第176話 井の中の蛙大海を知らず!
――――――。
「――???」
ほんの一瞬。近くの揺れた草に意識が少しだけ逸らされた時だった。時間にすれば1秒……いや、0.5秒か。
刹那。もう一度2人のいる場所に目を向けると――そこには何も見えなかった。
砂煙。それともただの煙。黒煙か。火花のようなものも見える。
音……音か。ヘキオンは思わず耳を塞いでいた。これは脊椎反射。大きな音を聞いたせいで、思わず塞いでしまった。
まるでライブ会場。それとも飛行機が飛び立つ時くらいの音。心臓まで震える。
今までとは訳が違う。見たことない景色。ヘキオンよりも数段。数十段も上。遥か先の格上の景色。
カエデは「いい機会」と言っていた。バクストンは「戦い方を見て学べ」と言っていた。
「……」
学ぶ。その次元にすら到達していない。というか見えない。そんなレベル差であった。
青色の球体と茶色の球体。混ざり合いながらダンへと放たれる。
「
「――ぬん!!」
泥だ。土と水が混ざっている。それがとんでもない体積でダンに向かって放たれていた。
その大きさはヘキオンの
ダンがハンマーでそれを粉砕。半分は水なのに粉砕とはよく分からないが、とにかく粉砕。
分かっていた。そうと言いたげな顔のヘレナは直ぐに次の魔法の展開。
白と黄の球体。混ざりあって槍となる。数え切れないほどの量。一つ一つの大きさは一軒家をも超えるくらい。
雨。天の川。夜空に浮かぶ星。まだ昼で明るいのに、その槍が星のように美しく見える。
狙いはダン。たった1人のドワーフ。小さい街なら粉々にできそうな魔法が放たれた。
「どっぜぇい!!!!」
ハンマーを地面に叩きつける。
「うわぁ――!?」
「ほんとにあのドワーフ歳とってんのか……!?」
地震。確かに大きいハンマーだが、まさかたった1つの生物が自力で地震を起こすなどヘキオンは考えたことがなかった。
そんな力で地面を叩けば崩れるのも必然。砕けた地面の破片は空中から飛んでくる槍に向かって飛ばされていった。
一つ一つの衝突が爆弾以上。
「凄い……」
言葉を出す。隣にいるバクストンにすら音は届かない。
そして考える。ヘレナのレベルは195。ダンのレベルは189。圧倒的。現在のヘキオンのレベルは62。上がってはいるが、到底及ぶものではない。
(――カエデさんはこの人たちよりも遥かに強いんだ……)
カエデのレベルは9999。途方もない数字。人生を賭けても到達することはできない。
ヘレナは何歳生きているのか。ドワーフは何歳生きているのか。分かりはしないが、確実にカエデよりも永く生きている。
なのにカエデは2人を凌駕するレベルを得ている。
何故。どうやって。考えても分からない。
叩き。
放ち。
防ぎ。
動き。
避け。
追撃。
目の前で行われている戦い。今のヘキオンが混ざれば何分……何秒持つか。
それほどまでに力の差は大きい。たった100レベル違うだけでもここまで次元が違う。
(……なんでカエデさんは私と旅をしてくれてるんだろう)
弱っちい自分を。今のカエデなら世界を統べることすらできそう。レベル9999とはそれほどの力だ。
なのに弱い自分と旅をしている。宝の持ち腐れではないのか。
目の前の戦いはさらに熾烈を極めていた。もはや災害。一般人から見たら天変地異が起きているのかと錯覚する。
立っている大地もどれほどもつか。シールダーもいつまで貼り続けられるのか。展開している兵士の額に汗が滲み始めていた。
しかしヘキオンでは「手伝おうか?」と言うことができない。ヘキオンのウォーターウォールは一瞬で壊されてしまう。
この場において1番無力で弱いのがヘキオンだ。バクストンはもちろんヘキオンよりも強いし、着いてきていた下っ端の兵士ですらヘキオンよりもレベルが高い。
高い高い壁。弱いくせに無鉄砲。アネージュもおそらくヘレナやダンの領域にいる。自分は?下層も下層。地の底だ。
井の中の蛙大海を知らず。頂点を知っていただけのヘキオンにこの言葉はピッタリであった。
続く
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