第六章 馬坂熊猪知狼@自称コンサル
馬坂熊猪知狼の語り その一
第一話 まずは問題の発見、それから解決への筋道を
んー、私は
仕事はコンサルティングをしています。企業や店舗の再建が使命となる仕事です。
主にやることは、お客様のお仕事に関して、問題を見つけること、それを解決する答えを見出すこと。大きく言ってしまうと、この二つさえできれば、上手くいくといっていいでしょう。
それでですね、まずは問題点を整理させていただき、その上で解決方法を見つけることといたしましょう。
問題を見つけるのは、やはり一人で考えていてもダメなんです。だから、皆さんのお話を聞かせていただけるのは、本当に有意義でした。
最後のピース。というわけでもありませんが、私の話も少しだけさせていただきましょうか。私がここに来るまでの経緯を話させていただきます。
私が目を覚ました時、見知らぬ部屋にいたのです。そこは奇妙なベッドがいくつも並んでいる場所でした。いくつものベッドが並び、そのどれもが透き通ったケースのようなもので覆われており、その中は液体で満ちています。
そして、私もまたそのベッドで眠っていたひとりのようです。目を覚ますと、ベッドを覆っていたアクリルのような透明のケースが開き、起き上がることができました。
それほど、しっかり覚えているわけではありませんが、私のベッドには液体はなかったと思います。呼吸に困っていませんでしたから。
「経過は順調なようだね」
その時、声が聞こえたんです。抑揚のない平坦な声でした。私はその声のした方向に振り返ります。
その場にいたのは車椅子に乗った男でした。黒い髪に白い肌、つぶらな瞳をした青年です。私にはそういった趣味はないのですが、それでも可愛らしい青年だなと思いましたよ。
「あなたは?」
思わず、質問していました。
これはコンサルティングを仕事にしているものの職業病かもしれません。疑問に思ったことは、ついつい質問してしまうんです。
その青年はどこか不思議な雰囲気を持っています。それはどこから来るのでしょう。どこか知的で、どこか冷酷、それでいて癒されるような空気も纏っていました。
「もう会話ができるんだ。これは驚いた。
私は
研究室……。なぜ、私がこんな場所に来て眠っていたのでしょう。コンサルの仕事で来たわけでもないはずです。
それに、寄見のことは青年だと見えていましたが、そんな若さで研究室の責任者なんて務まるのでしょうか。そう思ってみると、寄見は中年のようにも老年のようにも見えます。不思議な感覚でした。
疑問が幾重にも浮かび、かえって言葉を失ってしまいました。無言のまま、時間だけが過ぎていきます。
「記憶はあるかい? 覚えていることはなに?」
寄見は私にそんなことを聞くんです。
その言葉にはとても戸惑いました。絶句してしまったんです。この時の私には覚えていることなんて何もなかったんです。
今は違いますよ。全部覚えています。自己紹介もできたじゃないですか。馬坂熊猪知狼、47歳、在住はフランシスコですが、日本で仕事していることも多いです。
でも、この時は本当に記憶がなかったんですよ。寄見の質問を聞いた途端、パニックに陥ってしまったんです。心臓が急にズギンズギンと痛み始め、呼吸することさえ難しくなります。痛みと呼吸困難で苦しくなり、思わずうずくまりました。
「まだ早かったか。それとも、早熟なだけで出来損ないだったのだろうか。
一応、少しだけ様子を見るか」
そう言うと、私をベッドに寝かせると、透明のケースを閉めました。ケースが閉まると、何やら液体が充満してきます。
焦りました。このままでは窒息してしまう。
私は気力を振り絞って、ケースをバンバンと叩きます。当然のことですが、そんなことで壊れるようなものではなく、開くこともありません。
そうこうしているうちに、液体は口元に迫ってきています。そうでなくても、心臓の痛みで呼吸が困難なんです。このまま私は死んでしまうのでしょう。覚悟を決めて目を閉じました。闇の中で時が過ぎるのを待ちます。
ですが、液体がベッドの中を満たしても、私は生きていました。むしろ、液体が体内に入ってくることで調子がいいのです。心臓の痛みもいつの間にかなくなっていました。
「なるほど、状態を理解した。やはり失敗のようだ。処分するしかないな」
その言葉とともに、寄見はベッドに備え付けられている装置を操作します。その行動によって、何らかの薬品をベッドの中の液体に混入させられました。
その薬品が体内に吸収されるのを感じます。途端に、私に眠りの快感が襲ってきました。その感覚は甘美なものでした。春先に暖かい布団の中で微睡んでいるような、今が朝だと理解しても、目覚めたくないと思うような、あの感覚です。
私はそのまま溶けるように意識を失っていきました。
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