第4話 添い遂げたい気持ち

「やっぱりもやしはもやしだね。最近でいうところの草食系。いや、もう既にもやしだから、ナチュラルな草食系か」

 茉子はわたしが話した事を、しれっとそうやってディスりながら返してくる。

「そんなもやしもやしって。一応、周はわたしの彼氏なんだから。そんな風に言わないでよ」

「ゴメンゴメン。でも小学校からの付き合いで、正式に付き合いだしたのが、小学校の卒業式でしょ? ここまで6年。いや、7年? 分からないけど、そこからちゃんと付き合いだして、今五年目に入るって事でしょ? 6足す5は、11。どれだけ待たせてんのって、アタシは思っちゃうけどね」

 茉子が言うのも、無理はない。

 手を繋いだのは中学2年。

 それからファーストキスまでに2年掛かっている。

 正直な話、周は奥手の中でも、トップクラスだとわたしは思う。

 でもそういうのも含めて、わたしは彼の事が好きだ。

「でもそんな古風な感じが、わたしは好きなんだけどね。それに、大事にされている感があるっていうか」

「だけど、進展ってものがあるでしょ? 奥手って言ったけど、そこまでいったら、もうプロフェッショナルな奥手だよ。アタシも色々な男が目の前を過ぎ去って行ったけど、ここまで酷いのは申し訳ないけど香奈しか聞いたことがない」

 ですよね。

 茉子がおっしゃる事は正論で、無理もありませんとしか、言いようがないもの。  

 前に茉子が、周の事を「国宝級の天然記念物」と言った事がある。奥手なのは知っている。けれど、限度ってものがある、と言ってその様な言葉で周を揶揄した。

 周にも良い所、沢山あるんだけどな……。

「ん? ちょっと待って。今、茉子、おかしな事、言わなかった?」

「えっ? なんか変な事でも言ったっけ?」

「色々な男が目の前を……って。今、確かに言ったよね? まさか、もう別れて新しい彼氏が出来たりなんかしてないよね?」

 わたしが問い詰めると、茉子は視線を横にずらした。

 茉子が嘘を付く時の大きな特徴。視線がずれる事。

「茉子、何やってるのよ。これで何人目? ちゃんと見極めてから、付き合わないと駄目じゃない!」

 一体これで何人目になるんだろう。

 多分、二桁はいっているかもしれない。

 ちゃんとした付き合い方してるのか、心配になってしまう。

 しかし、茉子はこれが普通だという。

 いくら性格が良くっても、身体の相性が合わなかったら、それはそれで意味がないと豪語した事がある。

 これはイタリア人の血とか、そういう問題じゃない。

 彼女自身の考え方の問題だ。

 こんなに取っ替え引っ返して身体まで簡単に許して、もし性病や妊娠にでもなったらどうするつもりなんだろう。避妊はしていると信じたいけど。

「そんなに怒らないでよ。アタシだって真剣に考えて、付き合っているんだから。香奈からしたら、取っ替え引っ返している様に見えるかもしれないけど、真剣だよ? ホントに」

 言い訳にしか聞こえない。

 でも、こればっかりはどうにもならない。

 もしわたしが初体験をしたら、見る世界が変わるかもしれない。

 だからって周を嫌いになるかといったら、それとこれとは別。

 わたしが見極めた男子、それが周なんだから。

「でもさ、話し変わっちゃうかもしれないけど、物心付く頃から決めていたんでしょ? 好きになった人と、一生添い遂げるって。その考え方にアタシは、香奈の事を尊敬しているんだよ」

 意外な答えだった。

 茉子の言う通り、わたしは好きになった人と、一生を添い遂げたいと思っている。その想いは、いつからそうなったのか分からないのだけれど、わたしの座右の銘といってもいい。


 好きな人と、一生を添い遂げたい。


 傍から見たら、「古い」とか、「イマドキそんなの有り得ない」とか、言われそうだけど、わたしの考えは一切ブレていない。

 男子からしてみたら、おそらく「重い」とか「恐い」や「痛い女」だのと、煙たがられると思う。それでもその考え方は変わらない。

 多分茉子はこの私の考え方を、尊敬していると言っているのだろう。

「やっぱり、わたしの考え方って古いのかなぁ? 茉子にだって、古風だって言われる始末だし」

「じゃあさ、あのもやしこと周くんの事が嫌い?」

 私は首を横に振る。

「ちょっと意地悪なこと言うけど、もし初体験が済んで、そのあと。ここからは、もしかしたらの話だからね? もし周くんが、浮気した場合、香奈は周くんを許す事が出来る?」

「心がわたしにあるんだったら、許しちゃうと思う」

「そう。それじゃあその逆、もし香奈が浮気したら、周くんはどう思うだろうね?」

 わたしが?

