第6話 花の月(5月)、ポポノンの森へ

 お祭りのあとから、しばらくの間。

 わたしの家の近くにある空き家に、いろんな大人の人たちが、入ったり、出たりしていて、なんか、バタバタしてた。


 ちょこちょこと、人間の大人たちに、バレないように、家をのぞきに行っていた妖精たちが、いろんなウワサをわたしの元に、とどけてくれた。


 わたしは、10才の女の子、ソフィアちゃんのことが、気になったんだけど、くわしいことは、わからないままだった。

 ソフィアちゃんの弟のベリル君のことも、くわしいことはわからなかった。


 バタバタしている村の大人たちと、ソワソワしている妖精たちと、小人たち。


 みんなに、えいきょうされたのか、それとも、春だからなのか、ソフィアちゃんと、ベリル君がくるのが、楽しみだなぁと、思ったり、急に、ソワソワ、ドキドキしたり、だいじょうぶかなぁと、不安になったりした。


 心が、不安定だったからなのか、食事の前のおいのりの時や、薬草つみのあとに、感謝をした時、いつもはくる光の精霊が、こなかったりした。

 それで、よけいに、不安になったり、悲しくなったり、涙が出たり、なんだか落ちこむ、自分がいたりした。



 クレハおばあちゃんが、いつの間にか、ココ村に、ひっこしてくる家族がいることを知っていたので。それを知った時はおどろいた。


 お祭りの前に、村長さんが言いにきたらしい。


 そんな話は聞いてないんだけど、クレハおばあちゃんは、なんでも話してくれるわけじゃないし、いつものことなのだ。

 だけど、不安定になっていたわたしは、クレハおばあちゃんの前で、泣いてしまった。


 わたしが不安定でも、クレハおばあちゃんは、いつも通りだったので、強いなぁと、そう思った。

 そして、わたしは弱い。



 夜中、こわい夢を見たので、クレハおばあちゃんの部屋に行くと、クレハおばあちゃんがわたしのために、心がおだやかになる薬草のお茶を用意してくれた。

 そのお茶は、ちょっと苦いんだけど、こわい夢を見ないで、よく寝られた。


 光の月(4月)がおわって、花の月(5月)になっても、空き家に人の気配がした。


 カラッと晴れる日もあるんだけど、雨季だから、空が、灰色の雲でおおわれる日も、たくさんある。

 雨がふる日も、嵐になる日も。



 そんな、ころころ変わる天気だったんだけど、クレハおばあちゃんは元気だった。

 わたしが熱を出している時は、朝から、ポポノンの森に、薬草つみに行っていた。


 帰ってからは、わたしの様子を見にきて、食べたいものや、飲みたいものはあるかと、聞いてくれたり、いろいろ、持ってきてくれたりした。


 土間のある部屋で、薬作りをしながら、わたしのお世話もしてくれて、ありがたいなと、そう思った。

 わたしが熱を出して、ぐったりしてた時に、ちょこちょこ、ガルリカも、様子を見にきてくれた。つながってるらしいけど、わたしにはよくわからない。


 ガルリカを見ると、安心するんだよね。

 ぐったりしてたから、もふもふできなかったのは、ザンネンだけど。

 1人じゃないって、しあわせだなぁって、そう思うんだ。


 ふだんは、1人ですごしたい時も、あるけれど、さびしくて、だれかに会いたい時もある。



 クレハおばあちゃんは、近くの小さな町――ユニの町の薬屋さんにたのまれて、薬を作ったり、たのまれた薬草をさがして、とどけたりする。


 薬屋さんから、たのまれる薬草は、毒のある植物と似ていたり、子どもでは、あぶない場所に生えてたりするので、クレハおばあちゃんが、1人でつんでいた。


 ユニの町まで、いっしょに行くこともあるんだけど、なんか、身体がだるかったので、クレハおばあちゃんだけ、行ってもらった。

 1人で家にいるのはさびしかったけど、お仕事だしね。


 あと、月に一度、1回目の大地の曜日に、クレハおばあちゃんは、大きな町――ディアウォントの町の、薬屋さんに行く。

 薬屋さんから、たのまれた薬を持って行くんだ。


 その日も、身体がだるかったけど、1人で家にいるのは、嫌だった。

 朝、わたしは、クレハおばあちゃんといっしょに、家を出て、近くにあるユニの町まで歩き、そこから、乗合馬車で、ディアウォントの町に向かう。


 薬をクレハおばあちゃんが、お店の人にわたして、お店の人から、お金をもらい、海の近くにある食堂で、お昼ごはんを食べてから、村に帰った。


 ユニの町や、ディアウォントの町で、買い物をしたり、クレハおばあちゃんの薬草師仲間に会って、ジョウホウのこうかんをしたり、お茶をしてから、帰ることもあるのだけど、わたしがあまり元気ではなかったからか、そういうことはしなかった。



 今日は、朝からくもり空。

 王都から、ひっこしてくる人たちが、もうすぐくるという、ウワサがあるんだけど、いつなんだろう?


