大きなもの

サブレ

第1話

「家族に看取られて死ぬとかいいよね」

「いやいきなり何いってんの、キモいし」

 さくらが突然死ぬとか言い出して、それにチエがツッコんだ。

「いやキモくはないでしょ。うちらもいつかは死ぬんだし、そういうの考えてもいいじゃん」

 割と真面目な顔してさくらが反論した。チエはえーっ!?と小さく叫んだ。

「死ぬけどさぁ、まだJKよ?花の女子高生ってやつよ?なのにいきなり死ぬとか言われてもさぁ。うちのおばあちゃんだって80いってっけどまだまだ生きる気まんまんよ?」

 チエは「よ?」と溜めてから言い終わって、ため息をついてから、ジュースを飲んだ。ストローがずごごっと音をたてた。

 さくらも同じようにジュースを飲んで、いやさあ、と続けた。

「こないださあ、重くんとこのおじいちゃんが死んだって言ってたじゃん。で、なんか家族に看取られて…なんていうの、大往生?だったってさ、それで重くんは『じいちゃんも喜んでる』とかって言ってたわけ。どうせ死ぬならそういうのがいいじゃん」

「あたしはそもそも死にたくないわ」

「いやそれ無理ゲーでしょ。死ぬし」

「いや、あたしは科学の発展にかける。ずっと生きてずっと楽しくやる」

「かけるっつって他力本願なのウケるんだけど。ちえり文系じゃん」

 さくらが手で口を隠しながらふふっと笑った。ちょっと感じ悪いけど、いつものことだ。

「いやそんなマジになられても困るんだけど。そういう系の話じゃないじゃん」

 チエはちょっと怒ってるっぽかった。そんなむきにならなくてもいいのに、と思った。

「吉野もなんか言ってよ」

 まただ。いつもそうだ。チエはさくらに負けて助けを求めてくる。今回もニヤニヤしているさくらから逃げたくて仕方がないんだ。

「そうだよ、黙ってんのお前だけだぞって」

 さくらもチエに乗っかってきた。

「いやー、私はちょっと、そういうの、まだわかんないかな」

 どちらの味方にもならない答えがまだ思いついていない。たぶん、ちょっと難しい。

「私はなんていうか、ダラダラ生きてるだけだし。チエが死なずに生きるって言ってるのは、やりたいことたくさんあるからじゃん? 私はそういうのないから、さくらみたいにどう死ぬかって考えなきゃなんだけど、まだちょっとわかんない」

「さすが吉野。わかってるじゃん」

 さくらがさっと入ってきて、話をつなぎ始めた。

「まあね、私もまだ全然死にたいとか思ってないよ。それは当たり前でしょ。でもねー……重くんから話聞いて、なんかパっと浮かんじゃったのよ。病院のベッドで子供や孫に囲まれて幸せそうな私がさ」

「旦那は?全然関係ないけど」

「何か旦那先に死ぬらしいよ。お母さんが言ってた」

「ふーん」

「ふーんて、お前が聞いてきたんだろってっ」

 さくらが変に抑揚をつけて大げさに突っ込んで、それから大口を開けながらあははと笑った。もう突っ込んでる途中からおかしくてしょうがないって感じだ。チエもつられてちょっと笑っていた。

「ま、とにかくそういうこと。私だってなにか考えてるわけじゃないんだけどね。でも死なない!よりはマシでしょ」

「それなんかディスってない?」

 チエがちょっと眉をひそめながら言う。

「だって死にたくないのは大前提でしょ。でも、じゃあ、どうすんの?って話じゃん」

 当たり前でしょ、とでも言いたそうなさくらの顔。一方のチエは段々と白けてきてるみたいだ。

「いや、話は分かったけどあたしはそのままでいい。永遠の命にかける」

「ウケる」

「ウケてろ」

「じゃ、吉野は?吉野も永遠の命にかける?」

「そんなわけないでしょ…」

 ちらっとチエを見た。もう味方をしなくても大丈夫そうだ。適当に流して別の話題に移ることに決めた。

「まあ、あたしはどう死にたいとかはないんだけど、うーん…眠ったまま死ぬのだけは嫌かな。眠って意識なくなって、意識ないまま死ぬより…ちゃんとこの世にお別れしたいかな」

