第8話 黒い雲と、精霊たち

 家の前で、ロイとリュアム君と別れたわたしは、家の庭に入る。

 キャーキャー! ワーワー! さわいでいるのは、妖精たちと、小人たち。


「どうしようー! きんちょうしちゃう!」

「どんなこかなぁ。ドキドキするね!」

「やさしいこだと、いいね!」


 なんて、話しているのを聞きながら、わたしはテクテク、庭を歩く。



 家のうらには、井戸がある。

 この井戸のお水は、飲むことができるんだ。

 野菜や、果物などの、食べるもの、それから、お皿や、おなべなんかも、洗ったりするの。


 わたしは水の魔力を持っているから、お水を出すことができるけど、土がぬれてない朝は、庭と、畑の水やりをする。

 魔力があって、魔法を使うことができても、使いすぎれば、身体がだるくなったり、動けなくなったり、熱を出すこともあるんだ。


 だから、ムリをしないようにと、クレハおばあちゃんから、言われてるんだ。


 家のうらにあるドアをあけると、土間に、クレハおばあちゃんがいた。

 ここは、クレハおばあちゃんがいつも、薬を作る部屋だ。


 ここには、薬を作る時用の、石のかまどが2台ある。

 クレハおばあちゃんは、右のかまどに、おなべをおいて、グツグツ、グツグツ、わかしてる。


「クレハおばあちゃん、ただいまっ!」

「おかえり、ラナ。キュルルンソウは、いっぱいあったかい?」

「うん! あったよ!」


 わたしはニコニコ笑いながら、カゴを土間におく。

 すると、クレハおばあちゃんが、カゴの中をのぞきこんだあと、わたしに向かって、ほほ笑んだ。


「ありがとね」

 その顔を見て、うれしくなったわたしは、大きな声で、「うん!」と、返事をしたのだった。



 わたしは、茶色いブーツから、青いクツに、はきかえた。

 そして、自分の部屋にもどり、ペンダントを首から外して、片づける。


 ソファーに座って、読書をはじめる。

 家の書庫から、借りてきた植物の本なので、勉強でもあるのだけど、この本は好きなので、なんども読んでるんだ。

 絵が、たくさんあって、おもしろいの。


 絵が上手に描ける人って、すごいなぁ。


 お昼の鐘が鳴り、わたしは、クレハおばあちゃんといっしょに、パンケーキを作った。

 朝、家にきた人が、鳥のタマゴと、牛のミルクをくれたんだって。


 その人は、アドリーヌさんっていう、名前なんだー。

 ココ村に住んでいる女の人で、真っ白な羽を持つ、大きな鳥をたくさん育てているの。

 ミルクは、ココ村にある小さなお店で買って、持ってきてくれたみたい。


 そのお店は、この家から、だいぶ、離れた場所にある。

 なかなか、ミルクを買うためだけに、行かないもんね。


 手を組んで、感謝のおいのりをささげると、どこからか、金色の――光の精霊がやってきて、ふわふわと浮かんでた。

 うれしい気持ちを感じながら、パンケーキを食べると、おいしかった。


 この前、クレハおばあちゃんといっしょに作った果物のジュースも飲んだ。果物のジュースもおいしかった。

 おいしかったなぁって、ニコニコしていた時だった。


 急に、ビュービューという、音がした。



 おどろいて、窓の外に視線を向ける。


 木の枝が、バッサバッサと、動いてた。

 びっくりした。生きてるみたいだ。

 風が、動かしているんだよね?

 なんか、ブキミというか、嫌な感じがする。


 急に、天気が変わったからだろうか。でもなぁ。いつもとちがうような……。

 雲が黒いなぁ。今にも、落ちてきそうだ。

 ものすごくたくさん、精霊たちがいる。


 黒い――闇の精霊たちと、青い――水の精霊たち。それから、空色の――風の精霊たちと、黄色い――雷の精霊たち。


「――ねえ、なんか、黒い雲のそばに、闇と、水と、風と、雷の精霊たちが、ものすごくたくさん、集まってるんだけど……。ふつうの嵐の時より多いし、なんか変……」


 って、クレハおばあちゃんに言った時。


 ガタガタガタと、大きな音がした。


 わたしはビクッとしたんだけれど、クレハおばあちゃんは、のほほんとした顔で、「そうかい。すごいねぇ」と、つぶやいた。


 のほほんとしてる場合じゃない!

