第2話 親友に『もやし』と言われる私の彼氏

 帰り道、今日の事を思い返していた。

 わたしは急に、何で周が最後までする事を止めたのか、正直分からなかった。

 付き合って四年も経つんだし、あってもおかしくないはずだと、わたしは勝手に思っている。でも敢えてしてこなかった。

 わたしは処女だ。

 多分、周も浮気してなければ童貞だと思う。っていうか、周に限って浮気はない。わたしはそういう人を好きになって、付き合ったんだから。

 それに今日だって、絶好のチャンスだったはず。

 今日、周の両親の帰りは遅かった。ハッキリいって珍しい。

 周のお母さんは専業主婦だったけれど、最近パートに出る様になった。お母さんとは仲良くさせてもらっていて、周のお父さんとも私は仲が良い。

 周のお父さんは、今は普通のサラリーマンだけど、周が幼稚園児だった頃まで現役のキックボクサーだったって聞く。世界王者にもなったらしい。

「あいつも、キックボクサーとまではいかなくても、何かしら格闘技でもやらせれば良かったなぁ。誰に似たんだか、『痛い事は嫌い』って、俺の試合にもぐずる様な子だから。今どきの草食系になっちまった」

 とわたしに愚痴をこぼした事がある。

 本当に周は誰に似たんだろう?

 周のお母さんもしっかり者だし、わたしが1番尊敬できる人だ。時々、一緒に夕飯を作ったりしてるし。

 お互いの両親にはもう既に公認も貰っている。わたしのパパもママも、周の事を気に入っているし。

 だけどクラスメイトの娘たちに聞くと、わたしたちカップルは珍しいらしい。親に既に認められていて、お互いの家を行き来している仲というのも。

 別にわたしも周も、問題児って訳ではなく、自然とこうなっているだけで、ただただ他と変わらない普通のカップル……だと思う。

だと思う、と表現するのは、付き合って五年目にもなるのに、未だにキス止まり。

 という事実が、わたしにとっての問題なのかもしれない。それに大前提に、初めての彼氏は周だという事。初めて同士のカップル。

 だからわたしは周の歩幅に合わせて、恋人同士として付き合っている。

 それだけでも全然、問題なんてなかったし、まぁ、些細なケンカとかはあっても、すぐに仲直りしちゃう。

 それぐらい相性がいいと、わたしは勝手に思っている。

 彼は優しいだけじゃなくて、相手を思いやる心が一緒にいて分かる。ここの部分の性格はきっと、お父さんに似たんだろう。元キックボクサーだったわけだから、痛みとかそういう外的な面でも、内面的な事でも、人一倍敏感なんだろうと、わたしは思っている。

 そういう優しい周に、わたしが小学校3年生ぐらいから、いいなぁって思い始めて、その想いは5年生の終わりに恋に変わった。

 こんな事を言ったら申し訳ないけど、わたしが一番周の事を良く知っている、豪語してもいいぐらい。

 ってそれは言い過ぎか。

 でも、今日の周は少しだけ「男」の一面を見せてくれた。それだけでもわたしは嬉しい(途中で終わっちゃったけど)。

 今日はそれだけでもいっか、って自分に納得させた。一気にさらけ出されても、わたしは受け止める自信はない。

 だけど、もう一度、今日をおさらいしてみる。

 何で、途中で止めちゃったんだろう?

 まだその覚悟みたいなのが、出来ていないから?

 それとも友たち期間6年、現在進行形で恋人として付き合っている期間4年、合計10年で私に対して魅力がなくなったとか? あ、今年高校2年になっているから、正確には11年か…………。

 えっ、11年?

 そりゃ魅力もなくなっちゃうよー。もしそうだったら、相当なショック。

 うーん、でも何でなんだろう。

 女心は秋の空とかいうけれど、男子にもそういうのがあるのかな?

 だとしたら、別に無理強いはしない、いつもの状態でもいいと思う。

 けれど、やっぱり、何で? って疑問に思うのは正直なところ。初めて周にわたしの全てを見せた。彼だってその気だったはず。今もわたしの身体に残る、周の温もり。キスもいつもより優しく感じた。

