第10話 王都から、ひっこしてきた人たち
ふと気づく。わたしの影の中に、ガルリカがいると。
わたしは足をとめ、小声でたずねた。
「ガルリカ、いつ、影の中に?」
「さっきだ」
「そう……」
それなら、わたしが部屋を出る時に、言ってくれればよかったのにっ!
言わなくても、影の中にいるって、なんとなくわかる時もあるけどさ……。
ふう。気にせず行こう。進むのよ、わたしは。
きんちょうしながら、歩いていると、大人たちの声が近くなった。
大人ばかりがしゃべってる。子どもたちの声がしないなぁ。
聞こえてくるのは、クレハおばあちゃんの声と、村長さんの声と、知らない男の人の声。それから、知らない女の人の声だ。
明るい感じで、楽しそうにしゃべってるのは、とってもいいことだと思う。
外の大雨が、ウソのようだ。
こんな大雨の中、大きな声で、元気よく、楽しそうにしゃべってるのは、すごいと思う。
クレハおばあちゃんが、リールティティーのハチミツづけと、リールティティーのお茶、それから、庭でとれた果物のジュースと、ジャムをあげたらしくて、男の人と女の人が、うれしそうな声で、お礼を言ってる。
リールティティーのハチミツづけは、王都でも、とっても人気なんだって。高いのか。
王都から送った荷物は、まだとどいていないけど、そのうちくると思うって、話してるのは、女の人。
よくしゃべるなぁ。玄関で。外は大雨なのに。
さて、ここより先に進むと、わたしの姿が見られてしまうんだけどな。
どうしよう。
立ちどまり、なやむわたしに、ガルリカが「行けよ」と言う。
ガルリカはいいよ。わたしの影の中にいるんだから。ほかの人に、見られることはないし。
闇と水の魔力を持った子の家族は、王都からきたんだから、ガルリカを見たら、びっくりするだろうな。オオカミも、魔獣も、見たことがないかもしれないし。
あっ、でも、ロイがお祭りの時に、ガルリカの話をしてたから、闇の魔力を持つ魔獣とわたしが、ケイヤクをしているってことは、知っているかもしれないよね。
「行かないのか?」
ガルリカに、また言われてしまった。行ってほしいみたいだ。
うん、わかってる。わたしも一度、会っておいた方がいいとは、思ってるんだ。
クレハおばあちゃんがいる時の方が、安心だよね。
よしっ! 行くぞっ! わたしは勇気を出して、キリッとした顔で歩き出した。
♢
わたしが玄関に近づくと、みんながこっちを見たので、胸のドキドキが大きくなった。
負けるな! わたしっ!
クレハおばあちゃん以外の人たちは、みんな、マントをはおってる。
雨の時は、水をはじくマントをはおる人が多いから、それだろうな。
1人だけ、フードをかぶったままの子がいる。群青色のマントをはおり、そのフードだから、フードも群青色。その子はうつむき、顔が見えないようにしている。
あの子が、闇と水の魔力を持つ、ベリル君なんだろうな。
黒い――闇の精霊たちと、青い――水の精霊たちが、その子の上で、ふわふわしてるし。
心配してるのかな?
そりゃあ、心配だよね。こんな天気になってるんだから。
わたしはキリッとした表情のまま、みんなのところに行った。
「――おおっ! きたかっ! あの子がラナじゃ!」
大きな声で、村長さんが言う。
わたしは、きんちょうしていることをかくして、笑顔で、「こんにちは!」と、あいさつをした。
うん、カンペキ!
