第二話 本当にあった

 熊猪知狼くまいちろうはデスゲームなんて本当はなかったと言っていたよね。

 それはある意味では事実といえる。確かに、君たち一人一人が体験したことではないし、君たちの現在の肉体もその時のものじゃないさ。自分たちの知りえないことであるし、真偽を確かめることもできないだろう。だから、「本当にはなかった」と言われても否定できなかったんだよね。

 むしろ、口から出まかせを語っていると思っていたんじゃないか。君たちはウソつきで、そういうのはみんな大得意だものね。


 だけど、そうじゃない。

 君たちが語った物語は紛れもない真実。ここにはいない、誰かが確実に体験した出来事なんだ。失われた記憶を再現した、実に貴重なお話だったんだよ。

 そう、デスゲームはことなんだ。


 君たちはこの場所に来て、最初に何を見たか、覚えているかい?

 薄暗い廊下か。やはりね。実験の成果通りの結果だというべきだ。

 そこで何があったか、それはいくつかパターンがあると思うけど、死体を見つけるとか、誰かを殺すとか、そんなことがあったんじゃないかな。


 なぜ、そんなことが起きるのかを説明するね。


 記憶というものは関連した情報をもとに再現される。例えば、「梅干し」といったら「酸っぱい」といった具合にね。あるいは「おにぎり」を食べたいとか、それに関する民話やアニメーションが頭の中によぎるかもしれない。記憶は連鎖して再生されるものなんだ。

 そんな食べ物を知っているのかって? もちろん、食べたことなんてない。だけど、この例えで的確に伝わることは情報として蓄積されているんだ。

 話を戻そう。


 我々はデスゲームの情報とこの施設の廊下とを関連付け、記憶させることにした。

 また、君たちの最後の記憶は死に関するものであるけれど、そこまで再現してしまうと、発狂してしまう恐れがある。そのため、死を目前にした記憶をシームレスに、「デスゲーム」「この施設の廊下」の二つと結合させた。


 君たちが死んだ時代には、地上で大規模な戦争が起きていたようだ。その被害によって死亡したホモサピエンスは多い。君たちも無作為にして無計画、突発的な攻撃の末に死んだ者たちなんだよ。可哀想に。

 ホモサピエンスは強い群体だけれども、その強さが仇となることもあるのだねえ。


 だから、死ぬ直前まで、日常の暮らしのままだったんじゃないかな。そして、突然、この施設に訪れた。そんな感覚だったのだろう。

 もっとも、この施設を歩いたという記憶は偽物だ。夢に近いものかもしれないな。記憶の不整合を補うために、脳がでっち上げた情報なんだ。

 君たちは君たちが出会った広間で目覚めた。そこからが、君たちの本物の記憶さ。


 殺人事件があった。辺見瑠璃へんみるりが誰かに殺された。そう思ったんだよね。

 可笑しなことだなあ。そんなものは記憶の整合性を取るために生まれたバグみたいなものなんだ。


 ただ、正直、あまり笑えるとも言い切れないのが正直なところさ。

 君たちはデスゲームでの記憶を語ってくれた。これはとても興味深いものだ。大変有意義な成果として、私も自信を持って、元老院に報告できるというものだよ。

 けれど、予期せぬバグもあった。辺見瑠璃だ。


 君たちの記憶の中に入りこんだ辺見瑠璃という驚異は次第に大きくなり、君たちの全員が辺見瑠璃についての報告をするに至った。

 存在するはずのない存在が記憶の中に混じってしまう。これは頭の痛いことだった。

 完璧に近い成果にできたひび割れだ。とても目障りな気分だ。


 そうは言っても、君たちの物語は素晴らしいものだった。

 反省点は反省点として検討するとしても、この成果はやはり喜ぶべきだ。


 何か質問かい? 君たちの衣服はどうしたのかってことか。

 確かに、それについては多少の工夫がしてある。それは君たちの記憶をもとにあつらえたものだ。そうは言っても、陸上で採れる素材なんかは十全にあるわけじゃない。

 ある程度は近いと思うんだが、むしろ記憶から寄せていって、今まで着ていたものと同じだと思い込んでいる側面もあるんだ。


 麗子、君は寄見頑人よりみがんとの名刺を持っていると言っていたね。見せてごらん。

 これは君を培養していたベッドに取り付けていた個別番号のプレートだね。それを名刺だと認識していたんだ。記憶から寄せていってるから、こういうこともある。

 その辺りは実験の性質上、そういうものだと思ってほしい。


 熊猪知狼、君の誘導は見事だったよ。


 彼の話を少し補足しようか。

 我々の種族の中でクローン技術が発展したのは、ある研修者が息子の死にショックを抱き、蘇らせようとしたからなんだ。熊猪知狼の思い出として語られたのはその子の記憶さ。その研究者の情熱は報われたといえるだろう。

 もっとも、その記憶が発見されたのは研究者が死んでから、永い月日が経ってからのことなんだけどね。


 我々の研究は永きに渡って連綿と続けられてきたものなんだ。

 そんな幾度とない研究の末に、クローンから記憶を抽出する術を編み出すことに成功した。それが熊猪知狼が最初に語った記憶の物語だよ。

 もっとも、それを見つけたのは私ではないし、その記憶には大きな混乱と混同があるようだけどね。


 この記憶の再現。それに複合。これを使って熊猪知狼にはひとつの使命を与えていた。それは君たちの話し合いを的確に導くこと。そして、この場に君たちを集めてもらうことだ。


 君たちには私の話を聞かせたかったんだ。


 おや? 自分たちの意志で、六人で話し合いを始めたと思っていたのかい。ここに来たのも君たち自身で決めたことだと。

 違うんだ。最初から私がそう取り決めておいたんだよ。


――クォクォクォクォ


 失礼。思わず、笑みが漏れてしまった。

 今、君たちの脳を測らせてもらっている。見たことのない数値が叩きだされたものでね、つい感極まってしまった。

 いいデータが取れた。十分な結果だ。本当に君たちのおかげだ。君たちを甦らせて良かった。

 この瞬間こそ研究者としての最上の喜びだよ。


 そろそろ帰ることにしよう。

 自分たちはどうなるかって? そうだな。その質問には答えていなかった。


 別にどうにかしようなんてことはないよ。我々が君たちに何かをすることはないと断言しようじゃないか。

 このまま、この施設で暮らしてくれればいい。もっとも、食料や水分の用意もしていないんだけど。

 水なら大量にあるんだけどなあ。施設の外には。私はこれから出るけど、一緒に出てみるかい?


――クォクォクォクォ


 そうだ、君たちは海中では生きていけないんだったな。残念だ。

 ヒトが水分なしで生きられるのはどれくらいだっただろう。三日だったかな、四日だったかな。

 ヒントをあげよう。目の前に、水分の詰まったものがいくつもあるよ。お肉もたくさん入っている袋さ。そこから飲料を賄えばいい。お腹いっぱい食事をすればいいんだ。


――クォクォクォクォ


 そう。君たち、一人一人が水分と食料の詰まった袋なのだよ。


 おっと、私を攻撃しようというのかい。無理だよ。

 君たちは我々を攻撃できない。そう意識をコントロールしている。それに、この歩行用カプセルには防衛機構もあるんだ。私に攻撃はできないんだよ。


 それでは、ここで失礼する。

 一日でも永く生きられることを期待しているよ。

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