 それでさあ、と言いかけてチエとさくらの顔を見ると、二人ともちょっと引いてる顔をしていた。

「え…吉野ガチじゃん」

「ちょっと私偉そうにちえり煽っちゃって恥ずかしいんだけど」

 二人ともちらりと視線を合わせてから、また吉野を見つめた。

「いやあー…ちょっとうちらはそういうのわかんないわ」

「ちょっと、やめてよ。全然そんな考えて喋ったわけじゃないんだって」

 チエはともかく、さくらのこの反応は予想していなかった。大したことを言ったつもりではなかったのに、難しいものだ。どうにか言い訳するしかない。なんでこんな変な話題で言い訳なんか…と吉野は悩んだ。

「いやなんかね、聞いたことあるんだけど、意識ないまま死んでさ、死んだって気づかないことがあるんだって。で、死んだのにそのまま普通に学校行って、授業受けたり部活してたりするんだって」

 二人ともまだ黙っている。ここからどうにかして空気を戻さないと。

「いやだからさあ、そういうのよくあるのよ」

「え、現実に?」

「そんなわけないじゃん。漫画とか映画とかによ。死んだのに気づいてないとか死んだ後も同じ生活を繰り返すとか、もうあるあるの域よ」

「あーびっくりした」

「何が」

 チエがストローをくわえて飲もうとした。けど、音も立たずにチエのほっぺただけがきゅっとへこんだ。すぅーっという吸引音だけがうっすら聞こえた。

「あたしねーまたこれかあ、って最近よく思うのよね。また学校終わってフードコート来て、ちょっとだべって終わりかあって。なんか、吉野の話がそれにあってたから、なんか怖いなーって」

「ちえり真面目じゃん」

「おう」

「何そのテンション」

「うるせ。まあ、そういうのがあるならちょっと読んでみようかな。今なら若干興味ある。吉野、後で教えてよ、漫画ね」

「いやわたしもあんまり知らないし…『実は死んでる』とかで調べたら出てくるんじゃないの」

「じゃあ調べてなんか読んで、ちょっと勉強するかー」

「あたしらは大丈夫なの?」

 さくらが唐突にぽつりと言った。ほかの二人は何が?という顔をしている。

「いや、あたしらは大丈夫なの?あたしらは死んでなくて、ちゃんと生きてるの?」

 唐突ではないけど吉野には答えようがない。チエはたぶん、何を言ってるかすらわからない。

「え、ちょっとさくらどういうこと?あたしら、今こうやって生きてるじゃん」

「ん、いやだから、こうやって生きてるのが本当かどうかわかんないって話でしょ。そうでしょ、吉野」

「それはそうだけど…」

 とはじめは困惑したものの、さくらのちょっといたずらっぽい表情を見て察した。

「そうだけど…いやそうだから、そうね。実はもう死んでるのかもねー…」

 と言いつつチエの方を見る。かなり渋い顔をしている。ちらりとさくらを見ると、思った通りニヤニヤしている。

「うーん、たとえば昨日の帰りのバスかなー。実はあれが事故って死んでるのかもね、わたしたち三人、全員…」

「え、何やめてよ」

「やめてほしいの?いやーやめないよー!」

 そう言って吉野はチエの脇腹をくすぐった。これで空気は元通りだ。

「ちょっ、やめ、やめ、て、よ、吉野」

 くすぐりに弱いチエが弱弱しく反抗する。

「チエが怖がるのもわかる気がするけどさ、そんなこと考えてもわかんないじゃん。ていうかこんな空気になったの全部さくらのせいだからね。なんか最終的にわたしに押し付けた感じだけど」

「それはそうだけど、ちえりをいじれたからよし!」

 腕組みして、口をきゅっと結んで満足そうに頷いた。

「まーねー、吉野の話聞いて思ったけど、死んだことわかんないなら、やっぱわけわかんない状態で死ぬのはごめんだわ」

「じゃあ吉野が優勝?」

「優勝とかないでしょ。そういう話じゃないじゃん」

「でもあたしもわけわかんない状態で死ぬのは絶対イヤ」

「まあまあ、何が一番嫌かって話ならそれでもいいけど。じゃあ、これで終りね」

 だから私は彼女たちに向かって足を踏み降ろした。

 突然天井が崩れて轟音とともに三人は下敷きになってしまった。いや、三人だけではない。ここにはもっと大勢の人がいた。

 多くの命が失われてしまった。

 残念だ。残念だ。非常に残念だ。

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