第十三話 名探偵は誰?

 やがて、私たちは大広間の扉を開け、廊下に出る。

 相変わらず、廊下は薄暗く、窓の向こう側は真っ暗だ。だが、どこかさっき通った時よりも古びているような印象を受ける。


「ここって、何なんですかね。暗いし、窓を見ても真っ暗で何もないし」


 降屋ふれやさんがぼやいた。それに何人かが反応する。


「いや、よく見ると、青や紫の明かりが見えてきますよ。ここはそうですね、どこか山の中なのかもしれませんね。でも、そこまで深い場所ではない。だから、どこかのネオンが少しだけ見えるんじゃないかな」


 それに降屋さんから茶々が入った。


「青や紫って辺見のことじゃない?」


 発言した透瓏とおるさんは、彼女の野次に少し鼻白んだようだったが、気を取り直して返事をする。


「あ、ああ、なんだ? まあ、確かに辺見瑠璃へんみるりの髪の色を連想しなくはないんだけどさ」


 続いて、それに露木つゆきさんが反論する。


「それなら私も言うけど、ここで空飛ぶ蛇を見たんですよー。宇宙人だとか未来人だとか言ってる人いますけど、ここってやっぱり妖怪のいる死後の世界なんです。

 信じない人はあとで地獄だとか魔界だとか、なんかヒドいとこに行くんじゃないですかねー」


 その言葉を受けてか、フリードが声を上げた。


「私が見たノーは雪デーシター。ここはアラスカ、それとも北欧デショーカー。思い出しマスヨー、北欧でのあの激戦。私は義勇兵ボランティアとして参戦したんデス。デモ、悪辣な侵略者と戦う、それこそが軍人としての魂を震わせるものダッターノデース」


 そう言って、フリードは独り言ちる。

 これに乗じて、私も発言しようかとも思ったが辞めた。タコを見たと言うこともできるが、別に言わなくても、ここがどこかは伝吉さんの案内する場所に着けばわかることだろう。


「なんていうかよォ、なんとなくわかっちまった。意見、述べてもいいかなぁ?」


 それまで黙って、道を探していた伝吉でんきちさんが急に口を開いた。

 ほかの人たちも少し驚いたようだったが、発言を促す。


「聞いたことねぇかな? 深海って光がなかなか通らねぇんだ。それもさ、色によってどれだけ進めるかは変わってくる。どういうわけか、暖色系の色ほど深い海には届かないんだ。赤とか黄色とかな。逆に、青や紫は深海では比較的見えやすいってことになる。

 舞手井まいていさんよ、青か紫の光が見えたんだろ? これはまさしく深海で見える色なんだよ」


 意外と的を射たことを言う。

 なかなか面白い。私は彼の話に耳を傾けることにした。


「それとよ、空飛ぶ蛇ねえ。随分とファンシーなもんに思えるけどよ、もちろんそんなもんじゃないだろうなあ。ここが海だとすれば答えは簡単だ。露木さん、あんたはウミヘビを見たんじゃないかね。

 フリード神宮じんぐうさんよ、あんたの見たのもマリンスノーで間違いないだろ。実際には、雪じゃなくてプランクトンの死骸か何からしいけどな」


 それを聞いて、ほかの四人は一斉に窓に近寄っていく。

「確かに深海なのかも。そう思うと、こんな真っ暗な景色もロマンチックな光景なのかもね」

 そう呟いたのは露木さんだった。ほかの三人もどこか納得したような表情をしている。


「へえ、じいさん、なかなか詳しいじゃないか」

 透瓏さんが感心した。

「オー、マリンスノー。確かに、潜水艦乗りの友人が深海でそんなものを見たと言ってマシター」

 フリードは隙を見たのか、軍人としてのアピールを欠かさない。

「ふーん、確かにそう見えないことはないですね」

 頑固な降屋さんも納得しつつあるようだ。


「ついでだから言わせてもらうけどね。馬坂ばさかさんよ、あんたァ、さっきからちょっと変だよ」


 伝吉さんはそんなことを言ってくる。

 一体、何を言わんとするのか。私は冷や汗が流れそうになるのを必死で抑えた。


「変? どういうことですか?」


 私はポーカーフェイスでそう答える。


「自分でもわかってるんじゃないか。問題を見つけて、解決の筋道を見つけ出す。あんたはそう言ったよな。

 それがどうだい。俺の案内する場所に行けばわかるってよォ。おかしかァねえかい。

 だいたい、あんたの話はおかしかったよ。問題がどうだの言いつつ、俺やほかの人たちの話に野次を入れて、わけのわからねェ思い出話ばかり。それでどうやって問題を見つけるんだと思ったら、デスゲームなんてなかっただって。結局、それが結論なのかよ?」