「こんにちは! あなたがラナちゃんねっ! 会いたかったわっ!」
うれしそうな顔で、女の人が言う。とっても美人で、若いなぁ。
女の人の横で、ニコニコしてる男の人も、若いけどね。
男の人は、カッコいい。この2人は、都会からきましたって感じがする。
女の人は、空色の髪と目を持っていて、男の人は、青色の髪と目を持っている。
ということは、女の人は、風の魔力を持っていて、男の人は、水の魔力を持っているということだ。
「ラナちゃん、精霊が見えるのよね? うちのベリルも、精霊を見ることができるのよ」
女の人が明るい声でそう言って、群青色のフードをかぶったままの子に、視線を向ける。
ベリル君はうつむいたままで、なにもしゃべらない。
そうか、しゃべりたくないんだな。うつむいてるってことは、そういうことだよね。
でも、がんばって、ここまできたんだなぁ。
なんて考えていたら、視線を感じた。
見ると、ベリル君のとなりにいる女の子と、目が合った。
この子がソフィアちゃんだよね。
あわいピンク色のマントがかわいいなぁ。
そう、思いながら、わたしはニコッと、ソフィアちゃんに笑いかけた。
すると、ソフィアちゃんもうれしそうに、笑ってくれた。
「はじめまして。私はソフィアよ。今は10才なの。果実の月(10月)になったら、11才になるのよ。仲よくしてくれたらうれしいわ」
ソフィアちゃんは、長い髪の毛をみつあみにしている。
茶色い髪と目は、魔力がないということだ。お母さんに似て、美人な子だなぁ。
「わたしはラナ。わたしも今は10才で、音の月(11月)になったら、11才になるんだ。わたしも、ソフィアちゃんと仲よくなりたいな」
「うれしいわ! ラナって呼んでいい?」
「いいよ。じゃあ、わたしも、ソフィアって呼ぶね」
「ありがとうっ!」
わたしとソフィアちゃんは、顔を見合わせ、クスクス笑う。
さっきまでのきんちょうが、ウソのようだ。
今は、楽しくてたまらない。
♢
ふいに、視線を感じて、そっちを向くと、群青色のマント姿のベリル君が、フードをつかんで、持ち上げていた。
真っ黒な髪と、青と黒のオッドアイ。
肌が白いなぁ。人形のようにキレイな子だ。
わたしがニコッと、ほほ笑むと、ベリル君は、はずかしそうな顔をして、フードを深くかぶる。
すると、ソフィアがうふふと笑う。
「この子は弟のベリル。今は8才で、雷の月(7月)に、9才になるの。おとなしい子だけど、やさしい子よ。だから、この子とも、仲よくしてくれるとうれしいわ」
「うん、わかった」
「ラナは、冒険者ギルドに、登録してるのよね?」
「うん、ロイから聞いたの?」
「そうよ。ロイが、10才になったつぎの日に、お父さんといっしょに、冒険者ギルドに行って、登録したって言ってたの。依頼も受けたって……。この辺りでは、10才になると、みんな登録するって聞いて、それで、ラナもしてるって言ってたから……」
「うん、登録しておくとね、依頼がなくても、薬草や、魔石を買ってくれたりするんだ。たくさんあるのはいらないって、言われたりするらしいけどね。魔石は、近くにあるユニの町の魔石屋さんで、買ってもらうこともできるよ。そこなら、どんな魔石でも買ってくれるんだ」
「そうなのね。あのね、お父さんと、お母さんがね、登録してもいいって、言ってくれたのっ! 王都から送った荷物が、こっちにきてからなのだけど、ロイのお父さんと、ロイと、リュアム君と、私の家族で、ユニの町の冒険者ギルドに行くことになったのよ!」
「登録するのが、楽しみなんだね」
「ええ、楽しみなの! ねえ、ラナはよく、ポポノンの森に入ってるのよね?」
「そうだよ。クレハおばあちゃんにたのまれるから、薬草をつみに行ったりしてるんだ。あと、ロイとリュアム君といっしょに、湖とか、ほこらとか、どうくつに行ったりしてるよ。子どもだけで湖に近づくのはダメって、言われてるから、子どもだけの時は、湖には近づけないんだけどね。離れた場所からながめるのも、いやされるんだ。どうくつの中に、光る石や、光るキノコがね、たくさんあって、とってもキレイなんだよ。あと、森にはかわいい花や、キレイな花が、咲いてたりするし、かわいい動物もいるよ」
「ウサギとか、リスもいるの?」
「うん、いるよ。シカとか、キツネとか、馬もいるんだ。ふつうの動物もいるし、魔力のある動物――魔獣もいるんだ。この辺りで一番強い魔獣は、わたしとケイヤクしてるから、だいじょうぶなんだ。強いのがいれば、弱いのはにげてくれるから」
「ラナがケイヤクしてるのは、闇と氷の魔力を持ったオオカミの魔獣よね?」
「うん、そうだよ」
「人間の言葉をしゃべるって聞いたのだけど、ほんとなの?」
「本当だよ」
「本にね、人間の言葉をしゃべる魔獣もいるって、書いてあったの。でも、魔獣がしゃべるなんて、信じられなくて」
「魔獣は見たことある?」
「あるわよ。遠くからだけど」
「そうなんだー」
ニコリと笑って言いながら、わたしはガルリカが、自分の影の中にいるって、おしえようかなと思った。
だけど、今は見られたくないから、出てこないんだろうなと思って、言わないことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます