第31話 雷の裁定者!

『……あぁそういえばまだここにエルフがいたな』


ゆっくりとクエッテに体を向ける。


クエッテは恐怖のあまり動けなくなっていた。ヘキオンと違い、今まで自分より圧倒的に格上の相手とは戦ったことがない。更にその格上の相手が自分に殺意をむきだしているのである。


『抵抗すると更に苦しむことになるぞ……と言っても、抵抗する気はないとは思うがな』


ゆっくりと。まるで王者のように近づく。王者の余裕。戦う前から戦意喪失している相手に本気を出すことは無い。そう行動で伝えてるようだった。


死の恐怖。それすらも薄らぐほどの威圧。こんなやつには勝てない。そう確信すると、不思議と恐怖は和らいでいた。どうせ勝てないのなら抵抗する必要は無い。


クエッテが目を瞑った。その死を受け入れてるようだった。まるで天使がお迎えに来た時のようだ。


さもそれが最善の策のように。

さもそれが幸福であるかのように。

さもそれが1番いい選択であるかのように。


クエッテは雷の裁定者による審判を受け入れた。










「――アクアミサイル跳水蹴り!!!」


麒麟の頬にヘキオンの足がめり込んだ。先程までは触れることすらできなかった麒麟の体に僅かな痛みを与えることができた。



水の推進力。手のひらから水を高圧噴射させ、その推進力を使って麒麟に蹴りをいれた。場合にもよるが普通に蹴るよりも威力はかなり高い。



両手両足を使って反動を抑える。地面に跡をつけながら地面に着地した。


見た目だけ見るならダメージは残っていない。だが驚きはしていた。最強と思っていた自分が不意打ちとはいえ攻撃を受ける。初めての経験だ。



「やっと……まともに触れられた!」


嬉しそうに微笑むヘキオン。さっきの攻撃で少し体と服に傷が付いている。


『……』


驚き。驚きからか動けずにいる麒麟とクエッテ。




「クエッテ!」

「――え」


意識が飛んでいたクエッテを声で叩き起こす。


「近くのダークエルフの村の人を避難させてきて!多分ここら一帯消し飛ぶ可能性があるから!」

「え……あ……」

「私が時間を稼ぐから!……速く!!」

「う……うん!」


檄を飛ばされたクエッテは、ダークエルフの村に向かって走っていった。







両手に水を纏わせ構える。未だ闘志は消えず。やる気はまだまだ満々だ。


それに対してまだ動かない麒麟。


「……ん〜?どうしたの?……もしかして痛かった?」

『……』

「じゃあちょっと手加減してあげよっか?」

『……まれ』

「私程度の攻撃を受けるようじゃあ……エルフを皆殺しにするなんでできないと思うよ。大変だと思うけど――」

『黙れ……!』







雷が麒麟に向かって落ちてきた。蒼白い光が麒麟を包み込む。



「っっ――ウォーターウォール水の壁!!」


地面に手を叩きつけ、水の厚い壁を目の前に作り出した。地面から流れてくる雷を水の壁で防ぐ。バチバチと雷撃が壁に弾かれる。




「――ふぅ……」


雷撃が無くなり水の壁を解除した。



麒麟の纏っていた雷が大きくなっている。辺りを漂う雷が地面を叩き、痺れる空気がヘキオンの肌を痺れさせていた。


毛は逆立ち、浮き出る血管は太くなる。黒かった角は蒼白く染まりゆく。ただでさえ筋肉質だった体は更に大きくなり筋肉が大きくなった。まるで戦車。重機関砲だ。


『こうなるともう手加減はできんぞ……』


轟く雷鳴。歪む空間。かかる重圧。吐かれる白い息。


ヘキオンはもう一度大きく構えた。









灯火の洞窟エンバースファイア。宝玉をはめ込んだ村長とザッシュが居た。


「ははは……はははははは……ははははははは!!!!」


大きく笑う村長。狂気、悲しみ、絶望、怒り。様々な感情が混ざった笑いだ。


「ぐぐ……つっ」


ザッシュは立ち上がろうともがいている。まだまだ麻痺は溶けてなどいない。その理由は懺悔からか、クエッテへの心配からか。



「ははは!……はぁ……。もういい。もういいさ。もう十分だ。私の目的は果たされたも同然だ」


ギロリとザッシュを睨みつける。殺意の籠った悲しい目。


懐からナイフを取り出した。ボロボロの石のナイフ。年季が入ってるのが見ただけで分かる。


「……これで終わりだ。お前も……私も……!」


ナイフを振り上げた。灯りに照らされても暗い色のまま。その暗さは悲しみを誘い出している。


指を握りしめて立ち上がろうと動く。まるで重力が大きくなったかのように動きがたどたどしい。それでも立ち上がろうとしている。なんとかして動く。


「……っああ!」

「すまない……」


ナイフがザッシュの首元に振り下ろされた。










「――そりゃ!」


地面からカエデが飛び出してきた。


「!?!?」

「!?!?」


反応する暇もなさそうだった。反応を表すのなら「!?」だろう。驚いている表情のテンプレみたいな顔をしている。



地面から出たカエデは村長の持っていたナイフを蹴り飛ばした。攻撃を受けたのにも関わらず未だ唖然としている村長。


「な……なんで……お前……」


湧き出てくる質問を声に出せずにいるザッシュ。


「なんでって……お前に落とされたところから掘り進めてきただけだけど」

「いや……だって……そんなの……」

「耳がいいからね。お前の動く音を拾ってここまで来てやったんだぞ」


それでいけるのかは疑問である。人間としてのレベルを超越しているとしか思えない。



「なぁ村長」


固まっていた村長の体がビクリと跳ねる。


「あんたのその行動。死んだ娘や嫁さんは喜ぶのか?」

「な……何も知らないくせに。何を言う!」

「ダークエルフを殺すのは勝手だ。……殺されると俺は困るが」


ゆっくりと村長に歩み寄るカエデ。


「自分の同種であるウッドエルフまで殺そうとして……それを死んだ2人の前で宣言できるか?」

「そ、それは……」

「お前がやれることはあんたがやろうとしていたことを達成することだ。あんたは言ったよな。『ウッドエルフとダークエルフが一緒に暮らせるようにしたかった』ってな」

「……」

「憎むのは分かる。嫌なのも分かる。……だが殺すのはあんたの嫁さんと娘を殺したヤツらだけにしろ。自分勝手な復讐に他のヤツらを巻き込むんじゃない」


村長が涙をポトポトと流す。せき止められていた感情が決壊した。






「ザッシュ」

「……なんだ。殺すのか?」


フラフラと立ち上がるザッシュ。麻痺はマシになっているようだ。


「それは後にしといてやる。今はクエッテとウッドエルフを守ってこい。外で麒麟が暴れ始めてる」

「俺が……行ったところで……」

「お前は麒麟と戦ったことはないだろ。やってみなくちゃわからん。それにエルフがやったことはエルフで終わらせろ。今回俺は動かないぞ」

「……そうだよな……わかった。せめてもの懺悔だ」


ザッシュは覚悟を決めた。その目には心の中を表したかのように熱いものが見えている。



「……エルフの問題はエルフで解決しろ……と言ったが、ヘキオンは別だ。ヘキオンが更に強くなるために麒麟を使わせてもらう」


木の棒を握りしめるカエデ。


「さて、ヘキオン。ここからどうする……」












続く

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