第5話 周の決意
かっちゃんが帰って、僕は暫くベッドに横になり、中学生の頃を思い返していた。
過去の香奈との思い出を思い返す事によって、何かヒントが隠されているかもしれない、と勝手に僕が解釈したからだ。
目を閉じて、ゆっくりと思い返す。
あれは小学校の卒業式。
逆告白されて、僕の方から改めてちゃんと告白した。
それから小学校の時と、何ら変わらない付き合い方をしていた。
傍から見たら、ただの友たち関係にも見える。
だけど、変わった事は『恋人同士』になったという事だ。
中学2年の冬。
香奈と一緒にいつもの様に下校していた。
あの時、香奈は手袋をしていなかった。僕も手袋をしていなかった。
何気ない会話をしながら下校していると、たまたま香奈の手に触れた。
その時。
お互いに冷たい手をしているはずなのに、香奈の手の感触が心地よく、そのまま僕の方から繋いでいった。
香奈の手が少しだけビクッと震えた気がした。驚いた様子だった。
けど彼女は僕の手を、そのまま握り返してくれた。
お互いの手はちょっと冷たかったけど、心が温かくなった気がした。
ここは重要なところだ。
この時僕は確かに自然に、彼女と手を繋いだのだ。
本当にごく自然に。
僕からすれば快挙である。僕みたいな自信のない、所謂『ヘタレ』が、大きく成長した事を意味している。
しかもその時は緊張せずに、香奈の手に触れる事が出来たのだ。
これは重要な場面だ。
よく思い出してみよう。
ごく自然に、手を繋げた。
そこには勇気だとか、度胸だとかは存在していない。
つまり、必然だった行為なのかも。
それからはお互い、どちらともいわずに、登下校時は手を繋いでいた。
それだけで僕は、満足していたんだと思う。いや、満足していたんだ。
だけど2人の時間を過ごす中で、毎回イベントだってある。
例えば誕生日や、クリスマス、バレンタインにホワイトデー。
当時、中学生だったから、お小遣いを貯めて、香奈にプレゼントをしていた。
高校生になってから、お小遣いプラスアルバイトを、僕も香奈もするようになり、金銭面にだいぶ余裕が出てきた。
僕が部活に入っていない理由の一つでもある。
香奈は茶道部に入部した。
理由を聞いても、中々明かしてくれないのが、どうしても気になるけど。
まぁ、女子だから色々と思うところがあるんだろう、と僕は勝手に解釈している。
ただでさえ、香奈は勝気な性格。
少しでも女の子らしい嗜みなのか何なのか分からないけど、礼儀作法でも学ぼうとしているのかな? って。
そう考えると、女子って色々と大変だなって思う。
中学の時からそうだけど、彼女の友たちにハーフの娘がいる。
確か、茉子ちゃんっていったっけ。その娘と香奈は仲が良くて、少しずつだけど、香奈がメイクをし始めた。
多分、茉子ちゃんの影響もあるのだろうけど、初めて香奈がメイクした姿を見た時に、僕は惚れ直してしまった。
そんなに派手なメイクではないと思うけど、僕からしてみれば抜群に可愛くなっていた。
メイクだって、化粧品は馬鹿にならない。
とてもじゃないけど、中学生が高額な化粧品を手に入れるなんて難しい。
それでもお小遣いをやりくりして、貯めたお金で化粧品を買ったりする訳だから、女子って本当に大変だと思う。
だから高校生になってアルバイトが出来る様になってからは、少しは自由に化粧品等を揃える様になってきた。香奈の家の部屋には、少しずつ化粧道具が増えてきているのは、こんなポンコツの僕でも分かる。
だから、高校1年のクリスマスに、僕は奮発して香奈が前から欲しがっていた、ちょっとお高い化粧品を買ってプレゼントした。
勿論すごく喜んでくれたし、僕にもボロボロだったショルダーバッグの新しいタイプをプレゼントしてくれた。
その帰り道。
駅前の杉の木には、キレイなイルミネーションが点灯されていた。
僕らはそれに見惚れていた。
二人でスマホを取り出して自撮りしたり、撮ったり撮られてみたり。
二人で撮った写真画像を、覗き込んだ時だった。
クリスマスで外も寒かった。
僕と香奈の吐息は白くて、イルミネーションの光の中に消えていく。
それを見惚れて香奈に向き直った時、今までにない距離感に彼女がいた。
思わず僕はドキッとしてしまった。
どちらからという訳でもなく、何か惹かれ合う様に、香奈と口づけを交わした。
これが僕のファーストキスだった。
周りには人だかりが出来ていたはずなのに、何の恥じらいもなく、自然と口づけをした。
もし、いつもの僕だったら、絶対に人の目を気にしてしまう。
それがこの日に限って、何か暗示でもかけられたかの様に惹かれ合っていた。
ここも僕にとっては重要だ。
人だかりでファーストキスを交わした。
恥ずかしいとか、一切そんな気持ちはなかった。
これも自然だった。
という事は、この行為も必然なものだったという事だ。
だったら。
何で今日僕はあの自然な空間で、必然的な雰囲気にもにも拘らず、何も出来なかったんだろう?
突然すぎてビビってしまったのか?
いや、それは違う。
僕にはちゃんと、香奈とする覚悟は出来ていたはずだ。
怖じ気づいてしまった?
急に怖くなった?
それも違う気がする。
何で付き合っている彼女に対して、怖じ気づく理由があるのだろう。
そんなのは理由にすらならない。
だったら何で?
やっぱりどんなに過去を思い起こして整理しても、答えらしい答えは見つかる事はなかった。
香奈の事は好きだ。
いや、大好きだ。
いや、愛している、といってもいいぐらいだ。
他の女子とかどうとか、そんなんじゃない。
僕は香奈の事が好きでしょうがないのだ。
なのに。
なのに、肝心なところで、何も出来なかったのだ。
勝手に悩んで、勝手に落ち込む。
僕の悪い癖だ。
だけど今回ばかりは、そう言っていられない状況だと思う。
僕は閉じていた瞼を開き、スマホを手に取って、かっちゃんにLINEメールを送信した。
こうなったら、僕自身を客観的に知ってみたい。
かっちゃんが提案した、かっちゃんの高校の保健の先生に、相談するしかない。それしか今の僕には思いつかなかった。
だから、その人に聞いてみよう。
きっと何か分かるかもしれない。
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