最終章 寄見頑人@進化鯨類

第一話 デスゲームで

 君たちのしきたりに倣うなら、ここで個体の識別名称をまずは宣言するんだったっけ。


 私は寄見頑人よりみがんと。君たちがそう呼んできたものだよ。もっとも、見ての通り、私は日本人でもなければ、ヒトでもない。実際にはこのような発音ではないし、当然、漢字を使用したりもしない。

 けれども、実際の発声方法や我々の情報伝達手段について話をしても、意味のないことだ。だから、私のことは寄見頑人として認識して構わない。


 君たちは私の姿を足が食い潰されているものだとか、足を不自由にして車椅子に乗ったものだとして記憶していたようだね。

 その理由はわかっている。確かに私は歩くことなんてできはしない。そもそも、陸上での生活には向かないんだ。

 だから、陸上調査用にこのようなものを使用させてもらっている。


 説明するべきなのかな。

 見ればだいたいわかるとは思うのだけれど、私は君たちの言う、イルカやクジラの仲間だ。進化鯨類というのが生物としての名称に当たるのだが、きちんと翻訳されているかい? この言葉でニュアンスが伝わってくれることを期待するよ。

 イルカが進化し、知性を獲得したのが、我々進化鯨類だ。理解していただけたかな、我々は海中で進化した生物なのだ。陸上に向かないというのはそういうわけさ。私にはあしはない。あるのはひれだ。


 そのため、車輪とロボットアームを持ったこの歩行用カプセルを使用している。

 全身を海水で覆っているので、海中と変わらず快適に過ごせるしね。この姿から、車椅子に乗らざるを得ない、足をなくした憐れなヒトという印象を持たせてしまったのだろう。


 自己紹介はこのくらいにしようか。

 こんなこと、君たちには大して重要なことではないのだから。


 そうだな。君たちの疑問はわかるよ。なぜ、自分たちがここにいるのか。そして、これからどうなるのか。そうだろう?

 辺見瑠璃へんみるりが何者で、誰が殺したのか、教えてくれって? そうか、君たちはそんなことも気にしているんだな。


 その疑問に答える前に、一つ、問題を出そう。

 ヒトの――この言葉だと正確にニュアンスが伝わらないのかな。翻訳を切り替えよう――ホモサピエンスの最大の強みとは何だと思う?

 ほかの生物にはない、特殊な力であり、他を圧倒する能力なんだ。


――科学力。文明。言語。

 残念。それなら我々も持っているんだ。ほかにないかい?

――超能力。魔法。

 それは君たちの創り出した虚構だろう。ある意味、間違ってはいないのかもしれないけれど。

――愛。勇気。知恵。

 いい答えだね。それは正解にだいぶ近いかもしれないよ。

――信頼。信じる心。

 より近くなったね。もう、正解と言っていいかもしれない。


 ホモサピエンスが他の人類を圧倒し、地上の支配者となったのは、「信じる」という驚異の能力によるものだ。

 例えば、ネアンデルタール人を討ち滅ぼしたのは、決して力が強かったからでも、頭脳の回転が速かったからでもない。互いに信じ合うことができた。それが理由なんだ。


 もちろん、ほかの生物も「信じる」ことがないわけではない。けれど、ホモサピエンスのそれは能力といって差し支えない強力なものだ。

 誰かの生み出した虚像を信じ込み、それを共通の価値として共有することができる。これは強いよ。群れという単位を遥かに超越した集団を作ることができるんだ。


 それは例えば「道徳」だ。群れの利益に反する価値基準を必要に応じて生み出すことができる。これには愛や勇気、知恵なんてものも含まれているよね。

 あるいは「貨幣」なんてものもある。これは個体の原動力となり、疑いもなく、群れのために行動するようになるんだ。

「神」なんて概念も生み出しているね。個体の利益に反することでも、この概念を利用すれば、躊躇なく行動できる。なんなら、命を投げ出すことだってあるんだ。


 面白いよね。明らかにウソだったり、誤っていたり、実体のないものであっても、ホモサピエンスは簡単に信じることができる。

 これはほかの生物にはない能力だよ。ホモサピエンスに近い進化ツリーを辿ったネアンデルタール人にもなかった。だから、ホモサピエンスが勝ったんだ。


 こんな話は知っているかい。

 君たちの時代区分でいうところの、20世紀のことだ。奇しくも、というべきかな。イルカのムーブメントがあったのをご存知かな。

 イルカの愛好者が多かったことをどう思うかって? 近親種といっても原始的な文明すら持てなかった生物だ。いうほど親近感なんてないんだけど。君たちにとっての類人猿とさほど感覚は違わないんじゃないか。面白いとは思うけど、嬉しいとは思わないかな。


 イルカやクジラの研究が大いに行われたらしいよ。

 結論は最初に出していたそうだ。クジラやイルカは人類以上の知能を持っており、すでに文明を築いている。その社会は平和的で争いがなく、人間と違って完全な秩序を手にしているんだってさ。

 笑ってしまうよね。我々、進化鯨類だって、争いをなくすなんてしてはいない。完全な秩序なんて存在しないものだろう。ましてや、動物の域を出ないイルカやクジラに何を期待しているんだか。

 けれど、彼らは大真面目だったのさ。そんな前提の間違った研究を何と言って締めくくったと思う?


「イルカやクジラはおそらく賢い。だが、人類はそれを理解できるほど賢くない」


 いやあ、すごいよ。ホモサピエンスというのは。

 研究に研究を重ねて、ついに得た結論がこれだ。まだ自分自身を騙し、信じ切ることができるんだよ。「信じる」力がここまで強いとは。

 まったく、驚きを禁じ得ないじゃないか。


 君たちにはわざわざ講義のようなことは無駄なことだったかもね。

 ここにいるのは、「信じる」というホモサピエンスの持つ強固な生存戦略メカニズムに関しての専門家スペシャリストたちだ。

 君たちは虚偽を生み出し、騙すという、ホモサピエンス特有の能力を最大限に活かした技術を持っている。賞賛に値するよ。

 だから、我々は君たちを現代に蘇らせることにしたのさ。


 そうそう、それで問題が起きたんだ。


 海底で拾ったり、地上まで進出して回収して、人間の細胞を集め、そして再生した。君たちは記憶の問題を訝しがっていたけれど、それも対処している。海馬を生存状態のぎりぎりの状態にまで復元する技術が我々にはあるからね。

 それでも、どうしても完全な状態での復元は叶わなかった。生存中のヒトは記憶が薄れることはあってもなくなることはない。そして、欠落した状態で記憶を蘇らせると、どうも不具合が起きて、せっかく復元したはずの記憶が機能しないんだ。

 つまり、頭の狂ったヒトが生まれるばかりで、我々の目的は果たせなかった。


 そこでだ。複数の記憶を混ぜ合わせて、不完全な記憶を補う方法を編み出した。それで、少しは改善が見られたのだけど、それでも十分といえる成果は得られない。

 詐欺師や虚言癖と呼ばれる、嘘を日常的に用いる存在がいることに気づいたのは、その頃だったんだけどね。


 幾度とない、試行錯誤の末に、やがて一つの正解を得ることがてきた。それは、実は私が見つけたことなんだ。

 ヒトには、デスゲームという、我々には理解のできない娯楽がある。これは今さら説明する必要もないことだね。

 そのデスゲームの体験者と詐欺師の記憶を組み合わせると、安定することに気づいたんだ。死を間近にしてストレスにさらされた記憶と、自分自身をも騙すことのできる虚偽の専門家の能力とが、上手く噛み合うんだろう。


 我々はそうやって、君たちをこの場所に生み出すことに成功したんだ。

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