第2話

 現実逃避することにした。 

 

「あははははは」


 皆から見た私は、たいそう危ない人間に見えたんだろ。だって、目のハイライトが絶賛消失中だから。そんな私を見たレオンハルトは顔をひきつらせながら、なんてことだ、頭がおかしくなったのか、とブツブツ呟いている。その隣のメイドさんは真っ青な表情をしていた。まさか、不良品、クーリングオフできないかしらと、酷いことをいっている。私が笑うのをやめるとレオンハルトが話しかけてきた。


「そ、そうでしたね。あまりにも予想外な出来事が起こったので、いえ、あなたは気にしないかと思いますが、世間ではそうはいきません。頭がおかし、いやユニークになったあなたは今後の婚姻関係に影響するでしょうから」


「ふぇ~? あたま、ですか? 寝ぐせが酷いのかな」


 メイドさんに鏡を見せてもらい確認すると、これ、だれ? 


 鏡には青い瞳の可愛い女の子が映っていた。綺麗な金色の髪をしている。それに今どき、金髪ロールとかありえないんですが。白いネコミミに白いしっぽ、なんかついてるし。これまじものなの?


 つぅーなんだろう。頭がズキズキして身体中が痛い、さらに眠気が酷くなってる。たしか足を踏み外して強く頭を打って、記憶がごちゃごちゃになってる。階段だっけ。現状を把握しないと、これって、まさかあれだよね。


「ご、ごほん、あ、ああ~あっ!」


 私の声じゃない。可愛らしい声だね。ま、まさか、わたくし、いやいや、わたしは……あれなの?


 あの有名な異世界のアレですか。ま、マジですか?


 血の気が引いて真っ青になる。 


「あの、わ、わたしは、シャムリーナでしょうか?」


 可愛らしく猫を振舞う癖がこの身体にしみついているようだ。首をかしげながら、可愛らしくレオンハルトに尋ねてしまう。私って猫宮猫音だよね? ねぇ、そうだよね?


「……シャムリーナ嬢、まさか、記憶喪失に……」


「そ、そんな……お嬢様……」


 皆してふらつきながら、頭を押さえて、なにしてるんだろう。私のほうが、よっぽど、頭がどうにかなりそうなんだけど。うん? このフリフリのドレス、綺麗だなぁ。それに私の手首、細くて白くて、なにこれ、ふつくしい。おまけに胸も意外とある。残念だった私じゃない。なんてことだろう。わたし、ビューティフルになってる。モデルにでもなろうかな。そして世界に羽ばたくのよ、って、これって確定じゃない。


「あはは……なんてこった、きゅぅー」


 私は気絶した。


「シャムリーナ嬢!!」


「ああ、お嬢様が……」


 なぜか、なってしまった。悪役令嬢シャムリーナに……


 ゲームの世界になぜ、私がいるんだろう。妹ちゃん、助けて!!


★★★


 目を覚ました私は、元の世界に戻ることが……


 できなかった。


 どうしよう、もう神に祈るしかないよ。


 ああ、猫神様、仏様、イエース様、我を助けたまえ!!


「神様~、ああ~、わたくしをどうか~、お助けください」


 ベッドの中で、私は両膝をつき天に向かって祈りをささげた。


 私の周囲に聖なる光がキラキラと差し込んだのだ。


 らんらんらんらん♪


 今の私なら大精霊にだって会えるかもしれない。


 そんな私を見た王子とメイドさんはドン引きだった。


「わ、わたしには責任がありますから……彼女はわたしが責任をもって……」


「ああ、どういたしましょう、旦那さまに、どう報告すれば……」


 やはり、だめみたい。それなら、どこかにログアウトボタンがあるはずよね。


 神さまがダメなら運営様に頼るしかない。


 私は目いっぱい手を振ってログアウトボタンを探した。


「システム、システム、ログアウト、ログアウト!!」


おかしな呪文になっているけど気にしない。


 でもぜんぜん見つからない。

 

 私は王子に尋ねた。


「あの、すいません。見えないボタンがあるはずなんです。どこにあるのでしょうか。知りませんか?」


 なんだろう、王子が手を握ってきた。


 それに、生暖かく見守るような目でみてくる。


 王子はメイドに話しかけた。


「この件については、後ほど彼女にお伝えください」


「はい、わかりました」


 ホワーイ、二人して真剣な目で私を見てるよ。


「シャムリーナ嬢、また、折を見てご挨拶に参ります」


 王子はそう微笑んで礼をすると、寝室を後にした。


 こうして、レオンハルト王子とのイベントが終わった。


 今日はもう、ここまでにしようか。


 階段から落ちて頭を打ったせいか頭痛が酷い。ひとまず、二度寝、違った

三度寝しよう。


 なんだろう、メイドさんが私をじっと見ている。気味が悪いほどに。


 そんな目でみないで!! 眠れないじゃない。


 なんか、殺気みたいなのを感じるんだけど、気のせいかな。


 メイドさんは、興奮した面持ちで私の手を握りしめ、話しかけた。


 なんだろう、痛いのですが、おもいっきり、ギュッてするのやめて!!


「お嬢様、これは、おめでとうとおっしゃってもよろしいのでしょうか。お嬢様と第二王子レオンハルト様との婚約が成立したようです。長年の夢がかなって本当に良かったですね」


「ふぇ~?」


 耳が遠くなったのかな。


 このメイドは何を言っているんだろう。


「あなたとレオンハルトが婚約? おめでどうございます?」


 良かったね、身分違いの恋が叶って、私も応援するよ。


「それなら、本当に嬉しいのですけどね。ってご冗談を、そんなことになったら、私、この世界から消されてしまいますよ。お嬢様ですよ、お嬢様、シャムリーナお嬢様ですよ」


「ふぇ~?」


 私は自分に人差し指を差して、メイドさんに確認した。


 メイドさんがコクリと頷いた。


 私は何かの手違いでレオンハルトと婚約してしまったようだ。


 どうして、こうなったのか、さっぱり分からない。


 私はしばらく、呆然としながらも独りぶつぶつと呟いた。

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