 いろんなウワサが広がってるから、妖精たちも、小人たちも、わからないみたいだ。

 ロイに聞いてみたら、はっきりとはわからないって、言っていた。

 本当に、くるのだろうか? 


 王都って、行ったことがないから、よくわからないんだけど、遠いんだろうな。


 ポポノンの森の薬草を、クレハおばあちゃんに、たのまれたので、今日は、濃いピンク色のワンピースを着た。

 緑色の服だと、森の中で、かくれてしまう。


 なにかあった時に、見つけてもらいやすい色の方がいいと、クレハおばあちゃんに言われてるんだ。

 赤だと、赤色に、コウフンする魔獣に出会った時、あぶない。

 ピンク色は、だいじょうぶだけど。


 まあ、今回は、ポポノンの森の近い場所に、行くだけだ。


 ポポノンの森には、妖精たちと小人たちが、いっぱいいるし、なにがあっても、だいじょうぶだと思うんだけどね。

 それにわたし、ガルリカとケイヤクしてるし。


 ガルリカは、わたしが赤ちゃんのころから、知っている相手だ。

 ケイヤクをする前から、やさしかった。

 本当にあぶない時は、ちゃんときてくれるって、そう思ってる。


 ガルリカがいると、追いかけたりしなくても、森の動物や魔獣は、すぐに、にげちゃうんだ。

 声を聞くだけでも、相手の強さがわかるから、強い相手がいると気づけば、すぐに、にげる動物や、魔獣が多いらしいんだ。


 だから、ガルリカがいてくれるだけで、お守りになる。


 ――あっ、森に行く時は、草で、足を切らないように、ブーツをはくようにしてるんだっ!

 ズボンはなんか、好きじゃないから、持ってないんだよねー。


 まあ、ちょっとしたケガなら、傷口に、水で洗って、手でもんだヨモギィソウをつけておけば、すぐに、血がとまるし、治るのも、早いんだけどね。

 ヨモギィ草は、1年中ある薬草だし、どこにでもある薬草なんだ。


 雨はふってないので、庭に出て、魔法で、庭の木や花や、畑にある野菜や薬草に、お水をあげる。

 どれぐらい、あげたらいいのかは、幼いころから、水やりをしているので、なんとなくわかるんだ。


 妖精たちと、小人たちが集まってきたので、みんなとお話した。



 クレハおばあちゃんといっしょに、朝ごはんを食べる。

 今日の朝ごはんは、クレハおばあちゃんが買ってくれたパンと、家の庭でとれた果物。それから、クレハおばあちゃんが作ってくれた薬草スープだ。


 おいしそうな朝ごはんに向かって、手を組んで、感謝のおいのりをささげてから、ゆっくり食べはじめる。


 食事に、感謝のおいのりをささげた時、どこからか、金色の――光の精霊がやってきて、ふわふわと浮かんでた。きてくれたことが、うれしかった。


 そのあと、わたしは、紫色の石がついたペンダントを首にかけた。

 このペンダントの石は、魔石だ。


 魔石とは、魔力をやどした石のこと。

 これを身につけていると、毒のえいきょうを受けにくくなるんだけど、まったく毒のえいきょうを受けないわけじゃない。


 だから、本当にあぶない植物には、近づかないように、さわらないように、気をつけてるんだ。

 そのために、本を読んで、勉強もしてるし、幼いころは、クレハおばあちゃんといっしょに、森に入って、いろいろなことをおしえてもらった。


 さわるとあぶないような、薬草やキノコは、クレハおばあちゃんがつんだり、とったりするので、わたしがたのまれることはないんだけどね。


 そういうのも、薬作りに使うらしいから、心配なんだけど。

 クレハおばあちゃんは、長い間、たくさん薬作りのことを学んでいるし、失敗も、成功もして、今があるって、前に、話してたから、心配よりも、だいじょうぶだって、信頼するようにしてるんだ。


 心配のしすぎは、自分がつらくなるだけだし、クレハおばあちゃんは、わたしが心配のしすぎで、しんどくなっても、よろこばないからね。

 とか言いながら、つい、心配しちゃったりするけどね。


「ラナ、いつもの森だからって、ゆだんせずに、気をつけて行くんだよ」

「はーい! 行ってきまーすっ!」


 わたしは、植物を編んで作ったカゴを背中に背負い、元気よく家を出て、ポポノンの森に向かった。すぐそこだけど。

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