第9話 リールティティーのハチミツづけと、ガルリカ
部屋を出たわたしは、薬を作る部屋に向かった。
そこに、クレハおばあちゃんがいたので、わたしは話しかける。
「ねえ、なんか不安だから、甘いものが食べたいんだけど」
「甘いものねぇ。リールティティーのハチミツづけでいいかい? 前に、ラナと作ってから、うちにきた人にあげたりしていたんだけど、まだ、たくさんあるからね。そのまま食べる? それとも、白湯に入れる?」
「そのまま食べる」
「じゃあ、すぐに用意するからね」
クレハおばあちゃんといっしょに、台所に向かう。
台所に着き、クレハおばあちゃんがお皿に、リールティティーのハチミツづけを出してくれたので、わたしは手を組んで、感謝のおいのりをささげた。
光の精霊がこない。
わたしは悲しい気持ちのまま、リールティティーのハチミツづけを食べる。
悲しいけど、ハチミツづけはおいしい。ハチミツも、花びらもキレイだし。
リールティティーというのは、花の名前だ。
リールティティーは、光の月(4月)から、水の月(6月)まで咲く、香りのよい、とても美しい花だ。うちの庭に、たくさんある。
花びらは大きくて、赤、白、ピンク、紫、黄色、青、水色があるんだ。
だけど茎には、大きなトゲがたくさんあるので、さわる時は気をつけないと、ケガをする。
この花は、食べることができるので、お菓子に入れたり、料理に入れたり、お茶にして飲んだりもするんだ。
光の月(4月)のお祭りの時も、リールティティーの花が入ったお菓子や、料理があったのを思い出した。食べたいものだけ、食べたけど、おいしかった。
リールティティーの花を食べると、肌や、髪の毛が、美しくなるらしい。
心も、身体も、元気になるとか、若返るとか、いわれている。
だから、大人の女の人に、とても人気があるんだって。
もちろん、男の人も食べるし、子どもも食べるんだけどね。
♢
部屋にもどると、真っ黒な毛並みのオオカミが、床に、寝そべっていた。
「あっ! ガルリカ!」
わたしの声を聞き、ガルリカが目をあける。銀色の目。
ガルリカは、闇の魔力と、氷の魔力を持つ魔獣だ。闇の魔法と、氷の魔法を使うことができる。
わたしとケイヤクしているので、ひたいにシルシがある。
シルシは、青色で描かれたネネンの花だ。
ネネンの花は、わたしの誕生月、『音の月(11月)』に咲く、花でもある。
本物のネネンの花は、群青色で、夜に光るんだけどね。わたしの魔力が水なので、ケイヤクのシルシは、青色なんだ。
「ラナー!」
かわいい声がして、ビューンと、妖精が飛んできた。
ピンク色の髪と、青色の目。水の魔法を使う妖精だ。
「ラナッ! やみとみずのまりょくをもったこ、きたの!」
「えっ? 今?」
「うんっ! むらにはいったの! ワタシ、みたのっ!」
「雨の中、ここまでおしえにきてくれて、ありがとね」
「うん!」
銀色の羽をパタパタと、羽ばたかせながら、妖精は、窓の外に飛んで行った。
「きたようだな」
低い、男の声。ガルリカの声だ。
「うん。なんか、外、すごいことになってる気がするんだけど。闇と水の魔力を持った子のえいきょうだよね? だいじょうぶなのかな? こんなにはげしい雨がずっと、ふってたら、みんな、こまると思うんだけど……。わたしには、雨をやませる力はないし……」
「闇と水の魔力を持つ者の心が、荒れているのだろうな。コントロールできていない」
「王都から、こっちにくるとちゅうで、なんか、言われたりしたのかな……。王都でも、いじめられてたみたいだし……」
「オマエまで暗くなって、どうするんだ?」
「そう言われても……いろいろ考えちゃうんだもん。わたしは水の魔法しか使えないし、ムリやり、心をおだやかにする薬草のお茶を飲ませるわけにもいかないし……。っていうか、そんなことしたら、キレちゃうかもしれないよね」
「この土地は守りが強い。クワクワゲココがいるからな」
「あっ、クワクワゲココさまっ! こんな雨だし、お客さんもくるから、ほこらまで行けないよね」
「客は気にせず、行けばいいと思うが。まあ、オマエは人間だし、子どもだからな。あぶないことはしない方がいい。大雨の森はきけんだからな」
「そうだね。前に、神官さまがね、いのりは、どこからでも、相手の元にとどくって、そう言ってたんだ。気持ちが大事って。だから、いのってみるよ」
「好きにしろ」
♢
わたしは、クワクワゲココさまに、この土地の平和をおいのりした。
すると、どこからか、金色の精霊たちが現れた。
たくさんいて、うれしくなる。しあわせだ。
「クワクワゲココさまに、とどいてるといいな」
わたしはニコニコしながら、ガルリカの黒い毛並みをなでた。
とてもなめらかな毛並みだ。とってもやわらかくて、あたたかくて、森の匂いがする。
ガルリカの身体をなでていると、フサフサなシッポが動いて、おもしろい。
外は、ものすごい雨なのに、ガルリカの身体はぬれてない。
ポポノンの森のどうくつにでも、いたのかな?
わたしとケイヤクしているので、わたしがどこにいるか、見ることができるらしいし、わたしがいる場所の近くに、瞬間移動することができるのだ。
ガルリカは昔から、ポポノンの森に住んでいる。
とっても強い魔獣なのだと、クレハおばあちゃんから聞いたけど、ガルリカが、ココ村の人や、動物をおそうことはない。
魔獣は、自分よりも強い存在と、ケイヤクするといわれている。
元々、ガルリカは、クレハおばあちゃんと仲よしだった。
わたしのお母さんとも、仲よしなんだけど、お母さんは、昔から気が強くて、コウゲキ力もあったから、まったく心配していなかったらしい。
でも、わたしは昔から弱いし、相手が、人をおそう動物や、魔獣だったとしても、コウゲキする気がないので、心配しているのだそうだ。
だから、わたしが7才だったあの日、ケイヤクしたいと言ってくれた。
♢
ガルリカの毛並みをなでたり、窓の外をながめたり、意味なく、部屋の中を歩いたり、ソファーやベッドに座ったりしながら、待っていると、しばらくして、「きた」という、ガルリカの声が聞こえた。
わたしはちらりと、ガルリカを見たあと、「きんちょうするよぉ」とつぶやき、大きく深呼吸をする。
「行くか。行くしかない。クレハおばあちゃんなら、だいじょうぶだろうけど、なんか、気になるし、まずはこっそり、見に行こう」
そうっと、部屋のドアをあけたのに、ギィーという、音が鳴ってしまった。
ドキドキする。雨の音もあるし、なんか、楽しそうな声も、聞こえるから、お客さんたちには、バレてないはずだ。
闇と水の魔力を持った子と、その家族がきたら、自分も、あいさつするもんだって、思ってた。
だけど、クレハおばあちゃんに呼ばれてないし、いつ出て行けばいいか、わからない。
わからないけど、気になるから行くのだ。できればこっそり、のぞきたい。
部屋を出る前に、ちらっと、ガルリカを見る。ガルリカはねそべったままだ。
目はあいてるんだけど、動く気がないのか、しずかにしてる。
元々、ガルリカはあまり、しゃべらない。
ガルリカはオオカミなので、耳がいいのだ。遠くの声だって聞こえるし、行くひつようがないのだろう。
わたしは、口をかたくとじながら、ろうかに出て、足を進めた。
ゆっくり歩いていると、時々、ギシッと音がして、ビクッとした。
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