第29話 轟く雷鳴、森は疼く!

ドォン!!!


爆音。爆発するような音。耳の奥まで入り込んでくる爆音。ハンマーで殴ったかのように震える鼓膜。


あまりの音に3人は耳を塞いだ。青白い光が村のすぐ近くに落ちる。


「なっ――あっ」


最初に気がついたのはヘキオンだった。この爆音の正体は雷。爆発したというのはあまり間違いでもないのだ。



「……なんだ……雷か」


クエッテが口を開く。何の変哲もない雷。しかしヘキオンの心の中には不安が生まれていた。


「ここら辺ってよく雷が鳴ったりするの?」

「あまり無い。こんな近くで鳴ったのは初めてだ」

「そう……なんだ」


不思議。その3文字がヘキオンの胸の中で溢れる。なぜ不思議なのか。どこが不思議なのか。分からないが何かがおかしい。何かが不思議。



「……おばさん。一応どこかの家に隠れてて」

「何が起こったんじゃ?」

「分かんない。でも何かが来る……いや、何かが


占い師の肩を叩いて家へと促す。


「どういうことなのヘキオン?」

「何かはわかんないけど……何かが来た。それもとびきり危険なやつが」

「なんかよくわかんないんだけど……」


頭を傾げるクエッテを気にすることなくヘキオンは占い師を家に入れた。



「――雷が落ちたところに行ってみよう」

「どうしたのよヘキオン。さっきからおかしいよ?」

「自分でもわかんない。でもなんかヤバいことになってるのはなんとなく分かるの」

「全部曖昧なことしか言ってないけど……まぁいいわ。ヘキオンが言うなら一緒に行くよ」

「ありがとう!」


2人は一緒に走り出した。








雷が落ちたとされる所。まるで隕石が落ちてきたのかと思われるほどの深いクレーターがあった。木々は倒され炭化し、石や土や草は消し飛ばされて下の層がよく見える。


「――やっぱり雷が落ちただけでしょ」

「雷が落ちただけでこんなにもなる?隕石が落ちてきたって言った方がリアルだよ」


焦げた丸太を蹴りながら話す。ヘキオンの言う通り、雷が落ちただけでここまでなるのは不自然だ。


顎に手を当てて考えるヘキオン。冷や汗がポトリと頬を伝う。





音が鳴った。バチンという電気が流れるような音。


「――?」


後ろを振り向く。



少し。ほんの少しだ。瞬きするよりも短いほどの時間。コマ送りにして3コマくらい。時間にして0.1秒くらい。


それほど短い時間であった。しかしヘキオンは見た。真っ白な毛で包まれた馬のような脚を。


「――あっ。……あれ……」


もしかしたら見間違いかもしれない。ほんの少ししか見えなかったから見間違いの可能性の方が高いはずだ。


「え?ヘキオン――」


なのにヘキオンは走り出した。止めるクエッテの声も聞く耳持たず、白い毛の馬のいたところへ走った。



「見間違いじゃ……ない」


さっきヘキオンが見たところ。さっき白い馬がいたところ。そこには足跡が付いていた。まさに馬の蹄のような足跡。


ただの足跡ではない。見た目だけならただの足跡だ。しかし実際に見てみると何が普通ではないかがわかる。


その足跡は。バチッと蒼白い光を出している。電気を帯びている足跡など聞いたこともないだろう。


もちろん2人も見たことがなかった。驚きだけでなく恐怖にも近い感情を確認できる。ヘキオンの言う通り何かがやばいことは確かだ。


「これって……」

「何か知ってるの?」

「お爺様から少しだけ聞いたことがある。蒼雷の魔物が歩いた所には雷撃が宿る……って」

「蒼雷の魔物?」

「昔ここの森を支配していた魔物だよ。穏やかな気性をしてて人間とも共存してたんだけど、突然人間を襲ってきたの。理由は今でも謎に包まれてる。……なんとかエルフの人たちが頑張って全匹倒したって言われてるけど」

「その話が確かならここにいるのはおかしくない?」

「そうだけど……分からない」


ヘキオンが足跡に指を近づける。電撃が近づけた指に突き刺さり、ヘキオンの手を痺れさせた。


「……その魔物の名前って」

「――蒼雷獣『麒麟キリン』」





「……あれ?」


ヘキオンが頭を傾げた。


「今度はどうしたの?」

「これ……足跡が続いてない?」


歩けば普通は足跡がつく。まぁこれは誰でもわかることだろう。


足跡はある。だがそれが続いていなかった。足跡からその場に立っていたのはわかる。でも歩いた証拠である足跡がなかった。そう、のである。


しかし麒麟の姿は見られない。足跡がないのなら通ってないはずだが、麒麟は見渡してもいない。


「な、なんなのよ……もう」

「分からない……分からないよ」


得体の知れない恐怖が2人を襲っていた。もはや風で木々が揺れる音でさえ、ビクリと震えるほどに恐怖していた――。



「――ヘキオン……ヘキオン」


小声でヘキオンを呼ぶクエッテ。


「……なに?」

「後ろ……後ろ」


まだヘキオンは見えていなかった。しかし感じていた。『後ろにいる』と。


2人は震える体に鞭を打ち、ゆっくりと恐怖の対象である後ろに振り向いた――。












真っ白な引き締まった脚。オレンジ色の太い胴体。今にも弾けそうな血管がピクピクと動いている図太い首。体格に合った大きい顔。そのおでこ辺りからは黒い角が生えていた。


バチリバチリと麒麟の周りで電気が走っている。まるで空気が歪んでいるような程に大気を、空間を、世界を揺らしているのかと思うほどの威圧。



殺意を持った蒼色の眼を2人に向けている。その威圧。まるで重力が何倍も重くなったかと思うほどの威圧で2人は動けなくなっていた。


『エルフ……』


口は動かしていなかった。直接頭に語りかけてきた。どういう原理かは分からない。しかしその声は2人にちゃんと聞こえていた。


『殺すべき……忌むべきエルフ』


ゾクリと背中に流れる殺意。明らかにまずい状況。頭で全てを理解できていても動くことすらままならない。


『私を何年も封印した最悪の種族よ……殺してやる……殺してやるぞ』


その麒麟は明らかな殺す意志を2人に向けてきた。












続く

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