 私は答えに詰まる。だが、詰まっている場合ではないだろう。どんなことであれ、しっかりと反論しなくてはならない。


「あのですね、きちんと問題は提示したつもりです。それがわからないのは……」


 話し始めた私を伝吉さんは制止した。ほかの四人も伝吉さんに味方しているように見える。その圧力が私に反論を許さない。


「まあ、言わせてくれや。わからないでもないのよ。あんたの言ってることはよ。

 あんた、要するにって言葉が苦手だって言ってたよな。だから、俺が代わりに要約してやらァ」


 そう言いながらも、伝吉さんは廊下を歩いている。足が悪いようで、その歩みは遅々たるものだが、確実に前に進んでいっていることはわかった。

 どうやら、道順がわからないから、それをごまかすために難癖をつけているという雰囲気でもない。


「あんたの言いたいことはいくつかあるだろう。

 まず、一つ目は、さっきも話題に出たけど、時間軸の問題だよなぁ。

 降屋さんはまだ核戦争を知らないで亡くなってしまっている。馬坂さんの事件も最近の出来事だったみたいだしな。

 逆に、俺は核戦争なんてとっくに通り過ぎた世代だからなあ。それについてはよくわかるんだ。ここの全員は同じ時間から来たわけじゃない。それは確定なんじゃねェかな」


 ここまで言うと、伝吉さんは一息つく。


「それで、二つ目なんだが、俺たちがどうやって、ここに来たのか、だよな。

 馬坂さん、あんたの話からすると、何か実験のようなことを繰り返されてたって話だったな。これからするとよォ、やっぱ未来人だか宇宙人の仕業って感じがするよなあ。

 やっぱクローンかな。記憶を受け継いでるのが妙だって話があるけどよォ、それは俺たちとは違うか科学力を持った連中なんだろ。そんなことは解決しているんだろう。それ以外だったら、アンドロイドに記憶だけ注入したとかな、そういうパターンもあるか。まあ、そうだとしても、大筋は変わらんよな。

 それと、これも重要なことだ。その記憶だが、どうやら複数ある、そう言いたいんだろ。舞手井の語りがほかの奴の記憶だって、あんた言ってたもんな」


 私の胸と背中から汗がだらだらと流れた。額からも一筋の汗が垂れてきている。

 伝吉さんの言葉からは嫌な感じがしてならなかった。


「三つ目だ。ここはどこかって話。俺は深海なんじゃないかって話したよなあ。

 それを裏付けるというか、補足するというか、馬坂さんの話の中にはそれらしいものがあるじゃねぇか。

 わかりやすいのは親子の話だったかな。子供が海の中で息ができなくなって死んでしまうというもの。これは海での話だよな。もう一つ、灰色の肌の子の話だけど、これには歩いたとか登ったとか、二本足で行動することを前提とした言葉がないんだよ。それに人間なら灰色やピンクの肌の奴なんていねぇだろ。これは何か別の生物での記憶なんじゃないか」


 この発言を聞いて、パニックを起こしそうになる。いや、起こした。

 そして、彼の推理とともに自分自身の記憶が完全につながったと感じる。最悪だった。思い出したくないことまで思い出した。

 本当に最悪だ。


「結論だ。俺たちは死んだ。それを生き返らせた存在がいる。単純に生き返らせたのかどうかはわからねェけどよ。

 そして、この場所が深海だってことは、もう人類の時代じゃあねえんじゃねえか。なにか海洋生物が知性を持ち、地球を支配しているんだろう。辺見や寄見ってのも、それに関係しているんじゃないのか」


 私は伝吉さんの言葉を聞き、思わず笑いだしてしまう。


「ハハハハハハハ」


 その笑い声で、伝吉さんの言葉は止まった。


「伝吉さん、あなたが名探偵だったんですね。当たっていますよ、だいたいのことは、ね。

 けれど、まあ、それ以上のことは、もうわかることでしょう。犯人に直接聞けばいいんですから。ほら、もう着いたじゃないですか」


 六人はその場所にまで辿り着いていた。

 廊下の行き止まりに、ほかの扉とは違い、灰色に塗装された扉がある。明らかに、ほかの場所との違いを感じるものだった。


「ここが何だって言うんだ?」


 そう呟きながらも、伝吉さんは扉を開ける。それに倣って、ほかの四人も扉の中に入っていった。私は最後尾になりながらも、その部屋に入る。

 いくつもあるカプセル型のベッドがあり、その奥に車椅子に乗った人影があった。寄見頑人よりみがんとだ。


「思ったより、早かったね。そうは言っても、君たちのことはずっと見ていたよ。

 実に興味深い、素晴らしい成果を出してくれた。賞賛に値する」


 今まで、私は寄見の姿を見たことがなかった。背中越しの声だったり、後光で姿が見えなかったり。

 その素顔がついに明らかになっていた。

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