現実からデスゲームへ
第三話 え? これからデスゲームが始まる?
電話をかけていた。
「どうも、コンサルタントの
え? あ、いや、それは根も葉もないことで……。いやいや、捏造なんですよ。メディアというものは本当に恐ろしいもので……。
いやいや、だから……」
――ツーツー
電話は切られてしまった。
世間の風当たりは冷たい。少し前まではコメンテーターだの、ニュースキャスターだのと脚光を浴びていたというのに、学歴と職歴と国籍と年齢と結婚履歴と整形遍歴に関する真実との乖離が明らかになっただけで、こうまで手の平を返されてしまうとは……。
それまでの顔を合わせての付き合いすらなかったかのように振る舞う人々が多いことに驚いている。ついつい、人間不信になってしまいそうだ。
だが、それでも私を信じてくれる人はいるはず。それを信じて、再度電話をかける。
「どうも、コンサルタントの馬坂です。ええ、ええ。ご無沙汰しております。
いやあ、そうなんですよ。メディアっていうものは根も葉もないことばかりで……。いやいやいや、本当にそうで……。小泉さんのようにご自身で判断される方が多ければ、世の中は良い方に行くんですけどねえ」
何回目の電話だっただろうか。ようやく、話の通じる人に出会えたのだ。
大きい企業から順に電話していったのだが、ついに零細の個人経営店に電話することになってしまった。しかも、零細の店ほど当たりの強い人が多い。なんだかんだ、コンサルとして力を尽くしたつもりであるのに、そのような態度を取られるのは悲しいことだ。
だが、中華料理八雲の小泉さんは親身な態度で接してくれた。こういう人は大切にしなくてはいけないだろう。人間にとって最も大切なことは信じることだといっていい。信頼関係だ。そのことを小泉さんは理解してる。
早速、アポイントメントを取ると、私は中華料理八雲に出かけていった。
「いやいやいやいや、どれも美味しいですよ。
私はズズズとラーメンを一息に啜り、スープを飲み干した。
「それに、この酢豚。黒酢が決め手ですよねえ。豚とパイナップルの組み合わせは苦手な人もいるんでしょうけど、八雲さんの酢豚だったら、食べられない人なんていませんよ。豚肉が厚くて、それでいて味が染みているし、パイナップルの下ごしらえもしっかりしてる。パインの甘さと酸っぱさが肉に新しい美味しさを与えています。この味わいは新感覚です」
酢豚もパクパクと食べる。ここのところ、ろくな食事をしていなかった。瞬く間に平らげる。
「それで、ですね。ひとつアイデアがあるんですがどうでしょう。酢豚ラーメン。これを出しているお店って、実はほとんどないんです。だって、ラーメンに合う酢豚を作れるお店なんてないんですから。
でも、八雲さんのこの酢豚なら一工夫すれば、物になります。この酢豚はラーメンと合わせられるものです。私が保証しますよ。これは話題になります。メディアからの取材も殺到するでしょう。
そうすれば、閑古鳥の鳴いている状況なんて、一時的なものに過ぎなかったとわかりますよ」
皿をつつく。もう酢豚の皿は空っぽになっていた。
「そうだ。餃子を持ってきてもらえますか。やっぱり中華料理店の売れ行きって餃子で決まるんですよ。餃子を食べることでできるアドバイスがありますから。
それに、ビールも持ってきてください。ビールに合う餃子かどうかが重要ですからね。それに、そうだ。紹興酒も持ってきてください。これも見過ごされがちなんですけど、中華料理店のファンになる人って、紹興酒を頼む人が多いんですよ。ここをクリアできると大きなアドバンテージです。餃子と紹興酒の組み合わせも見ておかなくてはなりませんよ」
今度は店の内装を見渡した。薄汚れた中華人形やら小物やらサイン色紙やらが飾られている。
「あとですね。気を付けたいのは、やはり内装ですね。店の雰囲気で来たくなる、来たくなくなるっていうのは、結構大きいんですよ。
私の知り合いに頼めば、格安でインテリア一式を揃えてくれるとこありますよ。どうです、思い切って頼んでみては。クレジット決済ですぐに対応できるんで、もう頼んでしまいますか。いえいえ、礼には及びません。小泉さんのお役に立てることがそれだけで嬉しいんですよ」
そう話しながら、スマホを取り出し、手続きの準備をする。
「クレジットカードでお支払いできますし、キャッシュレス決済でも構いませんよ。クレジットなら名義とナンバーを教えてもらえれば」
そう言った瞬間、いつの間にか周囲が真っ暗になっていた。座っていたはずなのに、暗い廊下を歩いている。手に持っていたはずのビールジョッキもない。
突然のことに困惑する。だが、それと同時に何かが事実であるかのように頭の中に響いた。
「え? これからデスゲームが始まる? 殺し合いをしなきゃいけないのか」
思いついた言葉を呟く。周囲には誰もいないというのに。
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