 浮気?

「そんな事、絶対ないよ。わたし、こう見えても一途なんだから。自分から浮気するなんて考えられない」

 すると茉子は納得した様な表情で、

「だったら不安になる事も何もないじゃない。ちゃんと付き合っている訳だし、たまたま好きになった相手が『超』が付くほどの奥手なんだから。そういう人を香奈は選んじゃったんだから、待つしかないと思わない?」

 さっきまで、わたしをからかっていた茉子の表情は、真剣そのものになっていた。

 前に茉子が言っていた。


「不安になるぐらいだったら、恋愛なんかするな。恋愛なんて信頼関係と一緒なんだから」


 って。


 信頼関係。


 それは同性との信頼関係ではなく、異性との信頼関係。

 茉子が強調したのは、その部分だと思う。

 信頼して相手に恋愛感情を持っているなら、尚更の事で自分のタイミング、相手のタイミングで持ち込めばいい。

 という様な事を、茉子は自信たっぷりに言っていた。

「それと香奈は6年目にまで差し掛かった訳だけど、自分からそれなりのアプローチとかしてきたの? 全て受け身になっている節はないの?」

「それはないと思う……多分」

 正直、自信がなかった。

 いつも周の歩幅に合わせていたから。

 わたしから何かしらのアクションを起こしたのは、逆告白をしたぐらいだ。

 あの時だってわたしは緊張しまくっていて、それでも勇気を出して告白した。

 すると

「こういうのは、僕の方から言わなきゃいけないのに。ごめんね、言わせるようなことをしちゃって。僕から改めて告白したい」

 と言って、周が改めてわたしに告白してくれた。

 その後、何かあったかというと……正直あったのかなかったのか、全く分からない。

 でも手を繋いだり、キスしたりと、スキンシップは取れているんじゃないかな、とは思うけど。

「ひょっとしてさ、絶対に悪い意味でとらえないでよ? あのもやし、、、と付き合っていて、疲れていない?」

 更なる追い討ち。

 疲れているのかなぁ? 

 でも今までそんな気持ちになった事はなかったし。

 だけど今の茉子の言葉は突き刺さった。

 もしかしたら今日の事で少しだけ、私の心の何かが動いたのかもしれない。

 無理をしていた?

 いや、していない。

 我慢している?

 いや、そんな事はない。

 これからどうしたい?

 周と仲良く恋人として、将来的には結婚したいと思っている。

 冷静になって考えを研ぎ澄ませて整理したけど、やっぱり答えは『一緒にいたい』という事だ。

 理由は大好きな人だから。

 これだけは、わたしの心は揺るがない。

 だったら何で、茉子の一言でこんなにもわたしの心は動揺しているのだろう?

「ゴメン。言い過ぎちゃったかな?」

 茉子が心配そうに、私の顔を覗き込む。わたしはいつの間にか、表情が強張ってしまっていた様だった。

「ううん、大丈夫。気にしないで。ただ、わたしの中で、ちょっと考え方が甘かったのかなって、思っただけだから」

「甘かった?」

 わたしは頷く。

「うん。何だろう? こんなに好きなのに、何だかわたしだけが一方的なのかもって思って。普通にデートしている時は、わたしがいつもリードしているけど……肝心なところは、周に合わせている。茉子の言う通り、他の男子に比べたらちょっと天然なところがあるかもしれない。だけどわたしはわたしで、そんなところも周の人柄だって思っていて。でもやっぱり期待しちゃうんだよね、わたしの考えとは別なところで。複雑だよ、正直に言って。周は何でわたしに何もしないのかしら?」

 多分だけどこれが今の、私の正直な想いだと思う。

 周の事は好きだけど、どうも上手くいかない。

 相性が悪いわけではないのに。

 じゃあ嫌いなのか、と問われたら、好きだと答えるに決まっている。

 何だか、袋小路に迷い込んでしまった気分だ。

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