第30話 目覚めてしまった!

麒麟の黒い角が蒼い光を帯びてゆく。電気の塊がまるで刀のように固まり、角に纏わせられた。


顎を仰け反らせる。電撃は天に貫くほど一気に大きくなった。それは天から降り注ぐ灯りのように美しい。……が、そんなことを言ってる場合でもない。



「やばっ――」


動けずにいるクエッテを蹴り飛ばし、雷の剣の斜線上から脱出する。



その刹那。天に掲げられた雷の剣は地面に叩きつけられた。


爆発的に広がる激音。炭化してゆく木々。抉られる地面。ヘキオンの目の前が蒼白い光に覆われた。


「――っう!?」


衝撃が体を襲う。あまりの威力に当たってもないのに体を吹き飛ばされた。



体が木に衝突する。中に入っていた酸素を無理矢理押し出されたかのような衝撃。背骨の痛みを我慢しながら麒麟の方へ顔を向ける。


『邪魔をするな人間。私が殺したいのはエルフだけだ』


ヘキオンを睨みつける。何度も味わった死の恐怖。しかしそれまでとは感じたことの無い恐怖であった。



地面の土を握り締める。歯を食いしばり体を起こした。


「そういうわけにはいかない!あなたが何されたかは知らないけど、友達を目の前で殺させるわけにはいかない……!」


水を拳に纏わせる。目の前には恐怖の対象。それでもヘキオンは闘志を麒麟に出した。


冷めた目でヘキオンを見つめる麒麟。その目は面白くない映画を見ているかのような目をしている。


『馬鹿め。たかが人間ごときが私を殺せるとでも?』

「やってみないと分からないでしょ。これで私に負けたら笑いものだけどね」


麒麟が鼻息をひとつ鳴らす。それに対抗するように大きく構えをとった。









先に動いたのはヘキオンだった。


砂を撒き散らし、一瞬で麒麟の前に移動する。腕は後ろに引いて力を溜めている。既に溜めていたと言うべきだろう。


「――アクアスマッシュ水破!!」


溜めた力。溜めた水圧。全てを麒麟の顔面に放った。



「ッッ――!?」


拳は麒麟に届くことはなかった。バチッと音をたてて吹き飛ばされる。


拳の痛み。痺れる痛みがヘキオンに襲いかかってくる。なぜそのダメージが来たのか分からずに自分の拳をじっと見つめている。


『その程度の拳では私に触れることもできんぞ』


嘲笑うかのようにヘキオンに対峙する麒麟。


「……ふん!」


手をパッパッと振って痛みをかき消す。もちろん闘志は消えてなどいない。



右手を握りしめる。その手の中。手の中心。纏っていた水が手の中に圧縮されていた。


まるでビー玉のように小さい水。その小さい水を麒麟に向かって投げる。水が麒麟の首元に到達した時だった。


ウォーターボム水撃!」


ヘキオンの声と同時に圧縮された水が一気に膨張した。それは正しく名前の通りに水の爆弾。衝撃が麒麟の首に直撃した。




『……これだけか?』


何も無かったかのようにしている。ダメージなど見る影もない。



特に気にすることなくヘキオンは次の行動へ移した。


右手を大きく引き込める。殴る時の溜めだろうが、あまりに麒麟との距離が離れている。水を溜めているわけではないので本当に殴るだけのようだ。


しかしただ殴るだけではない。ヘキオンの右肩。その部分に大きな水の塊ができていた。ヘキオンの上半身と同じ程度の水の塊だ。


そんな水の塊が拳の形へと変貌する。拳は握り拳。ヘキオンがしている拳と同じ形だ。



「――ウォーターグラップ水の拳!!」


ヘキオンの拳が打ち出されると同時に、水の拳も麒麟に向かって打ち出された。


ミサイルの如き速度。一直線に進む光のように拳は麒麟に叩きつけられた――。





拳は麒麟の目の前で弾け飛んだ。弾丸のような水飛沫が飛び散る。


『もしやこの程度で私と戦おう……なんて思っていたのか?』


蔑むような目。先程とまったく変わらない顔がそこにあった。


「ま、まだまだ……!」


またヘキオンの拳に水を纏わせた。





『もうよい、もうよい。人間にしてもまるでダメだな。エルフでもこんな弱き者はいなかったぞ』


蒼色の1本の線。ヘキオンに与えられた攻撃はそれだった。ただの電気。ただの雷撃。よほどダメージなどないような弱々しい電気だった。


「――!?」


だがヘキオンは吹き飛んだ。弱々しい攻撃で吹き飛んだ。弱々しい攻撃でもそれは見た目だけ。ヘキオンが水を圧縮したように、麒麟もまた電気を圧縮させ威力を上げたのだ。



ヘキオンは反応する暇もなく飛ばされた。みぞおちを蹴られたかのように息が止まる。そのまま木々をなぎ倒しながらヘキオンは奥へ奥へと引き込まれていった。



勝ち誇ったかのように鼻息を鳴らす麒麟。麒麟にとってこの戦いの結果は当たり前なのだろう。……もはや戦いですらなかったが。



麒麟は真っ黒に伸びた角を天に掲げるように、後ろ足で器用に立ち上がった。


同時に蒼色の雷が角から天に向かって発射される。その雷は真っ黒の雲に接触し、その雲を蒼色に染め上げた。





ゴット・オブ・ライジング・サン神の裁き


麒麟の声と共鳴するように。声の命令に従うように。神が空間を操作するかのように。


雷鳴が森全体を支配した。あらゆる所に大きな雷が落ちていく。神の裁きというのもあながち間違いではないと思えるほどの景色。



『……待っていろゴミにも等しいエルフ共。1匹残らず殺し尽くしてやる。皆殺しだ。誰一人逃がしはしないぞ』


地獄のような景色を見ながら麒麟は雷を体に纏わせるのだった。











続く

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