祓魔師と悪魔

佐藤晶

祓魔師と悪魔

陰鬱とした室内に二人の男性が向かい合っていた。片方は椅子に縛りつけられ、目は血走り苦しそうに唸り声を上げている。明らかに尋常な様子ではなく、何かに取り憑かれているかのようだった。もう片方は手に持った杖のようなものをもう一人の男に突きつけていた。杖を持つ男が何か呪文のようなものを唱えている最中、苦しそうな様子だった相手が突然ニヤリと笑う。


「なんだ祓魔師、こんなものか」


縛られたままクツクツ笑う男に祓魔師と呼ばれた男は目を見開く。


「まさか、もう効果が切れたのか!?」


祓魔師が一瞬確かめるように杖を見ている隙に、男に取り憑いていた悪魔は体から飛び出そうと体の中で暴れ始めた。


「くそっ」


次の策に講じようとしたその時、ガクガク震えていた男の体がぴたりと止まる。そして祓魔師を見てニヤリと笑った。


「あばよ」

「あ、おい!」


相手の異変に気づいても時すでに遅し。祓魔師はなす術もなく対象者の体から飛び出す悪魔をただ呆然と見送るしか出来なかった。


祓魔師とは、依頼を受けて怪奇現象を解消する職業だ。その中でもいくつかの専門に分かれ、その一つに悪魔祓いがある。

祓魔師カイも悪魔祓いを専門としていた。最近は祓魔師としてある程度評判も広がり依頼は順調、のはずだったが最近は少し仕事が思うようにいっていなかった。原因は、悪魔の中に祓魔具の耐性を持った個体が現れ始めたせいだった。


祓魔師と悪魔の歴史は長い。悪魔祓いで完全に祓えるのは弱い悪魔だけ。強い悪魔は消滅させられず、そういった悪魔はまた違う依代を探して彷徨い取り憑いてを繰り返してきた。そうしているうち、祓魔具に耐性を持つものが現れ、今まで使えていた祓魔具の効果が薄まってしまった。


「あの、大丈夫ですか」


悪魔が飛び出したと同時に気を失っていた男性の肩を叩き声をかけると、男性は虚な目でカイを見上げた。


「やられた…」


強い悪魔と対峙した際に重要なのは取り憑かれている対象者を疲労消耗させすぎないこと。悪魔に憑かれるということ自体生身の人間にとってかなり負担が多く、悪魔が抵抗しようとすればするほど、負担が増える。悪魔祓い中は抵抗できないように祓魔具を使う訳だが、男性は自分の中で暴れ回り無理やり脱出した悪魔のせいで精神に影響をきたしまった。しかし意識を取り戻せる程度であったことは幸いだった。少し休めば回復する余地がある。

男性の家族に悪魔祓いは終わったことを告げてこの後の処置方法を教えると、カイはその場を後にした。


(これからどんどんああいう悪魔が増えそうだな…)


カイは一抹の不安を拭い切れずにいた。


⌘⌘⌘⌘⌘⌘


「こんにちは!!!!!!いつもの、お願いします」


カイは錬金術師ラキの元を訪れていた。2つの物質を合わせなきゃいけないものは錬金術じゃないと生み出せない。祓魔師はそういったものがよく必要となる。ラキのもとへ通うようになったのは祓魔師を始めた頃のなので短い付き合いではない。粗暴な口振りではあるが錬金術においては確かな腕を持っていた。


「うるさいぞガキ」

「ガキじゃありませんよ!失礼な!」


ラキはムキになって言い返すカイを鼻で笑う。年上のこの錬金術師に口で勝てたことは一度もない。


「これ、いつものな」


カイは差し出されたそれを鞄へとしまうと代わりに代金を取り出しラキへと渡す。


「毎度」


ラキはお金を懐へとしまった。


(ラキさんなら、できないかな…)


カイの頭には効果の薄くなった祓魔具がよぎっていた。


「あ、ちょっと相談があるんすけど…」

「なんだよ…」


カイが次の依頼に必要なものがあるというとラキはちょっと嫌そうな顔をした。締め切りが近いと知るとさらに眉間に皺が寄る。


「お前なぁ」

「すいません!でもラキさんなら出来ると思って!」

「俺だってもう若くねえんだから徹夜できねえんだぞ…」

「嫌、できます!いけますよ!」


徹夜なんて自分もよくしていると言うと一緒にするなと怒られる。


「でも、拘束時間が長いものがどうしても欲しくて…」


今強い悪魔に対抗するためには祓魔具が不可欠。効果が薄まったなら強めるしかない。その場しのぎでしかなくても今できる最善だった。カイの真剣な顔を見て、ラキは一種の諦めのようなものを感じていた。


