第二話 記憶の物語を求めているのか
次に意識を取り戻した時、私はもうベッドの上にはいませんでした。
椅子に座り、何か勉強といいますか、学習といいますか、話し方の練習をしています。それは発声練習でしたが、同時に言葉を覚えているところなのだと、自分でも自覚していました。
「あめんぼあかいなあいうえお、はい」
背後から
それはお手本だったのでしょうが、それ以上に、その言葉に強制力を感じました。私も同じように発声しなくてはいけないようです。
「あめんびょあかいなあいうえお」
寄見の声を真似て、そのまま声を発しました。いや、そのつもりだったんです。
でも、我ながら、どうも舌足らずな発音でした。別にふざけているわけではないのですが、発音というものはなかなか難しい、そう思いました。
しばらく、寄見の声に従って、発声練習をすることになります。
何度もこなすうちに、私はしっかりとした発音ができるようになっていきました。これなら学校にも行けるし、場合によっては仕事もできる。寄り見はそう言ってくれました。
ですが、ここにきて、また新たな難問が現れます。
「この釘は引き抜きにくい釘だ」
その発音は正確で、とても綺麗なものでした。私はそれを真似て、発声します。
それを聞いて、簡単な言葉だと思いました。寄見の言った通りの言葉を繰り返します。
「この釘は引きにゅきにゅくいきゅぎだ」
まったく正しく発音できません。噛み噛みでした。
いやいや、笑ってますけどね、そんな簡単じゃないですよ、これは。一回試しにやってみてください。ちゃんと発声できますか?
ふふ、噛んでるじゃないですか。意外と難しいんですよね。
私は何度となく言葉を発し、そのたびにどこかで噛みました。その事実に憤り、さらに言葉を発声します。そして、また失敗するのです。
ムキになって、もう一度、もう一度と挑戦しました。一回も成功しません。
ですが、寄見は言います。
「だいたい、わかったかな。手続き記憶は問題ないようだ。
問題の宣言的記憶だけど、覚えていることを話してくれないか」
まずは最初のテストは合格したようです。釈然としないものもありましたが、それでも、なんだかホッとしました。
ですが、次のテストの内容には戸惑ってしまいます。だって、私には思い出せるような記憶なんてなかったんですから。
あれ? さっきと同じことを話してるですって? まあまあ、落ち着いてください。また、別の話題ですので、違う結論になりますよ。
そうです。必死で何かを思い出そうとしているうちに、新しい記憶が蘇りました。
そう、私にはたくさんのベッドで寝ていた時の記憶がありました。一人で目覚めて、寄見とも会話しているのです。その時に交わした内容はもちろん覚えています。
記憶を手繰り寄せて話すと、淡々とした声でしたが、寄見は感心したような反応をしました。
「そんな記憶があるのか、それは奇妙なことだ。どこでそんなものが混ざったのかな。興味深い。とはいえ、それは私たちの求めている記憶ではない。
だが、大きなヒントにはなるかもしれない。お前の脳を調べさせてもらうかな」
その言葉とともに、私の座っていた椅子から電撃が放たれました。人間は大きな電源コードです。電撃は肉を伝い、骨に衝撃を与え、脳にまで達します。その強烈な痛みとともに、私の記憶は途切れました。
私は死んだのでしょうか。そんなわけないですね、ここにいますから。
ですが、皆さん、何か気づいたのではないでしょうか。
寄見は私たちに話をさせようとしています。それぞれの持つ宣言的記憶から紡ぎ出される物語を、です。
皆さんは話してくれました。きっと、それこそが寄見が望んでいたものなのでしょう。
これが如何なる理由によるものなのか。わかった方もいるのでは。
またそれ以上にどんな方法によって、そんなことを実行したのか。そして、そんなことを実行できるのは何者なのか。疑問に思いますよね。
皆さんも一緒に考えてみませんか。
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