 あぁ、大事にされている、この人と付き合って良かったって思った瞬間。

 突然のフリーズ。

 あれは幻だったのかな? 夢だったのかな? あれこれと考えながら、スマホで親友の茉子まこにLINEメールをしていた。

 すぐに返信が来た。

 わたしはそのまま、自宅に電話して、茉子の家に寄ってから帰ると伝えた。茉子の家はわたしの家の、斜め前にあるイタリアレストラン。そこが茉子の家だ。

 茉子とは、保育園からの付き合いだ。

 彼女はイタリア人のパパと、日本人のママを持つ、所謂いわゆるハーフ。保育園の時からハーフっていうだけで、いじめられていた。

 わたしはそんな彼女を気に掛けて、よくいじめっ子から守ってあげた。よく男子と取っ組み合いのケンカをして、

「茉子に謝れ!」

 と泣かせるまで殴り付けた事もある。その度に、パパとママが保育園や、相手の親に謝罪していたっけ。

 今となっては良い思い出。これがキッカケで茉子と今でも親友でいられる訳だし。小中までは一緒だったけれど、高校は別々になった。わたしは周と同じ高校、茉子は商業高校へと進学した。

 ちなみに茉子は、周の事を知っている。

 周は茉子の事を多分、よく知らないと思う。

 勿論、彼と付き合っている事も、彼女は知っている。

 茉子曰く「パッとしない男子」だそうだ。

 確かに彼女の言う通り、周は他の男子に比べたら、あまりパッとしない感じに見えるかもしれない。

 だけどわたしだけしか知らない、周の姿がある。それは他の人は知らない。

 彼の良い所も悪い所も、全部知っている。それがわたしにとっては、大事な事で、誰にも周を渡したくないと思うところ。

 とはいっても、ちょっとつまづいたりしたら、必ず茉子に相談したりしている。持つべきものは親友だ。

 そんな事思っていたら、あっという間に茉子の家の前に辿り着いていた。イタリアンレストランの書き入れ時だ。店内はお客さんで賑わっていた。

 わたしはいつもの様に、裏にある玄関に回った。

 玄関の前に茉子が待っていた。

「また、悩み? 香奈のパパ、ママには連絡した?」

 茉子は玄関のドアを開け、迎え入れてくれる。わたしは頷く。

 茉子はハーフでいじめられていたが、その理由は彼女の髪と瞳のせいでもあった。 

 顔立ちもハーフっぽいのだけれど、髪はお父さん譲りのキレイな金髪。瞳は薄い青。

 わたしは初めて彼女を見た時、本当に綺麗だと思った。

 けれど茉子にとって、それはコンプレックスだったみたい。やっぱりいじめられたのが原因だと思う。

『茉子』という名前なのに、金髪、瞳は薄い青だから、脱色してカラコンでも入れているんじゃないか? って中学の時に問題視された。

 だけど茉子のパパとママが、ちゃんと誤解のない様に、校長先生や担任の先生に掛け合って、何度も学校に足を運んでいたのを、今でもわたしは覚えている。

 それは小中学校、全部一緒。大変だったんじゃないかと、茉子のパパとママの印象はそんな風に、わたしの心に焼き付いている。

 今は校則が、そんなに厳しくない高校に通っているみたいだから、それはそれで良かったと思う。

 けど茉子は、中学生の時からそうだったけど、高校に入学してから、本格的にメイクが上手になった。わたしも参考にしているぐらい上手だ。

 将来の夢は、メイクアップアーティスト。それはそれで応援したい。

 彼女にはその才能があると、少なくともわたしは信じている。

「んで、どうしたの? またあのもやしと何かあったの?」

 茉子の部屋に入って、クッションに座るなり開口一番がそれだ。

 茉子は必ず、周の事をもやしと揶揄やゆする。それは周の身体が細身だからだ。

「そんな言い方しないでよ、確かに身体は細いかもしれないけどさ」

「もっと、体育会系の男子の方がいいんじゃないの?」

「それは茉子の好みでしょうが」

 これがいつもの会話。というかご挨拶みたいなもの。茉子も悪気があって言っているのではない。

「でも何かあったから、アタシに相談しに来たんでしょ?」

「まぁ、そうなんだけど……」

 実は茉子はもう、経験済みだ。中学二年の時に、付き合っていた先輩と初体験をしている。

 こんな比較もどうかと思うけれど、いじめられっ子に、先を越されてしまって、周の事について、度々相談相手になってもらっている。物凄い勢いで、立場が逆転している。

 別に嫌味がある訳ではない。ただ、あの茉子がセックスを、あっという間に済ませている事に、当時は驚いた。

 変な言い方かもしれないけど、やっぱりそこは情熱の国、イタリア人の血が入っているから、そういう事にはオープンなのかなぁ、と思った事はある。

 つまり経験値は、彼女の方が上なのだ。わたしは今だに、経験も何もない。

「もやしがどうかしたの?」

 茉子はベッドの上に座って、いつでも相談に乗ってくれる状態に入った。

 わたしは今日あった出来事を、掻い摘んで話した。

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