかがいるのが見えた。2人いる。


「だれだろう?」

 つぶやき、足をとめる。なんか、きんちょうするな。

 子どもだろうな。小さいから。


 背の高い子と、低い子だ。

 背の高い子は、あわいピンク色のマントをはおり、フードをかぶってる。

 背の低い子は、群青色のマントをはおり、フードをかぶってる。


 2人とも、ポポノンの森の方を向いてるから、わたしの存在に気づいてない。



 ひんやりとした風が、森の匂いを運ぶ。鳥たちの声が聞こえる。

 子どもたちは、森を見たまま、動かない。


 マント姿だし、森を見てるから、顔がわからないんだけど、村の外の子ではないはずだ。

 オオカミがいるかもしれない場所に、ふつうはこない。

 しかも、なぞが多い、闇の魔力を持った魔獣なのだから。


 オオカミが好きで、どうしても見たくて、きてしまったということは、子どもなら、あるかもしれないけれど。

 あと、精霊石せいれいせきのことを聞いて、どうしても見たくなったとか。

 見るだけならだいじょうぶだけど……心配だ。


 もし、村の外の子どもがいれば、村の人が気づいて、さわぎになっているはずだ。

 人が気づかなくても、妖精や小人が気づいて、すぐに知らせにくる気がするから、ちがうのだろうけど。


 わたしは村の子でも、全員の顔と名前をおぼえているわけじゃない。

 ロイだったら、全員の顔と名前をおぼえてるらしいけど。


 ロイは、村長さんのまごだ。ロイのお父さんが、つぎの村長さんになる。

 そのつぎの村長さんがロイだ。


 村長になる未来が決まってるロイは、村の人たちのことを知ろうとしてる。

 だから、いろんな人に話しかけるし、仲よくなれる。


 だけどロイは、冒険者にもあこがれていて、わたしのお父さんのような、強い男になりたいらしい。


 この村の大人は、強い人が多いんだって。


 この村が嫌な人は、大人になると、さっさと村を出て行くし、この村にひっこしてくる人も、強い人ばかりらしい。

 闇の魔力を持ったオオカミが村をウロウロしていても、気にしないぐらいの強さはひつようだし、精霊石の話を聞いても、気にしないぐらいの強さがひつようだから。


 まあ、精霊石があるのは森のどうくつなので、そこに行かなければ、関係のない話だろうけど。


 そんなわけで、この村には、わたしのお父さん以外にも、強い人がいっぱいいるみたいなのに――なんでか、ロイはわたしのお父さんに、あこがれてるんだよねー。


 ふしぎ。


 わたしのお父さんは、『俺は強いんだ!』って、よく言うし、『大きくて、きょうぼうなドラゴンをたおしたんだぞ!』とか、よくジマンをする。


 自分は強いという自信があるのは、すごいと思う。

 だけど、お父さんがドラゴンをたおすぐらい強いとか、そんなのはどうでもいい。

それは、お母さんでも同じこと。


 お父さんが強くても、弱くても、お父さんはお父さんだ。

 お母さんだって、そうだ。


 強いから好きだとか、弱いから嫌いとか、そんなふうには思わない。

 魔獣とたたかう冒険者としては、強くないとあぶないというのはわかるけど。


 あぶない時はにげてほしい。命を大事にしてほしい。


 そう思うけど、お父さんとお母さんのしあわせのじゃまをするつもりはない。


 お父さんと、お母さんが、元気に、好きなことをして、生きていてくれたら、それでいい。


 お母さんから聞いた話では、お父さんがわたしにジマンするのは、さびしいからなんだって。

 わたしと少しでも話したくて。それと、わたしにすごいとか、カッコいいとか、ほめられたいから、らしいんだ。


 そんなお父さんがかわいいって、お母さんは思ってるんだって。

 それを知った時、いろんな好みの人がいるんだなぁって思ったよ。


 でもね、わたしがお父さんの話を聞いて、『すごいね』ってほめると、お父さん、目をキラキラとかがやかせて、よけいにジマンするから、ジマンがとまらなくなるんだよね。


 まあ、ずっと家にいるわけじゃないし。できるだけ、やさしくしてあげようとは思うけどね。



 なやんでいても時間がすぎるだけなので、わたしは勇気を出して、進むことにした。

 その足音に気づいたのか、背の低い子がふり返る。


 ベリル君だっ! 

 つづいて、背の高い子がふり返る。


 ソフィアだっ!

 わたしに気づいたソフィアが、うれしそうに笑う。


「――ラナッ! おはようっ!」


 小雨の中、こっちに向かって走ってくるソフィア。

 うれしい気持ちでいっぱいになったわたしは、ニヤニヤしながら口をひらく。


「おはよう、ソフィア。元気?」


「元気よ。ベリルがね、ずっと森を気にしているの。私も、森の動物たちのことが心配で……。だいじょうぶかなって、気になっててね。2階からでも、森は見えるのだけど、昨日はなんどか、2人で森を見にきてたの。今日も、ベリルが行きたがるから、ついてきたのよ」


「そうなんだ。子どもはね、大雨のあと、あぶないから森に入るなって、言われてるんだ。わたしは昨日、森に入らなかったんだけど、ココ村の大人たちと、クレハおばあちゃんが、森に入ったみたいだよ。動物がケガしてたとか、そういう話はなかったから、だいじょうぶだと思う」


「あっ、それなら、2階から見てたわっ! たくさんの人が、森に入って行くなぁって、そう思ってたの。その人たちが森を出てから、私たちは家を出たのよ」


「そうなんだー。わたしは今日、ルネルネソウをつみにきたんだ。ルネルネ草は近いところにあるから、あぶないことはないと思うし、もしよかったら、いっしょに行く? 雨だから、ふつうの動物はかくれてるかもしれないけど。鳥の巣は、低いところのやつなら見えるかも。あっ、水の魔力を持った魔獣なら、雨がふってても、いたりするよ。馬とか、ウサギとか」


「行ってみたい」


「じゃあ、行こうっ!」


「ベリルに話してみるっ!」


 ソフィアが元気にそう言って、ベリル君がいるところまで駆けていく。

 そして、ベリル君と話したあと、1人でわたしがいるところまで、走ってもどってきた。


「ベリルも行くって。お母さんにはね、森を外から見るだけって言ったんだ。だから、お母さんに言いに行きたいんだけど、待っててくれる?」

「いいよー」


 わたしが笑顔でこたえると、ソフィアは「ありがとう」と言って、家がある方に向かって、駆けていった。


 のこされたのは、わたしとベリル君だ。


 ソフィアと話す時のベリル君は、顔を上げていたんだけど、今は地面を見てる。

 そうしていれば、顔に雨が当たらないもんね。

 だけど、このままでいいのかなぁ? 


 なにか話した方がいいのかな? 

 ムシしてないよって、つたえた方が、安心するかな? 


 それとも、ソフィアがいない今、わたしがいきなり話しかけても、きんちょうさせるだけ?


 ううっ、どうしよう。

 わたし、あまり自分から、話しかけないからなぁ。


 ロイだと、向こうから話しかけてくれるし、ソフィアはなんか、話しやすいんだよね。

 でも、ロイと、よくいっしょにいるリュアム君とは、あまり話さないんだよねぇ。

 年下っていうのも、あるかもしれないけど、リュアム君はおとなしいし。


 ソフィアが、ベリル君のこと、おとなしいって言ってたし、どうしたらいいんだろう?

 わたしがなやんでいる間に、ソフィアが、「お母さん、森に行ってもいいってー!」って、さけびながら、元気にもどってきた。

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