「んー、まあやってみるが」

「本当ですか!?」


(ダメもとで言ってみるもんだな)


そんなことを考えていると、


「出来る保証はないぞ」


しっかり釘は刺された。それでもいい。やってみてもらうだけでも今はとにかくよかった。


「いいです!お願いします」


頭を下げるカイの後頭部を見て、ラキは小さくため息をついた。


「期待はするなよ」


そう言うと奥にいる弟子に声をかけてラキは作業室へと消えていった。代わりにラキの弟子アーシャが出てきた。


「また変なの頼んだんですか?」

「あれ、わかる?」

「カイさんがなんか頼む時はすぐに作業室篭っちゃうから、師匠」


おかげでしばらく店番ですよ、とこぼす。ラキが作業室に篭る時、アーシャが出来るのは店番だけ。その間自分の研究は全くできなくなるのがアーシャには小さな不満だった。


「あー、うん」

「まったく。さ、もう用事ないなら帰ってくださーい」


次の瞬間、アーシャにポイッとつまみ出されていた。アーシャのできうる限りの意趣返しだった。


⌘⌘⌘⌘⌘⌘


数日後、カイは次の依頼主の女性とカフェで待ち合わせていた。祓うべき悪魔の情報収集のためだ。相手の自宅を避けたのは祓魔師が来ると勘付かれないためだった。


「今回悪魔祓いをするのは弟さんですね。気付いたのはいつ頃ですか」

「ちょうど1ヶ月前です。夜中に大きな足音が聞こえるようになって、家族の足音ではなかったので不審に思いました」


話しながら女性は不安げな様子でコップを両手で握りしめた。


「大きな足音…」

「日中は普段通りに見えますが、口数が極端に減りました。その後からは家鳴りが頻繁にするようになって、夜中に弟の部屋から不気味な笑い声が時々」

「家鳴りと、笑い声ですね…」


教えてもらった情報を手元の手帳へと書き込んでいく。


「弟さんの部屋は暖かいですか」

「暖かいか、ですか?」

「あー、えっと、他の部屋と比べて変化はありますか?」

「変化…そう言われるとあの部屋だけすごく寒かったような」


(大きな足音、家鳴り、笑い声、部屋がすごく寒いと言うことは力のある悪魔の可能性が高いな…)


力が強ければ強いほど、怪奇現象を多くそしてより強く発することが出来る。そうやって彼らは人を揶揄っていた。人が感じる恐怖という感情に愉悦を感じているのだ。


「大体分かりました。期日までに準備しておきますので、何かありましたら連絡をください」


上着と荷物を持って立ち上がると帽子を被る。帰り支度をするカイを見て同時に女性も立ち上がった。


「よろしくお願いします」


頭を下げる女性に一度被った帽子をとり会釈すると、二人分の会計を済ませて店を出た。

女性と別れ、足は自然とラキの元へと向かっていた。次に対する悪魔も祓魔具に耐性を持っていたらと考えると、どうにか強化版祓魔具ができていないかと思ってしまう。期待を込めて扉をくぐりラキと目が合うと、途端少し目線を逸らされた。

若干の落胆と、納得。

元より無茶を承知でお願いしているのに気まずそうに話すラキ。これは悪いことをしてしまったと後悔がよぎる。しかし、ラキは諦めたわけではなく、一つ手が残っているという。保証はないとは言われたが、それに賭けることにした。

依頼の日の前日、再びラキのもとを訪れる。その手には祓魔具があった。


「え、出来たんですか!?」


差し出された祓魔具は以前とは変わって少し光沢を纏っていた。


「出来たというか、効果の付与はした。後は使ってみないと正しく効果があるかはわからねえ」


祓魔具は悪魔に使って初めて効力があるため、効果を試すことができないのだ。


「了解です!しっかり試させてもらいます!」


カイは祓魔具をしっかりと握りしめて頭を下げた。


⌘⌘⌘⌘⌘⌘


翌朝、仕事の準備を済ませ、悪魔に気取られないよう自信に呪いをかけた。そして身支度をして最後に鏡をチェックする。


「よし、いくぞ」


顔をパンっとはたき、気合を入れて家を出た。

住宅街を縫うように進む、そうしてたどり着いたマンションの一室をノックした。扉が開くと先日あった女性が出迎えてくれる。


「どうぞ」


家に一歩足を踏み入れるとすぐに悪魔の気配。それは廊下の左側にある一つの部屋から漂っていた。


「弟さんはあの部屋ですか?」

「え、ええ」


入っても?と聞くと女性は頷いた。

静かに扉を開く。中は雑然としていた。そして部屋の中央には仁王立ちでこちらを望む男性。


「彼が弟さんで間違いありませんか?」

「はい」

「分かりました。これから取りかかりますので離れて待っていてください」


女性が家の奥へと向かったのを見て、部屋の扉を閉じた。


「お前、祓魔師だなぁ?」

「…」

「答えない、か。まあいい。お前の気配は家に入る前からプンプンしてたよ」


(姿隠しのまじないが効いてないのか)


