第五話 クセモノタチトノ邂逅ヲ果タセ

 俺はクソジジイだ。それは自覚している。だが、それが有利に働くこともある。


 若い奴らはジジイを見縊みくびる。耄碌もうろくした奴だ。身体にもガタが来ている。こんな奴はどうとでもなるだろう。

 それでいて、逆らうことには抵抗がある。なんだかんだ、老人を敬う気持ちは染み込んでいるのだ。

 その二つの感情を利用する。


「おう、俺は尾野寺伝吉おのでらでんきちってもんだ。見ての通りのジジイだよ。

 ここは、なんかおかしいよなあ。人殺しを肯定するような電飾があるしよぉ。そんでさ、実際、死体見たんだよぉ。女の人だったんだけどね。30~40代くらいの人だったかなぁ。

 真に受けてなのか、なんなのか、本当に殺しをやってる奴がいるかもしれねぇ。何かの縁があって集まったんだ、お互いに情報交換といかねぇかい?」


 俺は先陣を切って話し始めた。「死体」という言葉を発した時点でざわざわと動揺が見える。

 お互いがお互いの顔を見合わせていた。疑心暗鬼になったのだろうか。


 この時点で、少し「しまった」と思っていた。情報を提示するのが早すぎただろうか。

 いや、まず重要なのは場のイニシアティブを取ることだ。少々不利な情報を出したところで、どうとでも挽回できる。自分を信じるんだ。


「死体って、これ本当にデスゲームなんですか?」


 地味な女が声を上げた。心底、この状況に恐怖しているように見える。

 それは俺も同じことだ。だからこそ、怯えていることを察せられてはいけない。できるだけ自分に優位に立ち回らなくてはならないのだ。


「ふん、バカバカしい。日本はね、法治国家ですよ。その日本でデスゲームだとか、殺し合いだとか、できるわけがない。すぐに、明るみに出て、関係者全員お縄ですよ。そんな簡単なことも……。

 って、あんた、そ、それ!」


 得意げに語り始めたのはチャラ男だったが、何かに気づいたのか、急に怯えた表情を見せる。

 俺を見ているのか? いや、少し下の方か。

 自分の足元を見る。靴に血がベタベタとついていた。


「それ、死体の血じゃないの? おじいさん、そのままで来たの?」


 そう発言したのは派手な女だ。やはり表情に脅えが見える。だが、どこか気だるげで抑揚の少ない話し方だった。

 しかし、これはかえって好都合かもしれない。死体があったと証明をする手間が省けるというものだ。


「オー、ホワッツジャパニーズ! デスゲームってなんデースカ。祖国イターリアにも、アメーリカにもアーりませんデーシタ」


 軍服の男が声を出した。それは外国人の発する拙い日本語……の真似をする日本人のものだ。インチキ外人というかエセ外人というべきか、頭のおかしい話し方をする。

 こいつは何をしたいんだろう。理解不能だ。


「んー。おじいさんの言っていることは本当のようだ。

 我々が考えるべきことはだねぇ、この状況をどう打開するべきかということ、だねぇ。そのためには、まず結託すべきだよ。まずは自己紹介をしてみてはどうだろう」


 これは、落ち着いた雰囲気の大男のものだ。その発言にはどことなく説得力が感じられる。声質に包容力があるのか、ジジイの俺でさえ聞いていて心地良いものだ。


「俺は名乗ったよな。尾野寺伝吉だ」


 大男に主導権を奪われるのも癪だったが、ひとまず名乗っておいた。


降屋麗子ふれやれいこです。イラストレーターをしています。

 あ、あの、皆さん、これ、本当に殺し合いとかにならないですよね」


 地味な女が名乗る。ほかの連中に比べて、怯えの色が強い。こういう事態への耐性が低いのだろうか。それとも……。

 いや、疑ってばかりでも埒が明かないか。


舞手井透瓏まいていとおる。弁護士だ。法的な問題については頼ってもらっていい。こんなこと、絶対に許されないからな」


 これはチャラ男だ。さっきまで脅え切っていたのに、また強気に戻っている。周囲の目を気にするタイプなのだろうか。若いころの俺に似ているようにも思う。


露木新つゆきあらたです。OLしてます」


 派手な女が名乗った。水商売の女かと思ったが、違うらしい。いや、この女が本当のことを言っているとは言い切れないか。


「フリード・神宮じんぐう・シーヴルズ、イイマース。アメーリカの海兵隊所属、階級は将軍デアリマース。

 イタリア貴族の末裔で、日本人の血も混ざってマース」


 軍服の男は相変わらずなり切っている。こんなことを繰り返すのは彼なりにメリットがあると考えているのだろうか。


「んー。次は私ですか。

 馬坂熊猪知狼ばさかくまいちろう。ご存知の方もいるかもしれませんが、実業家でコンサルタントもしています。

 根も葉もない噂が飛び交ってますが、全部ウソですので、お気になさらずに。

 細かい話はこれから順番に話していくといいと思うのですがぁ、皆さんはそれでいいでしょうか」


 大男が名乗った。

 馬坂! これには聞き覚えがあった。確か、以前にニュースキャスターとして脚光を浴びていた男だ。俺はそんなことに興味がないのでほとんど覚えてないが、随分と派手な振る舞いをし、その後、瞬く間に消えていった。そんな印象があった。


 俺は馬坂の言葉に頷く。そして、話し始めた。


「馬坂さんの言う通りだ。それぞれの証言にまずは耳を傾ける。その上で、判断しようじゃないか。

 死体を見てるのは俺だし、一番は俺に取らせてもらっていいか」


 だが、この時、俺はまだよくわかっていなかった。俺の口から湧いて出た、ハッタリとデマカセの数々がとんでもない事実を明るみに出そうとは……。

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