 イラッとしたあと、不安な気持ちがふくらんだ。


 そして、すごい、イライラしてきた。

 だけど、そのイライラをぶつけたところで、クレハおばあちゃんは変わらない。


 変えられるのは自分だけ。そんなことはわかってる。

 クレハおばあちゃんに、怒りの感情をぶつけても、1人になった時に、ものすごいザイアク感を感じて、自分をせめたあと、落ちこむだけだ。


 それがわかっていたので、わたしは1人、部屋にもどった。

 モヤモヤした気持ちをかかえたまま。



 部屋の窓からでも、黒い雲と、精霊たちが見えた。

 ピカッと、空が光り、少しして、ゴロゴロと音が鳴る。雷だ。

 まあ、雷の精霊がいるから、鳴るのはわかるけど……。

 なんども光ったり、ゴロゴロ鳴るのは、こわいなぁ。


 ザー! と、雨がふり出して、「キャー! あめだぁ!」とか、「ワー! にげろぉ!」とか、大きな声で、さわぐ声がする。

 妖精たちと、小人たちだろう。

 あの子たちなら、だいじょうぶだ。


 ギャーギャー、さわいでても、雨が好きだというのは、知っているから。

 水の魔力を持つからか、わたしも、雨は好きなんだけど、今日の天気は、なんだか不安だ。いつもとちがう。


 闇の魔法についての正しいジョウホウというのは、影に入るぐらいしか、知らないのだけれど、1つだけ、気になるジョウホウがあるんだ。


 魔力や魔法について、書いてある本(家の書庫から借りた本)で、読んだことがあるのだけど、魔力が多い子って、不安になったり、イライラしやすい、らしいんだよね。

 心が不安定になると、そのえいきょうが、むいしきのコウゲキ魔法とか、天気とかで、出ることがあるらしくて。


 自分のことも、周りにいる人たちのことも、傷つけちゃったりするんだって。


 大人になると、身体が大きくなるから、自分の魔力をコントロールしやすくなるらしいんだけどね。

 あと、心が荒れてる時は、自然の中で、のんびりして、心を楽にしてあげるといいって、書いてあったな。


 心を楽にか……。


 いじめられて、人間が嫌いになってたら、新しい土地にきても、安心できない気がするな……。

 心をとざしてしまったら、だれも信じることができないだろうし……。


 家族といっしょにくるんだから、信頼できる家族がいるのかな?


 いるといいけど……。


 ハァー。


 わたしがなやんでも、しょうがないよね。


 わたしに今できることは、自分の心を楽にしてあげることだ。

 少しでも、明るい気分になりたいなぁ。


 なにかないかな? あっ、そうだっ! 絵本を読もうっ!



 絵本が読みたくなったわたしは、本だなをながめた。

 どの絵本に、しようかな?


 ネネンの花が出てくる絵本も好きだけど、これは、トクベツな絵本だ。

 今は、明るくて楽しい気持ちになりたいから、ちょっとちがう。


 しばらくなやんだあと、わたしは1冊の絵本を手にとり、ソファーに座って、その絵本を読みはじめた。

 これは昔、お母さんが本屋さんで見つけて、買って、送ってくれた絵本だ。

 かわいい動物がたくさん出てくるので、楽しい気持ちになれるし、いやされる。


 お父さんとお母さんは、いろんな町や村で、めずらしいものや、かわいいものを見つけると、長持ちするお菓子や、干した果物なんかといっしょに、送ってくれるんだ。


 雨の音がすごいなぁ。

 絵本を読むことに集中できなくて、わたしはなんども、窓の外を見てしまった。


 黒い雲、精霊たちと、はげしい雨。

 雷はやんだけど、雨がすごい。


 見ても、不安になるだけなのに……。

 ハァーと、大きくため息をついたあと、わたしは絵本をおいて、立ち上がり、部屋を出た。

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