姿隠しのまじないが効かないとなると、よほど高位の悪魔ということになる。手間取れば、あちらが優位に立ってしまうだろう。

カイは荷物から祓魔具を取り出すと男性へと突き出す。


「悪き存在を逃すなかれ」


まじないを唱えると祓魔具から光の糸が伸び、男性の周りをグルリを囲うとグッと縛り付けるように巻きついた。


「またこれか、お前たちは変わらないなぁ」

「それはどうかな」


逃げられる自信があるのだろう。悠長に構えていた悪魔にニッと笑うと、悪魔は目をパチクリとする。次の瞬間、男性の体がブレたように見えた。男性の中で悪魔が身じろぎしたのだ。そうして少しも動けないことに気づくと今度は目を大きく見開いた。


(ラキさん、あんたの仕事は成功してるよ!)


効果の長さを期待していたが、悪魔の様子を見るに拘束力も高まっているらしい。祓魔具の性能アップを確信して喜ぶカイを悪魔はギロリと睨めつけた。


「なんだ?これは」

「あんたたちはすぐ逃げようとするからな。少し強いものに改良したんだ」


腕を組み説明すると、悪魔は悔しそうにうめいた。しかし、少し考えて今度は悪魔がニヤリと笑った。


「まあいいか。無駄に抵抗しても面白くもなんともない」


悪魔はデスクから椅子を引き、腰をかける。両腕を広げてとんでもないことを言い出した。


「なあ、祓魔師。僕と取引といこうか」

「は!?!?」


取引を持ち出した悪魔はこいつが初めてだった。罠か否か、正直判断がつかない。

だとしても、悪魔の取引とはなんなのか、気になる気持ちもあった。


「…ひとまず話だけは聞こう」

「話がわかるやつでよかったよ。話は簡単だ。お前はこいつから僕を引き剥がしたい。僕は自由に動ける依代が欲しい。ここまではいいよね?」


カイは警戒しながら話をよく聞き、頷いた。


「ここからは提案。僕はこの体を出る。君は僕の新しい依代を用意する。これならお互い損はしないと思わない?」

「新しい依代って、新たに人間を差し出せとでも言うのか?」


(それって意味、あるか?)


この人から違う人に移るだけで根本的な解決になっていないし、それを自分で用意するなんてなんのために祓魔師をしているというのか。

怪訝な顔をするカイに悪魔は笑う。


「そんなの意味ないって顔に書いてあるぞ」

「っ!」

「別に人間を連れてこいと言ってるわけじゃない。僕たちが人間に

憑くのはそれが1番簡単だから」


それは初耳だった。そもそも悪魔と会話しようとした人が過去いただろうか、というレベル。


「しかし、お前たちの使うまじない、だったか。それで他のものに憑依することだってできるんだぞ?」

「は!?」


そんなこと、悪魔祓いの文献では見たことがない。どういうことかと考え始めて途端、目の前の存在が悪魔だったことを思い出す。


「なるほど、時間稼ぎか。もう話すことはないな?」


悪魔を追い出すため祓魔具を握り直した。祓う気満々のカイを悪魔は慌てて止めた。


「待て待て!嘘だと思ってるだろ!」

「そりゃそうだ。そんな話聞いたことない」


詠唱を一気に畳み掛けられ、悪魔はなすすべもなかった。


「うわああああああああ!」


体を抱え叫び声を上げる。憑依された男性の体が光を纏い、悪魔が次第に引き剥がされていくのがわかる。


「お前ぇぇぇぇ、覚えてろよぉぉぉ!」


そんな捨て台詞と共に悪魔は男性から完全に引き剥がされ、男性は床に倒れ込んだ。

すぐに男性の体を支え、意識があるかを確認する。


「あ……あれ……」

「もう、大丈夫ですよ」

「……え?」


少しの間気を失っていたものの意識が戻った男性に声をかけた。夢を見た後のように現実との混同でキョトンとはしているが、目線はしっかりと合っている。この分なら回復は早そうだった。

部屋の外で待っていた依頼主を呼ぶと、弟の無事を確かめ涙していた。そんな姉を見て、男性は心配をかけたことを詫びていた。


「それじゃあ、私はこの辺で失礼します」


悪魔祓いの料金を受け取り別れを告げると、足取り軽やかに向かうは錬金術の住むエリアだった。

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