現実からデスゲームへ

第三話 ココカラ先ハ殺シ合イガ始マリマス

 全身の節々が痛い。ただ歩くだけのことが、こんなにも困難になったのはいつからだっただろう。

 痛みに耐え、痛みのない歩き方を必死で模索する。それだけで、どれほど歩みが遅くなるのだろうか。左足をできるだけ動かさないように前へと出す。すかさず、杖を前に出して、全身を支えた。

 これでも、激痛が走る。それを抑えるために一度立ち止まった。


 若い男が抜き去っていく。その表情はどこか苛立たし気なものだった。

 そのことに感じるものがないではないが、責める気にもなれない。俺も若いころはそうだった。足の遅い老人に道を塞がれると、カッカしながら先を急いだものだ。

 そう思うと、自嘲気味に笑みがこぼれてくる。


 こんなことになったのはいつからだろう。

 ただ、スーパーに向かう道を必死で歩きながら、俺は過去を振り返った。


 若いころはイケイケだったはずだ。

 中学校を卒業すると、先輩に誘われるままに暴力団の事務所に入った。腕っぷしに自信はなかったが、実際には切った張ったの争いが起きることはあまりない。暴力よりも、いかに虚勢を張るか、口先で相手を弄するかのほうが重要だ。それは俺の得意分野だった。

 異例のスピードで出世し、重要な役割に就いた。何人かの部下を率い、仕事をまとめることになる。


 任されたのは、老人たちに片っ端から電話をかけ、息子のふりをして金銭を要求するというプロジェクトだ。この時期には「オレオレ詐欺」として流行り始めていたため、警戒する老人たちも多い。とはいえ、騙されやすい連中というのはいるもので、数日に一度は引っかかる奴が出てきた。それだけで、部下たちともども余裕をもって食っていけるだけの収入になり、団への上納金を支払うことができる。

 だが、俺はそんな成果では満足できなかった。


 個人情報の束を眺めながら、俺は計画を考える。

 家族と思われる老人とその息子の電話番号を見つけることができた。まずは息子にしつこく着信をかける。嫌がらせのように電話をかけ、出たらすぐに切った。それを何度も繰り返すと、息子は電話の電源を落としたようで、電話がかからなくなる。

 その後、老人に電話をかけ、息子に成りすまして金銭を要求した。交通事故を起こして今すぐ示談金が必要だと伝える。また、手持ちの携帯電話は事故で故障したため、連絡はこちら側からしかできないと話した。老人は訝しがるが、息子の携帯電話が実際につながらないため、こちらの言い分を信じるようになる。


 このやり方は予想以上に効力を発揮した。瞬く間に業績が上がる。

 だが、やがて問題が起こった。別の暴力団の連中がこのやり方を真似し始めたのだ。しかも、それで失敗したせいで、俺の考えた商売のやり方が報道され、世間に広まってしまう。せっかくのスキームが台無しにされ、俺は気分が荒れた。

 しばらくして、なぜこの方法が流出したのか判明する。電話係として雇っていた小僧が、よその暴力団にタレこみ、その手法を漏らしたのだ。気づいた時には小僧はその暴力団に移ってしまっていた。


「あの野郎、舐め腐りやがってよぉっ! 目にもの見せてやるぞ、ド畜生がぁぁっ! クソガキが! 五体満足でいられると思ってんのか、コラァっ!」


 俺はいきり立つ。そして、先輩に相談に行き、パクリ野郎の暴力団にカチコミに行くよう話をつけた。

 先輩が兵隊を集め、俺も部下たちを引き連れ、敵対する暴力団の事務所を囲んだ。


「おう、お前を男にしてやる。伝吉でんきちよ、先陣切ってこいや」


 先輩が俺に向かって声をかける。それに対して、「へ?」と間抜けな声が出た。

 俺はカチコミはおろか、正面からの殴り合いなんて一度だってやったことがない。今回だって、ほかの奴らが暴れている間、後ろから一仕事した感だけ漂わせようと思っていた。

 それが「先陣を切れ」だと。そんなのは無理だ。


 しかし、とっさのことで、上手い言い訳も思い浮かばないうちに、暴力団の事務所から暴力団員と思われる目つきの悪い、体格のいい連中が次々に出てきた。そいつらは俺たちに眼をつけ、まさに一触即発の事態だ。

 先輩は俺に早くいけとばかりにけしかけようとするが、もはや恐ろしくて恐ろしくて、それどころではない。俺は一目散にその場から立ち去っていた。

 振り返ると、団の奴らの気勢がガタガタに削がれているのがわかった。そして、「芋じゃ芋じゃ」とざわめきが起こり、一崩れに解散する。


 それからの日々は惨めだった。暴力団に俺の居場所はない。

 与えられるのは簡単な仕事ばかりで、俺の提案に乗ってくるものは誰もいない。ただ飼い殺しの日々が続いた。

 それにも耐えられなくなり、事務所の金を盗んで高跳びする。しばらく海外で暮らしたが、金がなくなり、日本に戻ってきたところで、暴力団の連中に見つかった。半殺しに遭い、絶縁を言い渡され、その地域では暮らせなくなった。


 あの頃は若かったもんだ。今なら、もう少し上手くやれたのにな。

 そんなことを考えながらも、どうにかスーパーに辿り着いた。自動ドアが開き、俺は店内に入る。


 やけに薄暗かった。そして、狭かった。

 いつの間に改築したんだ。そう思いつつ、暗くて狭い通路を歩く。

 ふと、急に目の前の電光掲示板がチカチカと輝き始めた。目が慣れると、文字が飛び込んでくる。


「ココカラ先ハ殺シ合イガ始マリマス 生キ残ッタ一人ダケガ帰レマス」


 文字が大きいため、老眼鏡なしでも読むことができた。ありがたい。ほかの店も見習ってほしい。

 だが、内容が随分と剣呑だ。一体、どういう趣向なのだろう。


 それにしても、なかなか売り場に辿り着かない。俺が年を取って耄碌したせいか。それとも、すでに認知が歪んでいるのか。


 少し焦りながらも、先へと進む。すると、通路が水浸しになっている。

 掃除すらちゃんとやっていないのか。

 怒りが沸いてきていた。こちとら老人だ。滑って転びでもしたらどうなると思っているんだ。


 だが、様子がおかしいことに気づく。

 強烈な鉄の臭いが漂っている。こんな臭いのする場面には何度か立ち会ったことがあった。

 これは血の臭いだ。そして……。


 チクチクと痛む首をどうにか動かして、周囲を見渡す。

 果たして、通路の奥には死体が転がっていた。

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